41 龍頭領 Ⅰ
「今日も元気だ。アイスが上手いっ。」
私はいつものように樹海の浄化を終えた後、冷蔵庫からアイスクリームを取ってくると外のベンチに座って食べていた。
訓練を終えた兄様たちも一緒だ。
桐葉はあんまり甘いのが好きではないからなのか、棒付きのソーダ味アイスキャンディーをガリガリとかじっている。
いつだったか、夏樹ちゃんと話したベンチだ。
目の前には神楽の町が広がっている。
「ホッホッホッ、楽しそうだの。」
いつの間にか隣にお地蔵さんが座っていた。
「あっ、アイスは・・・・・・」
「上手かったぞ。ありがとうよ。」
「そう。よかったよ。」
お地蔵さんの祠の前にもお供えしていたのだ(自分で言うのもなんだけど気が利く子なのだ)。
「ここは良い町だのう。」
「うん。桃香もこの町が大好きだよ。」
「そうか、そうか。いいことじゃ。
じゃが、ここまでするのは決して楽ではなかったのう・・・。
おぬしの先祖やこの町の者たちが、これまで知恵や力を出し合って町作りをしてきた結果じゃよ。」
「うん。そうだね。」
私が住んでいる龍頭領は5つの区からなっている。
中央区と東西南北の4つの区だ。
中央区は領の中心部にあり、官公庁が置かれている。
いわば、領の頭脳に当たるところ。
私たち神代家が住んでいるのは北区になる。5つの区の中では一番広い。中央区より上(北?)の部分全部だからね。
北区の一番奥(北側)に神楽山があり、雷和神社がある。
神社の右手にある温泉街は湯元と呼ばれている。そしてこちらにある山では、フィールドアスレチックやキャンプができるようになっている。
その反対側、神社の左手には漁場や海水浴場がある。そしてこちら側の山では、畜産にも力を入れているから新鮮で美味しいものがたくさんある。だから、レストランなんかも多くて旨味と呼ばれているんだ(誰が言い出したんだって思うけど、ホントのことだよ)。
神社の左右の山では、地質や日当たりなどから適した果樹栽培なんかも行われているし、当然林業も盛んだ。
だから、近くでは食品製造業や食品加工業も盛んにおこなわれているし、木工業(伝統工芸が中心)も行われている。
神楽山の麓からは農業地帯となっている(ここら辺は神楽本って呼ばれてる)。
そして、そこから中央区までの間に学園と研究所があって、ここは門前と呼ばれている。中央区に近い場所には総合病院もある。
(私が今いる所からは、田畑から学園までがよく見えるんだよ。)
で、中央区より下(南?)の部分を3分割して東区、南区、西区がある。
神楽山から見て、中央区の右側にあるのが西区になる。
ここは工業地帯になっていて、工業団地がいくつかある。輸出や輸入もここから行っている。
工業製品を買える店舗もこの区にある。
中央区を挟んで反対側にあるのが南区だ。4つの区の中では一番狭い。
しかも南区には区を縦に2分割するように山脈があり平地が少ない。そして海峡にも面している場所だ。
ここは、風が強く潮の流れも速いので、エネルギー研究所が置かれている。水力や風力が中心ではあるが、地熱や火力(この2つは主に北区で活用されてるねぇ)についても研究している。
ここは、少ない平地や山地を利用して農作物の品種改良も行っているから、農業や林業に関する研究所もあるけど住宅地はないんだよ。
いるのは仕事で来ている人だけだ。一応、宿泊施設も研究所にあるが、そこに住んでいるわけではない。
そして最後、中央区の左側にあるのが東区だ。ここには、商社や金融機関が集まっている。(株)KAMISHIROの本社もここにある。
商業施設もここにあるよ。オシャレなお店やファッション関係のお店もね。
住宅地は中央区と南区以外の3つの区にある。
住宅地がある区には、日常生活に必要な施設は一応全てそろっている。
北区のように大学や研究施設がそろった学術都市とまではいかないけれど、東区と西区にも一通り学校はある。大学は、東区が経済系、西区が工業系が主になってるけどね。
昔は、北区だけが神代の領地だったらしい。
どのくらい昔の話かっていうと、曾お祖母様の前世、桜子さんの時代だね。
あの時、攻めてきた隣の領が今の西区になるのかな。
で、南区が山脈を挟んで2つの領だったらしいけど、西区に近い方の領はあの隣の領に負けて占領されていたから、あの戦の後は神代の領地になった(隣の領、全滅したもんねえ)。
その後、南区の残り半分の領地が東区と一緒になった。領地は狭いし、平地も少なかったから生活が苦しかったみたいだね。
しばらくは龍頭領には2つの領があったんだよ。
それが曾お祖母様の祖父の代で1つになったみたいだ。曾お祖母様の祖母が、もう一つの領の一人娘だったんだけど、どうしても神代家に嫁に行きたいと言い出し、その父親の領主も娘と領地と両方任せたいと言い出して、1つになったみたいだよ。
そして、曾お祖母様の父親の代から1つの龍頭領として少しずつ発展させていったらしいよ。
大きく変えたのは、曾お祖父様みたいだけどね。
詳しい話はお祖父様や父様に聞かないとわかんないな~。
「ねえ、お地蔵様。
地中に重なって見えるあの世界って、シオンの地底王国のような役割をしているの?」
「ほう、アレが見えておったか・・・。そうじゃ、同じじゃよ。」
「やっぱりどの世界にも、あーいうのは必要?」
「・・・必要じゃろうな。」
「ふーん。そうなんだー。」
「『やっぱり』と言っておったが、なぜそう思った?」
「うーーん。・・・この世は2つのバランスで成り立っていると思ったから、かな。
光と影。善と悪。明と暗。賢と愚。そして、生と死・・・。」
「ほーお、なるほどなぁ。」
私の目は色んなモノが見える。普通は人に見えないようなモノもね。
だから普段はある程度見えるモノを制限している。ONとOFFを切り替えるというか、見え過ぎると目や脳が疲れるから要らないモノはカットしているんだよ。
小っちゃい頃に訓練したよ。
で、樹海の浄化をするようになってしばらくした頃、変なモノが見えるのに気付いたんだよね。
樹海って変なモノが他所から引き寄せられるように来ることもあるけど、瘴気がどこからか噴き出すように地中から現れることもあるんだよ。
だから一体どこから来るんだろうって不思議だった。
だって、ここら辺は火山があるから地中にはマグマもある。シオンの国のような地中にある国もなさそうなのに、って(当然この頃はシオンのことは知らなかったけどさ)。
そしたらある時、地中に重なるようにボンヤリと別の世界が見えたんだよ。すぐに見えなくなったけど。
だから、最初は見間違いかと思ったんだけど、意識して見るようにしていたら、そのうちに見ようとしたらいつも見えるようになった。
でも、その世界は見えるんだけど、詳しくはみえないんだよ。そこにいる人(?)は、いるのはわかるけどハッキリと何をしているかまではわからないって程度なんだよね。
そのうちに、もしかしたらあの世界からこちらの世界に「よくないモノ」が送り込まれているのかも、って思うようになったんだよ。
ああ、その世界が見えるようになって兄様に言ったら、ビックリしてたなあ。多分、兄様には見えてなかったんだろう。
私から聞いて、注意して見るようになったみたいで、今は兄様にも見えているみたいだ。
やっぱり何事も訓練だよねー。
でも、私の方がよく見えているみたいだ。
ま、もともと私と兄様では注意して見てきたものが違うからね。
兄様は冒険者になるための訓練を第一に始めてるから、最初は戦い方重視だった。だって命がかかっているからね。だから相手の位置や動きをよく見ていたんだ。
私はキレイにする対象かどうか、をよく見ていたからねー。そっちに関するモノを感知する力は、兄様より私の方が鍛えていると思うよ。
んで、思ったんだけど、私たちのように特別な目を持ってなくても、人って皆見え方は違うんじゃないかな?って。
顔や体質が人それぞれなんだから、見え方や聞こえ方が違っていても不思議じゃないよね。そう思わないのかなぁ?
って話してる途中だったよ・・・。
「あそこはのう、禍神が治める世界じゃ。
あの世界で災厄を生み出しているのじゃよ。桃介もなんとなく勘づいていたんじゃろ。」
「うん・・・なんとなく・・・」
私は、「この世には相反する2つのものが必要なんだろうなあ」と、いつからとはハッキリ覚えてないけど思うようになっんだ。
だってさ、病気になるのはイヤだけど、病気になって健康であることが当たり前でなくありがたいことなんだってわかることがある。病気があるから治そうとして医学や薬学が発展するって面もある。
困っていたり不便であったりすることがあるから、人は色々と考えて科学が発展する。
いやがらせをしたり悪口を言ったりする人がいる。
そんな人を反面教師として、自分はそんなことはするまいと思う人がいる。やられたら(「他の誰か」に、は止めてほしいよ)やり返せ、と思う人もいるけどね。
それに、もしこの世の中が働かなくても生活できる、病気もないというような困難がない世の中だったり、次から次に悪いことばかりが起こり、悪いことしか考えない人ばかりの世の中だったりしたら、どうなるのかな?
私は、どっちも滅ぶんじゃないかと思うよ。
大事なのはバランスが取れていることのような気がするんだ。
えーと、誰に聞いた話だったっけ・・・?
人は肉体と精神から成っているから、物質的な影響をけっこう受けるんだって話。
煩悩は108あるって聞くしね。
その煩悩の中でも「三毒」って言われるのが「貪欲」「瞋恚」「愚痴」らしい。
欲を貪る、怒りや憎しみの心を持つ、道理が分からず恨んだり嫉ん(妬むの字もある。嫉妬の字だね)だりする。逆恨みってのもあるね。恨むとこ間違えてるよってヤツだ。
煩悩は人間が苦しみを感じる原因とされてるらしいけど、確かに囚われすぎたら心を苦しめそうだよ。魂も汚しそうだしね。
でも、人であれば誰でも多少はあるよね。
それに、欲望は悪いことばかりじゃないでしょ。
人は食欲がなくなれば死んでしまうし、寝なくても死ぬ。異性に興味がなくなれば、そのうちに人はいなくなるよ。
あれをしたい、これをしたい、あんな物があったらいいなあ、こんな物どこかにないかなあ、もっと美味しいものが食べたい、もっと・・・もっと・・・。
こんな気持ちが多くの素晴らしい人やモノを生み出してきたのも事実だと思うし。
劣等感をバネに成功した人もいる。
優も劣も、コインの両面のようなもので、どちらにもなり得るモノなんじゃないかな。
どっちもあるからいい的な・・・?
「ほーお、桃介は色々と考えているんじゃな。」
「えっ?あっ、言ってた?」
「うん。しっかり言ってたよ。」((うん。うん。))
あれぇっ。心の声が漏れてたみたいだよっ。
なぁんか桐葉たちも頷いてるし~。
「ふむっ。そうよのう、・・・
禍神は災厄を生み出すと言うたが、正しくは災厄の素となるモノじゃな。
人が呼吸をして二酸化炭素を出すように、禍神は災厄の素を生み出す。自然に生み出されていく・・・。
禍神は態としているのではない。それが自分が在る以上普通のことなのじゃよ。
そして、それがこの世に流れ出てくるのも自然なことなのじゃ。この世の酸素や二酸化炭素などと変わりはない。
その素の中には、長い年月を経て意思を持つモノも出てくるのじゃ。それらは負の意識を好み集まっていこうとする。それらは人の妬みや恨みといった感情も大好きじゃな。取り込んで悪念になり、人と交渉するモノも出てくる。願いを叶えてやって、その人間を取り込んで操ることもやるのう。
人の言う『悪魔』というものは、そうやって生まれることもあるんじゃよ。
まあ、そうなる前に空気中にあるものは雷で浄化されたり、桃介のように浄化できる者によって消されたりしとるがな。
じゃが、災厄の素はここ以外でも発生しておる。
アレが流れ出てくるのはここの樹海だけではないからのう。この世界のどの場所からでも出てくるよ。
そして、どの場所にも桃介たちのように浄化できる者がいるとは限らんよ。
柊と桃香よ、今の神代家は浄化できる者が複数人おるが、いつの時代もそうとは限らんということも知っておけよ。」
「「はいっ。」」
私たちの返事を聞くと、お地蔵さんはウンウンと頷いて自分の祠の方へ去って行った(途中で姿は消えたけどね)。
その後、桐葉と蓮が補足するように話してくれた。
ここから先は、神社に行って本殿の奥の間で話したことだよ。
この世界で生き物たちが暮らしていけるように様々な調整をしているのが神仏なんだって。
人には見えない世界(精神世界だね)の調整をしたり、人の存在を脅かすモノと戦ったり、だね。
和国では、それぞれの領に神社仏閣や祠(これは個人の家にあることもあるね)があって、みんな大なり小なりお祈りしたりお願いしたりしてるよね~。「苦しい時の神頼み」って言葉もあるしねえ。
でも、神や仏と人との関係って国によって違うんだって。国によっては、お祈りはしてもお願いはしないんだってー。ホントそれぞれなんだねえ。
人の歴史とともにあるのは宗教と文学だ、って聞いたことがあるけど・・・。
太陽に祈ったり、文字のない時代は大事なことを口から口へ(口承だね)と物語で語り継いだりしたことが初まりなのかなあ?
「宗教で戦争が起こることもあるよねぇ?」
「神仏は争ったりせぬぞ。争うのは人だ。
人があちらの神こちらの神とお願いに行っても、それでよいと思うておる。怒りもせぬよ。
お願いも叶えよう思ったものが叶える。ただし、叶えない方がいいものや叶えてはならないものは叶えんぞ。」
「叶えない方がいいもの、ってそんなのがあるの?」
兄様の疑問には蓮が答えてた。
「あるよ~。
ほら前にさ、人は生まれる前に自分の人生計画を立ててくるって聞いたことがあるだろ。
なら、本人の計画とズレてしまう願いは叶えない方がいいだろ?。
それと、神仏は人を害するような願いは叶えないよ。それを叶えるようなのは、別の何かだ。」
「あっ、そういうことか。」
「ふ~ん、そうなんだ~。」
「じゃあさあ、禍神とは?戦ってないのかにゃ?」
(あっ、噛んじゃったよぉ。)
「禍神は災厄の素を生み出す存在ではあるが、“素”を育てるのは禍神ではないぞ。
禍神はそういう存在としてあるだけだ。
だから神仏は戦わない。
“素”を育てるのは人の欲望だ。
人は『悪魔』を恐れるが、『魔』も災厄の素と同じように生み出される。
それが『悪魔』まで育つのは、多くの人の悪い念を吸収しているからだ。
人は、もっと自分の負の感情が何を生み出すことになるか知るべきだ。
そして、幸せになりたいのなら、自分の感情をもっとコントロールできるようになるしかないのだ。
負の感情に振り回された先にあるのは、不幸や破滅ということになるだろうからな。」
桐葉の言ってることを聞きながら、何かそんな話があったなあって思ったよ。
兄様が、ふと何か思い出したのか、こんなことを言い出したんだ。
「いつだったかは忘れたけど、他の区の生徒がこんなことを話してたんだ。
『俺は神や仏は信じない。病気になったおばさんを助けようと、カミサマを信じたおじさんは借金までしたのに、おばさんは助からなかった。残ったのは借金だけだ。結局、おじさんは従兄弟たちと夜逃げしたのかいなくなってしまって、今はどこにいるのかもわかんないよ。』
『そりゃ、ヒドいな。
でも、僕は少しは信じてるかな。僕のばあちゃんは、家の仏壇や神棚に毎日お参りして話しかけてたんだよ。もう死んじゃったけどね。
ある時さ、ばあちゃんに名前を呼ばれて危ないって言われたから、つい立ち止まったら目の前をスピードを出したままの車が走り去って行ったんだ。あと何歩か行ってたら車に撥ねられてたな。
ああ、ばあちゃんが助けてくれたんだなって思ったよ。ばあちゃんが死んだ後のことだよ。
だからかな、少しは信じられるかな。
お前のおじさんが信じたのがどんな神様なのかはわかんないけど、ばあちゃんが信じてた神様は人を困らせるようなことはしないんじゃないかって思うよ。
問題なのは神様じゃなくって、途中にいる人間なのかもよ。
僕たちには神様の言ってることなんてわかんないしさ。わかってるって言って、ホントのことはわかんない人たちに色々要求してくる人間が問題なんじゃないかな。』
そこまで聞いて、僕はその場を離れたから、その後の話がどうなったかは知らないけど・・・。
なぜか、ふと思い出したんだよ。」
「ふん。どこにも人を騙して金儲けをするような人間はいるもんだよねえ。
それも人が弱っているところに上手くつれこむ。
その才能を他のまともな方面で発揮すればいいのにさー。
神仏は人を助けても見返りを求めたりしないよ。
お金お金って言うのは全て詐欺って思ってたらいいよー。」
蓮がちょっとイラついていた。
今度は父様たちにこの領の話を聞きに行こうかな。
んー?この領にお寺はないのかって?
モチロンあるよ。
一番近くにあるお寺は、ここの神社から海水浴場の方に向かう途中にある。ちょうど神社と海水浴場との真ん中辺りかなあ。
頼山寺っていうお寺。ご本尊は薬師如来様だよ。
このお寺の境内には地蔵菩薩様も祀られている。樹海(温泉街側ね)の近くにも祠があるけど、ここは出張所のようなものだ。
この頼山寺の隣に神社の霊園もあるんだよ(神社側にね)。
頼山寺はねえ、跡取りがいない時があってね、曾お祖父様の弟が養子にいったんだって。
その人には冒険者になる才はなかったんだけど、他の人には見えないモノを見る目を持っていたんだって(幽霊とかだね)。
だから、自分ができそうなことをやるよ、って自ら養子になるって言い出したんだよ。兄である曾お祖父様や家族は止めたみたいなんだけど、本人の意志が固くて最後は認めたって。
その人には、私も兄様も時々会うよ。
住職の仕事はもう子どもに任せているみたいだけど、花の手入れはまだ自分でやってるみたいだからね。
お寺の門までの参道脇には、たくさんの花が植えられている。隣の霊園の入り口脇にもね。
この花を植えたのは、曾お祖父様の弟、えーと名前は何だったかな~?(「昭午だ。」)ああ、そうだった、昭午さんだよ。彼が全部植えたんだよ。
養子に行く前は、よく源じいの手伝いをしていたようだから、もともと庭仕事みたいなのが好きだったんだろうね。
たっくさん季節の花を植えて、夜はライトアップまでされているんだ。
何で?って思うでしょ?私も思ったもん。
理由はねえ、お寺には墓地や納骨堂があるでしょ。隣には霊園もあるしねえ。
だから、前の道を通るときに人に怖いと思われないようにと、道を少しでも明るくして防犯のためなんだって。街灯はあるけど、下の方が確かに暗いもんねえ。
「生花は供養にもなるんじゃよ。」
ある時、花を見ていた私に昭午さんが教えてくれたんだ。へー、そうなんだ~って思った。
花の手入れは、源じいもこっそり手伝っているみたいだ。
昭午さんは霊園に行って先祖にお経をあげてることもある。
いいのかって?
いいんだよ。先祖だって喜んでるよ。
大体さあ、あの世に宗教の違いなんてないよ。
違いを言ってるのは、この世にいる人間だけだよ。
生まれ変わるときは同じ国に生まれ変わるとは限らないし、異世界ってこともあるかもだし(性別も変わることがあるみたいだし)。だったら宗教も違うよねえ。
そもそも宗教って「心の拠り所」なんじゃないの?
だから、それぞれの場所によって信じたモノや畏れた(「恐れ」じゃないよ)モノが違うし、人の歩みとともにあるんじゃないかな。
心の拠り所だから、もし悪く言われたら腹も立つだろうし、主張の違いから争いになることもある。最悪、戦争って形でね。
でも、これって皆わかるんじゃない?
今だってさ、大好きな推しのアクスタやトレカを飾って祭壇のようにしている人、いるよね?
崇める気持ちは、多分一緒だと思うよ~。
飾られている側の気持ちはワカンナイケド・・・。
ああ、ついでに。
雷和神社の前の道路、春と秋はとってもキレイよ~。神社側は桜並木が、駐車場側は紅葉する木が植えられているからさぁ。
これらの木は、昔、領民の皆さんが植えてくれて、今でも手入れをしてくれている。ありがたいねえ。
桜の季節になりましたね。そろそろ満開ですかねぇ。
「東風」は「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」(菅原道真)からです。
2月には庭の梅の古木もキレイな花をつけてました。季節の巡りを感じます。
今回、桃香が思い浮かべようとした話 参照『山月記』(中島敦)




