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風に乗せた、少し遅い手紙

家を出て、しばらく歩いた。


まだ見慣れた道のはずなのに、どこか少しだけ違って見える。

さっき鍵をかけたばかりの家が、もう遠くに感じられた。


朝の空気はひんやりとしていて、歩くたびに少しずつ体が目を覚ましていく。

ルカは隣を歩きながら、ちらりとルドルフを見る。


変わらない歩き方。迷いのない足取り。

ルカにとってルドルフのその姿はほんの少しあこがれを抱いた。


「……」


そのときだった。

ルドルフが、ふと足を止めた。


「……あ」


短い声。

ルカもつられて足を止める。


「どうかしましたか?」


ルドルフは少しだけ眉を寄せる。


「いや……」


ほんの一瞬、考えるような間。

それから、小さくため息をついた。


「やべえな」

「え?」


ルカは目を瞬かせる。


「何か忘れ物ですか?」

「物じゃねぇんだけど…」


ルドルフは頭をかきながら言った。


「……家族に、何も言ってねえ」

「……あ」


ルカも思わず声を漏らす。


「ファミリアを作って、入ったことも、今回俺と一緒に天鵞絨の大樹のところを目指して旅に出ることも?」

「ああ。その全部言ってないし、伝えてない」


あっさりと言う。


「……大丈夫なんですか、それ」

「大丈夫じゃねえかもしれない」


即答だった。

けれど、焦っている様子はあまりない。


「まあ、今からでも遅くはねえか」


そう言うと、ルドルフはふと足元に視線を落とした。

軽くしゃがみ込み、地面に手を触れる。指先が土に触れた、その瞬間だった。

ほんのかすかに、地面が揺れる。


次の瞬間――


小さな芽が、土を押し上げるように顔を出した。


「……え」


ルカは思わず声を漏らす。

芽は止まらない。するすると伸びていき、あっという間に茎を伸ばす。


やがてその先にポンッ、と音がしたような気がした。

黄色い花が、ふわりと咲いた。

それは、どこにでもあるようなタンポポだった。

けれど、朝の光を受けて、ほんのりと淡く輝いている。


「改めてこれが俺の“使い花”だ」


ルドルフはそう言いながら、その花に軽く触れる。

花はわずかに揺れた。


「ここから、俺からのメッセージを伝える」


ルドルフは静かに言って、目を細める。


「……一つの国を見たら帰るっていったけど、やっぱりもうしばらくの間小説作り旅を続けようと思う」


ルドルフはゆっくりと言葉を落とす。


「あと俺ファミリアに入った。“プリマヴェーラ”ってとこだ」


軽く肩をすくめる。


「まあ、ちゃんとしてるとこだから、そこは安心していいよ」


少しだけ間を置いてから、続ける。


「今俺がいる、“風待ちの丘の国”でさ。ちょっと変わったやつに会ってな」


ふっと小さく笑う。


「そいつの話聞いてたら、なんか……俺もまだ自分が知らない外の世界、見てみたくなったんだよな」


言いながら、視線を遠くにやる。


「それに、小説のほうもさ。もうちょいちゃんと書けるようになりたいし」

「今のままだと、どうにも足りねえなって思ってたとこでさ」


少しだけ照れ隠しみたいに息を吐く。

それから、横に視線をやる。


「あと……俺と一緒に旅に行くやつもできた」


ルカをちらりと見る。


「ルカって言うんだけど、“風待ちの丘の国”の花祭りで出会ったやつでさ。素直で、純粋で、変に気ぃ遣うとこあって」


少しだけ考えるように言葉を探す。


「……見てると、なんか俺が放っとけない感じのやつ」


口元が、ほんの少しだけ緩む。


「ちゃんとルカと一緒にやってるから、そこも心配いらねえよ」


それから、少しだけ声の調子を落とす。


「家のほうは……まあ、もろもろ頼んだ」


ぶっきらぼうだけど、どこか優しい言い方。


「特に俺より下のチビ達な」

「ちゃんと父さんや母さんの言うこと聞いていい子にしてろよって、伝えといてくれ」


少しだけ間を置いて、


「あと兄貴たちに無茶すんなよ、とも伝えといて」


最後に、いつもの調子に戻る。


「……まあ、そんな感じだ」


軽く息を吐く。


「俺のことは心配しなくていいから、またこっちから連絡するな」


と、短く締めた。


短い言葉。

けれど、迷いはなかった。


その声が落ちた直後――


タンポポの花が、ふっと形を変える。

黄色がほどけるように崩れ、白へと移り変わっていく。

花は一瞬で、綿毛へと姿を変えた。


「わぁ……!」


ルカは息を呑む。次の瞬間。


ふわり、と風が吹いた。


綿毛が、一斉に空へと舞い上がる。

きらきらと光をまといながら、ゆっくりと、けれど確かに遠くへ運ばれていく。

空に溶けるように、散っていく。

しばらくして、最後の一片も見えなくなった。

残ったのは、細い茎だけ。それもやがて、静かにしおれるように倒れ、土へと還っていった。


ルドルフはそれを一瞥すると、立ち上がる。


「……これでよし」

「本当にそれで届くんですか?」

「ああ。父さんや母さんなら受け取りなれてる」


ルドルフはあっさりと答える。


「まあ、あとで親含めた兄弟たちに怒られるかもしれねえけどな」


少しだけ笑った。

その言い方は、どこか慣れているようにも聞こえた。

ルカは少しだけ考えてから、口を開く。


「……あの」

「ん?」

「前にお兄さんたちのことは教えてもらったんですけど、ほかのルドルフさんの家族って、どんな人たちなんですか?」


ルドルフは少しだけ視線を前に向けたまま、歩き出す。

ルカもそれに合わせて歩き出した。


「……そうだな」


少し考えるような間。


「前に教えたこともあるけどまず上にマイペースに自由人が一人と、なんでも適当で大雑把なのが一人」

「えっと?」


ルカは思わず聞き返す。


「そして下のほうに妙に真面目なのが一人」

「……はい」

「あと、やたら勘がいいのが一人」


淡々とした説明に、ルカは少し困ったように笑う。


「あの、それ、説明されても全然わからないです……」

「だろうな。俺も言っててそう思った」


ルドルフは軽く肩をすくめる。


「じゃあ、改めて上からいくか」


少しだけ考えるように視線を上げる。


「一番上の兄貴は、まあ……マイペースな自由人だな」

「自由人?そういえばそういってましたね」

「ああ。ふらっといなくなったと思ったら、何日かして普通に帰ってくる」

「ええ……」

「で、帰ってきたら土産だけ置いてまたいなくなる」

「それ、ご兄弟としては大丈夫なんですか……?」

「小さいころからふらふらしてからな。慣れた」


即答だった。

ルドルフは少しだけ笑う。


「二番目の兄貴はな、何でも適当で大雑把でさ。料理でも何でも、“焼けてりゃ食える”が口癖」

「それは……前も聞きましたけどちょっと怖いですね」

「実際よくに焦げてる料理が食卓に上がってくる」

「俺も料理得意な方じゃないですけど、流石にそんなに焦がしませんね」


さらっと言う。

ルカは思わず小さく笑った。


「で、その次に下のやつらが――」


ルドルフは指を軽く折る。


「さっき言った、うるさいの」

「元気いっぱいってことですか?」

「あいつは元気すぎる。朝から晩までずっーとしゃべってる」

「家がにぎやかそうですね」

「静かな時間がありゃしねぇ」


間髪入れずに返す。


「その次が、妙に真面目なやつ」

「すごいしっかりしてる子なんですね」

「ああ。変なとこで律儀で、細かいことまで全部気にする」


少しだけ口元が緩む。


「俺が適当にやると、あとでいつのまにか全部直してる」

「なんだか、頼りになりそうです」

「まあな、実際にかなりたよりにしてる」


短く肯く。


「で、あとは野生児並みに勘がいいやつ」

「それはどういう……?」

「隠し事してもすぐバレる」

「えっ、なんでですか?」

「なんでわかるのか、こっちが逆に聞きたいくらいだ」


ルドルフは少しだけ苦笑する。


「で、その下に妹が二人」

「妹さんもいるんですね」

「ああ。一人は妹のはずなのにやたら面倒見がいい」

「お姉さんタイプですね」

「年下だけどな」


さらっと言う。


「もう一人は……静かだな」

「静か?」

「でも、怒ると一番怖い」

「……」


ルカは少しだけ黙る。


「もしかして、怒らせたことあるんですか?」

「ある」


即答。


「もう二度とやらねえって誓った」


その言い方が妙に真剣で、ルカは思わず吹き出した。

ルドルフは少しだけ空を見上げる。


「その下にもう二人弟がいてな……一人は、妙に大人しいやつがいる」

「大人しい、ですか?」

「ああ。あんま喋んねえけど、ふと気がつくと人の手伝いしてる」


少しだけ間を置く。


「頼んでもねえのに、なんか先にやってることもある」

「すごくいい子ですね」

「まあな、おとなしすぎて少し心配になるときもあるけど」


短く答える声は、どこか柔らかい。

ルドルフは小さく息を吐く。


「で、一番下は――」


ほんの少しだけ言葉がゆるむ。


「まだ小せえ」


それだけ言って、少しだけ目を細める。


「俺が出かけるときも、よく後ろついてきてな」


ぽつりと付け足す。


「まだヨチヨチ歩きな感じが抜けなくて、すぐ転びそうになるから、毎回後ろ確認してひやひやしてた」

「ふふ……」


ルカは思わず小さく笑う。


「かわいいですね」

「ああ」


短い返事。


けれど、その一言には十分すぎるくらいの実感がこもっていた。

ルカは少しだけ目を細める。


「ルドルフさんのにぎやか家族ですね」

「まあな、」


ルドルフは小さく笑う。


「うるせえくらいにな」


けれど、その声はどこか楽しそうだった。


淡々とした説明。

ルカは思わず小さく笑う。

ルドルフも少しだけ口元を緩める。


「でもまあ、俺の兄弟全員悪いやつらじゃねえよ」


その一言は、さっきまでより少しだけ柔らかかった。


ルカはそれを聞いて、ほっとしたように頷く。


「会ってみたいです」

「やめとけ」


即答だった。


「なんでですか」

「面倒くせえから」


ルドルフはさらっと言う。


「会ったら最後、絶対なんか押し付けられるぞ」

「押し付けられるって……?」

「畑手伝えとか、荷物持てとか、あと普通に囲まれる」

「俺囲まれちゃうんですか」

「あぁ、家族総出でルカのこと囲みに行く」


妙に断言する。

ルカは少しだけ考えてから、小さく笑った。


「……でも、なんだかちょっと楽しそうです」

「楽しくはねえよ。結構大変なんだぞ」


そう言いながらも、ルドルフの口元は少しだけ緩んでいた。

風がふわりと吹き抜ける。

さっき飛んでいった花の綿毛が、どこか遠くで揺れている気がした。


「あ、でも」


ルカがふと思い出したように顔を上げる。


「そのうちルドルフさんは自国帰るんですよね?」

「まあな、ルカの目的果たして俺が満足したら帰ろうかな」


ルドルフは軽く肩をすくめる。


「そのときは、俺に紹介してください」


少し遠慮がちな声。

ルドルフは少しだけ考えてから、


「……気が向いたらな」


ぶっきらぼうに答える。

けれど、それはたぶん“いい”の意味だった。

ルカはそれをなんとなく感じ取って、ふっと笑う。


「はい、約束ですよ!」


二人の足音が、朝の道に静かに重なる。

さっきよりも、少しだけ軽い歩幅で、のんびりと先へ進んでいく。

次回は4月23日に「ルカ、初めての市場へ」を投稿します。お楽しみに(^▽^)

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