まだ見つからない
人の流れを横切りながら、ルドルフは視線だけを忙しなく動かしていた。
通りは相変わらずの混みようだ。
行き交う人々の肩が触れ合い、布が擦れる音が絶え間なく続く。
呼び込みの声や、値を張り上げる声が重なり合って、空気そのものがざわめいているようだった。
横からぶつかられる。
一瞬だけ足の運びが乱れるが、すぐに重心を戻す。
歩調を崩したままにはしない。流れに飲まれないよう、わずかに歩幅を調整しながら前へ出る。
視線は止めない。ただ闇雲に見ているわけではなかった。
背丈。歩き方。視線の高さ。
それらを一瞬で拾い上げては、違うと判断し、次へ移る。
似たような背格好の影がいくつも目に入る。
だが、どれも違う。
見慣れた動きがない。
――と。
ふと、視界の端に「立ち止まっている影」が映る。
流れの中で、ほんの一瞬だけ動きが止まる場所。
屋台の前で、品物を選んでいる人影がいくつか重なっていた。
ルドルフはわずかに進路を変える。
無理に突っ込まず、流れに沿うように寄せていく。
そのまま、屋台の端へ。
「……あの、すいません」
低く、短く声をかける。
焼き菓子を並べていた若い店員が、顔を上げた。
「ん? なんだい、兄ちゃん――」
「この辺で、これくらいの身長の男性、見てませんか?」
言いながら、手で大まかな高さを示す。
自分より、ほんの少し低い位置。
「髪、少し長めで……ふわっとしてる」
一度、言葉を選ぶように間を置く。
「髪色は……赤に近いピンクで目は濃いピンクのやつ」
端的に、必要な特徴だけを並べる。
派手といえば派手な色合いだ。
この人混みでも、完全に紛れるようなタイプではない。
「そいつこんなに人が多いところ多分初めてでさ、ちょっと落ち着きなくて、まわりきょろきょろ見渡してたと思うですけど…?」
最後に付け足す。
外見だけじゃなく、“動き”まで含めて。
ルドルフにとっては、そっちの方がよほど目印になる。
店員は一瞬だけ考えるように視線を泳がせた。
「んー……この辺に来るやつ、みんなそんな感じだからなぁ」
苦笑混じりの返答。的外れではない。
ルドルフは小さく舌打ちしそうになるのを、飲み込む。
「じゃあさっき、この人混みの流れから外れたやつとかは?」
少しだけ条件を絞る。
「外れた……?」
店員は首を傾げ、通りの端へと視線を向けた。
「ああ……そういや、ちょっと前に一人、端のほうに寄ってったのは見たかもな」
「どっちに行きました!?」
即座に返す。
「えっと……あっち、裏手のほう。あそこ、少し奥行くと人が少なくなるんだよ」
顎で方向を示す。ほんのわずかな情報。
だが、十分だった。
「…そっか、ありがとうございます。助かりました!」
短くそれだけ言って、ルドルフはもう視線を外している。
「お、おう?」
戸惑った声を背に受けながら、すでに足は動いていた。
(やっぱり、そっちか)
予想と、大きくは外れていない。
人の流れから外れる。
落ち着ける場所へ逃げる。
あいつなら、そうする。
ルドルフは歩調をわずかに上げた。
「……やっぱ、そんなにすぐには見つからないか。弟たちなら慣れてるから割かし早くに見つけやすいんだけどなぁ」
小さく呟く。
声は周囲の喧騒に紛れて、誰の耳にも届かない。
焦りはない。
むしろ、最初からこうなると分かっていたような調子だった。
これだけ人が多い。
通りの幅に対して、人の密度が明らかに高すぎる。
初めて来た人間なら、流れに乗るだけでも精一杯になる。
無理に逆らえば、押し戻される。
立ち止まれば、ぶつかりそうになる。
(きっとルカのことだ)
ふと、思い浮かぶ。
視線をあちこちに飛ばして、落ち着かない様子。
珍しいものを見つけるたびに足を止めかけて、そのたびに周囲に遅れそうになっていた。
(無理に動き回るより、人の多さでどっか端っこに止まってる可能性のほうが高いな)
ルカは、やさしいから。
人を押しのけて進むような真似はしない、そもそも慣れてないからできない。
それに――妙に遠慮がある。
頼ればいい場面でも、なぜか一歩引く。
ああいうタイプは、限界が来ると動きを止める。
どこかに逃げ込むか、流れから外れて息を整えようとする。
視線を上げる。通りの中央ではなく、端。
屋台と屋台の隙間。人の流れが一瞬だけ途切れる場所。
そういう“逃げ場”だけを選んで、目でなぞる。
見逃さないように。
だが、探し回るような焦りは見せずに。
歩みは変わらない。淡々と、確実に、範囲を削っていく。
人の波の中で、ひとつだけ異質な影を探すように。
それでも、見当たらない。
視線は途切れなく動き続けている。
人の流れの隙間、肩越しに見える背中、ふと立ち止まる影――
拾えるものはすべて拾っているはずなのに、引っかかるものがない。
似た背丈の人影はいくつもある。
だが、どれも違う。
歩き方が違う。
視線の置き方が違う。
何より、“あいつならこうする”という感覚に噛み合わない。
「……もうちょっと見つかるまで時間かかるか」
ぽつりと零す。
声は低く、ほとんど独り言に近い。
ようやく、思考の奥に小さな引っかかりが生まれる。
焦りと呼ぶほどではない。
ただ、何度も繰り返したはずの手順が、一手だけ狂っているような違和感。
ここまで見つからないのは、おかしくはない。
人の多さを考えれば、十分にあり得る範囲だ。
それでも。
(そろそろ一回くらい、ルカの姿がチラッと視界に入ってもいいはずなんだけどな)
通りを歩いている限り、完全に消えることはない。
どこかで、すれ違う。
あるいは、流れの端で視線に引っかかる。
そういう“タイミング”が、一度も来ていない。
その事実だけが、わずかに残る。
――そこで、ふと足が止まった。
意識したわけではない。
気づけば、歩みが途切れていた。
人通りの少ない、少し奥まった場所。
通りから半歩だけ外れたような位置。
ざわめきは遠くなり、音が一段落ちる。
さっきまで肌にまとわりついていた人の気配が、薄くなる。
肩に触れるものもない。
視界が、ようやく開ける。
ルドルフはゆっくりと周囲を見渡す。
壁際。屋台の裏手。
視界を遮るものの少ない、落ち着いた空間。
「……この辺なら、か」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
軽く息を吐く。
胸の内に溜まっていた、わずかな圧を外に逃がすように。
「……使い花…使うか?」
小さく言葉を落とす。
頭の中には、すぐに手順が浮かぶ。
準備もいらない。
時間もかからない。
位置を絞るには、これ以上ない手段だ。
確実性もある。
この状況なら、無駄に探し回るより早い。
だが――
視線を少しだけ細める。
(あんまり迷子になったことを大げさにするのもな)
わずかに、思考が止まる。
まだ、そこまでじゃない。
最初から頼るようなものでもない。
あれは、あくまで“確実に見つけるための手段”だ。
見つからないから使う、というよりは、
見つける必要があると判断したときに使うもの。
今はまだ、その一歩手前だ。
それに。
(……あいつも、すごく小さな子供じゃないんだから、そこまで動けなくなってるわけじゃないだろ)
ルカの様子を思い返す。
人混みに慣れていないのは確かだ。
だが、完全に動けなくなるほどずっと静かなところに過ごしていたわけじゃない。
少し外れた場所で、落ち着いている可能性の方が高い。
ならまだ、自分の足で探せる範囲だ。
(……ただ、あのまま放っとくと余計なことに巻き込まれそうなんだよな)
小さく、内心で付け足す。
妙に人を疑わないところがある。
悪気なく、面倒事に首を突っ込みかねない。
だからこそ、早めに見つけておく必要がある。
「……もう少しだけ、使い花使う前に様子見るか」
小さく結論を落とす。
足を止めていた時間は、ほんのわずか。
それでも、判断としては十分だった。
ルドルフは視線を上げる。
通りのざわめきが、再び耳に入ってくる。
その音の中に、わずかな違和感が混じっていないか、無意識に拾い上げながら。
次の瞬間には、もう動いていた。
次回は5月12日に「関係ないはずなのに、気になった」を投稿します。
お楽しみに(^▽^)
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