第6話
「皆、お待たせした――今日からこの隊に加わる軍癒を紹介しよう」
城塔の隣にある宿舎。その一階には広々とした食堂があった。
二百人ほどが収容できそうな巨大な広場。そこには見渡す限り、軍服姿の女性たちが集まっている。その視線を一身に受けながら、アランはレイリアの横に並んだ。
「アラン・クラシック殿だ。彼は肩や膝など、身体の痛みを効果的に治療できる妖鍼術の使い手だ。身体に慢性的な痛みを抱えている場合は、彼に相談するといい」
その言葉に対して、女兵士たちは顔を見合わせる。
それに喜んだり、期待したり――というよりは、どこか不安や心配が入り交じったような顔だ。ひそひそ話もわずかに耳に入ってくる。
「本当に男性が入ってきたの……?」
「大丈夫かしら。不安だわ」
「男の人がいないから、この部隊に入ったのに――」
その言葉を制するようにレイリアが咳払いを一つ。それで静まり返ったのを確認してから、彼女は視線を全員に向けた。
「無論、男性であるアラン殿が入隊したことに不安を覚える者もいるだろう。だが、彼は許可なくこの宿舎に立ち入ることを禁止している。もし、トラブルが発生した場合は申し出てくれ。毅然とした対応を実施することを約束する」
その言葉に女兵士の間から少し安堵した気配がこぼれる。だが、未だに彼を警戒するような、あるいは敵視するような眼差しは絶えない。
レイリアはぐるりとその場を見渡し、さて、と軽く声を和らげる。
「諸君たちもアラン殿がどれほどの実力を持っているか、疑問に思っているだろう。そこで少し実演を行いたいと思う」
その言葉に食堂内にざわめきが起こる。レイリアは視線を傍に立つリーゼロッテに向け、声を掛ける。
「リーゼロッテ、確か足を怪我していたな」
「――怪我自体は、完治しています」
「だが、痛みは慢性的にある。足を引きずっているのがその証左だな」
「……はい」
リーゼロッテは不承不承といった様子で頷き、自身の右膝に触れる。
「正直に申し上げれば、階段の昇降をするたびに痛みが走ります。もう慣れてきましたが」
「だが、作戦中に痛みで集中力が削がれれば、致命的になる。命令だ。この場でアラン殿の治療を受けろ」
強めの口調にリーゼロッテは口を噤むと、はっ、と敬礼する。それからアランの方に向き直ると、少し眉を吊り上げながら告げる。
「――不本意ですが、治療をお願いします」
「……承知しました。ではこちらの椅子に座ってもらっていいですか。それと患部――右足を見せていただけますと」
「了解しました。ただ、不埒な目で見たら容赦しません」
リーゼロッテは脅すように低い声で告げながら椅子に腰を下ろす。それからズボンの裾をたくし上げ、すらりとした足を露わにした。
肉付きが良く、真っ白い肌をした足。その右膝に掌を当てると、すぐに分かる。
(強く打ったかな。かなり血が滞っている――)
その血の滞りのせいで膝が固まり、それを無理やり動かしているために痛みが走っているのだろう。最小限の接触で判断すると、懐から木箱を取り出した。
中に入っている鍼を取り出し、リーゼロッテの前に跪いて視線を上げる。
「リーゼロッテさん、鍼を打ちます。少し痛みますが、お気になさらず」
「――どうぞお好きに」
どこか投げやりな声に頷き、アランは右膝の周り――患部を中心に三本の鍼を打っていく。彼女は微かに身を震わせたが、足はぴくりとも動かさない。
その鍼の頭を掴み、少し動かしながら魔力を流すと、微かに彼女は低い声をこぼした。
「――っ、膝が、温かい……っ」
「今、膝の治療をしています。もう少し、お待ちを」
周りの女兵士たちも固唾を呑んで見守っている気配がある。それだけに手に汗を握るが、ゆっくりと確実に魔力を流し込む。
血の滞りを解きほぐし、固まった肉を和らげつつ、治癒魔術も行使。
鍼を少し動かせば、手応えを感じる――術が効いているようだ。
しばらくの沈黙の後、鍼を抜く。リーゼロッテは小さく吐息をついた。
「終わり、ましたか」
「ええ、どうぞ足を動かしてみてください」
彼女はズボンの裾を直しつつ、椅子から立ち上がった。そのときの違和感に気づいたのか、片眉を吊り上げた。それからその場で足踏みをし、右膝を高く上げる。
だが、その表情は歪まない。足も引きずっていない。
リーゼロッテはアランを振り返る――その表情は驚きに目が丸くしていた。
「一体、どうやって――痛みが全くありません」
「血の滞りや固まった筋肉を解したのです。とはいえ、完全に治ったわけではないので、ご注意を。しっかりと動かし続けなければ、同じようになります」
「……信じられません。こんなにすぐに、しかも劇的に――」
リーゼロッテは右膝を上げ下げし、感心したように告げる。だが、アランとレイリアの微笑ましい視線と、女兵士たちの注目に気づき、彼女は咳払いした。
「その、見事な施術でした――これは膝以外にも処置できるのですか?」
「ええ、基本的には。肩や膝などの負担を軽減できます。肩がつらくて眠れない、とかそういう方々にも有用なのではないか、と」
アランの答えに女兵士たちがまた再びひそひそ話をする。だが、今度は不安や心配というより、期待や興味が入り交じった声だ。
「ねぇ、それって私たちの肩凝りも――」
「もしかして頭痛にも効くのかしら」
「最近、重いものを運び過ぎて腰が――」
(身体をみんな酷使しているのかな?)
いずれにせよ、不安がる視線や敵視は数を減らし、わずかなりともアランを受け入れる人が出てきてくれたようだ。それに安堵していると、レイリアは軽く手を叩いて告げる。
「彼は明日から医務棟に詰めてもらう。何かあればそちらに訊ねるように。特に身体に不調を抱える者はな――以上」
その言葉に数人の女兵士は早速食い気味に頷いていた。それに視線を返しながら、アランは深々と彼女たちに対して頭を下げた。
(何とか受け入れてもらえそうかな――)
そんな手応えを微かに感じながら。




