ちょっと眠い朝の食卓
お待たせしました。
投稿を再開します!
朝の光が、さっきよりも少しだけ強くなっていた。
窓から差し込む金色の光は、さっきよりも広がり、リビングの床をゆっくりと照らしている。
森の影も、もうただの黒ではなくなっていた。
木々の輪郭がはっきりと見え、葉の一枚一枚が光を受けて揺れている。
そんな朝の中で、ルドルフは椅子から立ち上がった。
「……とりあえず、お腹空いてきたし飯にするか」
まだ少し眠そうな声だった。
けれど、どこか日常の調子を取り戻したような響きもある。
ルカは小さく頷く。
「はい、俺もお腹空いてきました」
その返事も、やっぱり少しだけ眠そうだった。
ルドルフはキッチンのほうへ歩いていく。
足取りはゆっくりしているが、慣れた動きだった。
棚からパンを取り出し、軽く手の中で重さを確かめる。
昨日のうちに買っておいたものだろう。
表面は少し硬いが、中はまだ柔らかそうだった。
「あ! 手伝います。ずっと作ってもらうのも申し訳ないですし」
後ろからルカの声がする。
振り向くと、ルカが少しだけ背筋を伸ばして立っていた。
眠そうな顔のままなのに、どこかやる気だけはあるような、不思議な状態だった。
ルドルフは一瞬だけ考えるような顔をして、それから軽く笑う。
「いいって、いいって。座ってろ」
「でも……」
「いいから。二人で作業すると火が危なしな」
あっさりとそう言われて、ルカは少しだけ口を閉じた。
納得したような、少しだけ残念そうな顔。
「……じゃあ、作ってるところ昨日みたいに見てていいですか?」
「え? 見ててもいいけど、何にも面白くないぞ。 ただ朝ごはん作ってるだけだしな」
「それでもいいです。 俺自身が楽しいので」
素直な返事だった。
ルドルフは肩をすくめる。
「なんだそれ。 変なやつ」
そう言いながら、手は止まらない。
パンを切り分け、鍋に水を入れて火にかける。
簡単なスープでも作るつもりなのだろう。
火がつく音が、小さく部屋に響く。
やがて、鍋の中で水が温まりはじめる気配が伝わってくる。
ルカは少し離れたところから、その様子をじっと見ていた。
キッチンに立つルドルフの背中を、ぼんやりと眺めている。
不思議な感じだった。
こうして誰かが料理をしているのを、ただ見ているだけの時間。
それが、なんだか少し落ち着く。
やがて、パンが焼ける匂いが広がりはじめた。
ほんのりと香ばしい香りが、部屋の中に満ちていく。
「……いい匂い」
ルカが小さく呟く。
「だろ~?いい匂いだろ?」
ルドルフは振り向かずに答えた。
少しだけ得意げな声だった。
スープも、すぐに出来上がった。
具材は多くないが、温かい湯気が立ちのぼっている。
二人分の皿がテーブルに並べられる。
「ほら、朝ご飯完成!」
ルドルフが椅子に座りながら言う。
ルカも向かいに座った。
テーブルの上には、焼いたパンと、簡単なスープ。
それだけの、質素な朝ごはんだった。
けれど――
「……いただきます」
ルカは少しだけ丁寧に手を合わせた。
パンを手に取る。
少しだけためらうようにしてから、そっと口に運ぶ。
「……あ」
小さく声が漏れた。
外は少しだけ硬くて、中はやわらかい。
焼きたての温もりが、口の中に広がる。
「うまいか?」
ルドルフが何気なく聞く。
ルカは小さく頷いた。
「……へへ、おいしいです」
その言い方は、少しだけゆっくりだった。
味を確かめるように、噛みしめるように。
スープにも手を伸ばす。
湯気がふわりと顔にかかる。
ひと口飲むと、体の中にじんわりと温かさが広がった。
「……スープあったかい」
思わずそんな言葉がこぼれる。
ルドルフはそれを見て、少しだけ笑った。
「そんな大げさなもんじゃないだろ」
「でも……なんか、いいですね」
ルカはスープの器を持ったまま言う。
その言葉に、ルドルフは一瞬だけ視線を向けた。
けれど、何も言わずにパンをかじる。
静かな時間だった。
パンをかじる音と、スープを飲む音だけが、ゆっくりと流れる。
外ではまた、鳥の声が聞こえていた。
しばらくして、ルカがふと思い出したように顔を上げる。
「あの、ルドルフさん」
「ん?」
「旅って……何持っていけばいいですか?」
ルドルフはパンをかじりながら、少し考える。
視線を天井のほうへ向けて、記憶を探るようにゆっくりと口を開いた。
「んー……まあ、旅といっても野営できる最低限のものだな」
「野営できる最低限のもの、ですか」
「着替えと、金と……あと寝泊まりできる道具一式」
ルカが少し目を瞬かせる。
「寝泊まりの道具、ですか? 町を移動していくんじゃ…」
「ああ。町を移動していくにしたって、場所によっては宿なんてないからな。 野宿になることも普通にある」
ルドルフはそう言いながら、指を折って数える。
「簡単なテント、寝袋、火を起こす道具……あとは水筒と、保存のきく食いもん」
「そんなに持つんですか……」
ルカは少し驚いたように言う。
思っていたよりも“旅”がちゃんとしていることに、少しだけ圧倒された顔だった。
ルドルフは肩をすくめる。
「全部ちゃんと揃えようとするとキリがないけどな。まあ、無いといざって時に普通に困る」
「たしかに……」
ルカはスープの器を持ちながら、小さく頷く。
ルドルフはさらに続けた。
「あと、ロープとかナイフもあったほうがいい。大したことない道具だけど、いざって時に役立つ」
「いざって時……」
ルカが少しだけ不安そうな顔をする。
それに気づいたのか、ルドルフは軽く笑った。
「そんなに構えるな。全部使うわけじゃない。ただの保険みたいなもんだ」
「でも、なんだか……思ってたより大変そうです」
ルカは正直にそう言った。
ルドルフは少しだけ考えるような顔をして、それからパンをひと口かじる。
「まあ、楽ではないかもしれないな」
あっさりした言い方だった。
「でも、その分自由に動ける」
ぽつりと付け足す。
ルカはその言葉に少しだけ反応する。
「自由……」
「行きたいとこに行って、好きなだけ歩いて、気に入らなければ別の町、別の道に行く。 そういうのが旅だって俺は思ってる」
ルドルフは特別なことのようには言わなかった。
けれど、その言葉にはどこか実感があった。
ルカは少し黙る。
そのまま、手に持っていたパンを見つめた。
「……なんか、いいですね」
小さく、そう言う。
ルドルフは軽く笑った。
「だろ?」
少しだけ得意げな声だった。
ルカも、つられて小さく笑う。
けれど――
そのあと、少しだけ表情が変わった。
何かに気づいたように、視線がゆっくりと下がる。
その言葉を聞いて、ルカは少しだけ考え込む。
手に持っていたパンを、ゆっくりと皿に戻した。
視線が、テーブルの上に落ちる。
「……どうした、ルカ?」
ルドルフが気づいて声をかける。
ルカは一瞬だけ迷ったあと、ぽつりと言った。
「えっと、その……」
言葉が少しだけ詰まる。
「俺、あんまり……ルドルフさんが言った持っていくもの、なくて」
静かな声だった。
ルドルフはパンを持つ手を止める。
そして、ルカの顔を見る。
ルカは少しだけ気まずそうに視線をそらしていた。
「服も……そんなにないですし、えっと…」
小さく付け足す。
その言い方は、とても軽かった。
まるで大したことじゃないみたいに。
けれど――
ルドルフは少しだけ間を置いたあと、あっさりと言った。
「じゃあ、買いに行くか」
ルカが顔を上げる。
「……え?」
「必要なもん、揃えないと困るだろ」
ルドルフは何でもないことのように言う。
「時間もあるしな」
ルカは一瞬、言葉を失ったように黙る。
それから、小さく頷いた。
「……はい」
その返事は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。
テーブルの上には、まだ少しだけ湯気が残っている。
朝の光は、さらに強くなっていた。
二人はまた、ゆっくりと食事を続ける。
さっきよりも、少しだけ落ち着いた空気の中で。
やがて、パンがなくなり、スープも空になる。
ルドルフは椅子の背にもたれた。
「……さて」
軽く息を吐く。
「行く準備するか」
ルカも頷いた。
「はい」
その顔は、まだ少し眠そうだった。
けれど、その奥には確かな期待があった。
試験合格しました!
これからは、こっち側で次回当行のお知らせをしようと思います。
次回は4月17日に「少し慌ただしい朝の支度」を投稿します。お楽しみに(^▽^)
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