第7話
翌朝、アランはレイリアに連れられ、城砦内の施設を回っていた。
早朝から響き渡るのは、女兵士たちが訓練する声。城壁の周囲を走ったり、訓練場で素振りをする掛け声が響き渡る。その近くを歩きながら、アランは目を細める。
「――皆さん、立派に訓練されていますね」
「ああ、我々の相手は基本的に魔獣とはいえ、日々の鍛錬は欠かせない。その結果が命を救うことになるからな」
「確かに。それは間違いないと思います」
「他にも経費削減のために、山菜採りや屯田も実施している。機会があれば、その様子を見ることもあるだろうな――ああ、あの城壁の裏辺りが屯田だ」
レイリアは歩きながら一つ一つの施設を紹介してくれる。
城砦内は防衛拠点になる城壁や城壁、兵士たちが暮らす宿舎はもちろんのこと、スポーツができる広場や書庫など、施設が充実しているようだ。
それらを案内し、注意事項を述べながら、彼女の足は城塔の近くに向く。
「さて、一通り案内したところで――最後は医務棟だな」
「医務室だけで、一軒の建物にしたんですか?」
「ああ、前は医務室だけだったが、今いる軍癒の進言で改築した。なんでも感染症が起こった際に隔離できた方が良いから、だそうだ」
「なるほど、確かに――」
そういう配慮ができる治癒士がいるのだろう。頷いていると、その医務棟が見えてきた。石造りの建物が多い中で、そこだけは木造の平屋――。
だが、充分に広々としている。屋根は物干し台になっているのか、白いシーツがはためいている。レイリアは迷いなくその建物の入口に向かい、扉を開いた。
二重の扉を通過すると、長い廊下が広がっている。
レイリアはその一番手前の扉を叩き、中に声を掛けた。
「失礼する――」
扉を開き、レイリアが中に入る。続いてアランは部屋に入ると、消毒液の香りが身を包んだ。
中は診察室のようで、机と椅子数脚、ベッドが置かれている。棚には様々な薬品が揃え、机の上も整理整頓――見るだけで充実した設備だ。
そして、その机には白衣を身に纏った黒髪の少女が向かっていた。
「やぁ、ヘレナ、新しい治癒士を連れて来たぞ」
レイリアの声に少女はペンを走らせる手を止めて振り返る。
その顔つきは想像よりも幼かった。体格も小柄であり、軍の治癒士とは思えない。だが、その目つきは鋭く聡明さを滲ませている。
彼女は真っ直ぐにアランを見据えると、警戒心を滲ませて告げる。
「本当に連れてきたんだ。男の治癒士」
「ああ、何度も言ったじゃないか」
「そのたびに何度も反対したけど。私一人で充分だって」
「それだとヘレナに何かあったときに対応できないだろう――」
レイリアはため息を一つつき、アランを振り返って告げる。
「アラン殿、紹介しよう。この砦で今まで唯一の治癒士だったヘレナだ。ヘレナ、こちらはアラン先生――事前に連絡したと思うが、市井から引き抜いた治癒士だ」
「……そう、貴方が。聞いてはいたけど」
ふん、と少女――ヘレナは立ち上がりながら鼻を鳴らし、じろりとアランに視線を注いだ。その眼差しはあまりにも冷たい。
「どうやってレイリアに取り入ったかは知らない。でも、私は貴方をまだ認めていない。精々、仕事の邪魔をしないで欲しい」
その辛辣な言葉に思わずアランが面食らう――明らかに今までで一番、歓迎されていない。それを咎めるようにレイリアが鋭く声を発した。
「ヘレナ! アラン殿に失礼だぞ!」
「実力が伴わない治癒士にいられる方が迷惑。しかも男なんてガサツで、下心まみれだし――そもそも、アラン先生は魔術学院を卒業しているの?」
「……いや。残念ながら師匠の元で学んだだけです」
「へぇ、そんな治癒士が軍の治療を担うの?」
容赦のない言葉の数々に、アランは思わず口を噤む。一方でレイリアは深くため息をつき、申し訳なさそうにアランを見る。
「……すまない、アラン殿。こう見えてヘレナはすごく優秀なのだが」
「こう見えては余計。まぁ、学院を首席で卒業しているけど」
事も無げに告げられた事実に、アランは目を見開いた。
魔術学院といえば、王都に存在する名門の学び舎だ。選ばれたエリートが集結し、日々様々な魔術を研究しているらしい。
師匠曰く、全世界で一番、治癒魔術が発展している場所、とのことだ。
(まぁ、中にいる人間はいけ好かない、とか言っていたけど)
確かに今はその気持ちが分からなくはない。
ただ、それは別にしてもエリートの中で主席――つまりは最優秀な人材なのだろう。つまり、教えを乞える人間である。そう思った瞬間、アランは頭を下げていた。
「御見それしました。ヘレナ先生」
「……先生?」
「ええ。自分も未熟さは日々痛感しています。患者の苦痛を和らげるために試行錯誤しておりますが、圧倒的に知識が足りておりません。厚かましい願いかとは思いますが、是非、その知識の一端をお傍で拝見させていただければ……!」
(学院主席――最高峰の知識を近くで見られる機会など、そうそうない……!)
アランの師匠は学院卒ではなく、独学と実地で学んできた人だ。魔術の技術や知識に関しては、師匠の教えでは不足を感じるところがあった。
それを補える機会にアランは頭を低く下げ、教えを乞う。
「自身が男であり、未熟者であることは承知しておりますが、どうか……!」
「――――」
しばらくの沈黙。ほんの少しだけ視線を上げると、口元を手で押さえているヘレナが見えた。そのアランの視線に気づくと、顔を背けてこほんと咳払いする。
「――なるほど、そこまで言うならば、いいでしょう。名前を、もう一度」
「アランです。アラン・クラシック」
「では、アラン。本来ならば、男性を傍に置くなどあり得ないけど、一時的に貴方が傍にいることを許可する。貴方の腕次第では、助手に格上げを検討する」
「……っ、ありがとうございます! ヘレナ先生!」
「礼には及ばない。後進を育てるのも、優秀な治癒士の役目」
ヘレナは腕組みをして厳めしい顔つきを作りながら告げる。その一方で見守っていたレイリアはぼそりと小さな声で告げる。
「ヘレナの方が年下だろうに」
「何か言った? レイリア」
「いーや、何も。ただ、言っておくが、アランもかなり優秀な治癒士だ。特に妖鍼術については、ヘレナの方が上だと感じている」
「む……確か、東方由来の治癒術だったはず」
ちら、とアランを見やる。彼は少し苦笑し、首を振って告げる。
「あくまで独学です。師匠もこれには詳しくありませんでした」
「私も書物で読んで、少し知っている程度だけど」
「――お話を伺っても?」
「まぁ、今は時間がある。患者が来るまでなら構わない」
「ありがとうございます。先生」
ヘレナに対して深々と頭を下げると、彼女は口元が緩み、表情が少しだけにやけた――先生と呼ばれて嬉しいのだろうか。
レイリアは小さく吐息をこぼすと、アランの方を軽く叩いて告げる。
「ま、上手くやれそうだし、細かいことはヘレナから聞いてくれ。もし、困ったことがあったら私に言ってくれればいい。大抵は、何とかしてやれる」
「ありがたい限りです」
優秀な同僚と、素晴らしい上司に恵まれた――今までにない幸運を噛みしめていると、ふと扉が叩かれる音が響き渡った。
「――どうぞ」
ヘレナが声を掛けると、扉が開いて一人の女兵士が入ってくる。レイリアがいることに気づき、慌てて彼女は敬礼した。
「た、隊長、おはようございます……!」
「ん、おはよう。医務室に用かな」
「は、はい――その、アラン先生に診ていただきたくて……」
「だ、そうだ。早速お仕事だな? アラン殿」
レイリアが笑いながら告げる。アランはヘレナの方を伺うと、彼女は素っ気なく一つ頷き、傍らの椅子とベッドを示す。
「好きに使って構わない。その代わり、不埒な真似をしないか監視するから」
「もちろん大丈夫ですよ。好きに見てください」
アランは微笑みながら頷くと、患者を振り返って告げた。
「では――今日はどうされましたか?」




