第4話
突然の誉め言葉にアランは少しだけ面食らう。だが、すぐに苦笑を浮かべて首を振った。
「――過分の評価です。自分は魔力も足りず、体力も足りない人間ですので」
今でこそ多少は治癒魔術を使えるようになった。体力も少しはある。
でも、ただそれだけだ。治癒士の実力としてはエーミールの方が余程優秀なのだから。唯一自慢できるのは、妖鍼術とマッサージの腕前だけである。
(まぁ、それも上には上がいるのだろうが)
特にアランの命を救ってくれたあの女性は鍼一本で痛みを止めてしまった――そこまでの腕前はアランにはない。
「あまりに未熟者です。未熟者故に、この村人の皆さんの身体を支えるだけでも精一杯だと感じる日々です」
彼の静かな言葉に、レイリアはアランの内心を見透かすように瞳を見つめる。それから口を開くと、はっきりとした口調で告げる。
「それでもアラン殿――其方の鍼が、私の痛みを止めてくれた。それは事実だ」
「――レイリアさん」
「部下たちの苦痛も取り除き、日々に彩りを取り戻してくれた。そして恐らく、その技術は他で充分に光る瞬間を待っている――と、私は思うな」
そこで言葉を切ると、レイリアはふと苦笑を滲ませ、軽く首を振った。
「すまない、素人が知ったような口を」
「――いえ、そう言っていただけるのはとても嬉しいです」
その言葉はどこか染み渡るようだった。心のどこかでそんな風に誰かが言ってくれるのを待っていたのかもしれない。
その感謝の気持ちを込め、アランは再び瓶を取って彼女の盃に酒を満たす。レイリアは軽く笑ってみせると、彼女も瓶を手に取った。
「私に注いでないで、アラン殿も飲むといい。僭越ながら私が酌をしよう」
「いえ、自分は別に――」
「まぁまぁ、そう言わずに。飲める人なのだろう?」
「それはそうですけど……」
押し切られるままに酒を盃に注がれてしまう。酒を注いだ彼女は少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げ、苦笑をこぼした。
「すまないな。私のような武骨な女が相手で。部下たちの方が女性的な魅力があるのは承知しているのだが」
「いえ、そのようなことは――。レイリアさんも素敵だと思いますが」
「はは、アラン殿は世辞も上手い。紳士的なところも良いな」
「世辞を言えるような器用な人間ではありませんよ。話していればレイリアさんの魅力も伝わってきますし」
特に先ほどの言葉は本当に嬉しかったのだ。彼女に注がれた酒をゆっくりと味わいつつ、アランは目を細めて告げる。
「レイリアさんと働ける皆さんが羨ましいと心から思いますよ」
「ふふ、本当か? なら、アラン殿も私の下で働きたいと思ってくれるのか?」
「レイリアさんの下で、ですか?」
「ああ、私の部下になれば軍属だから給料や待遇も保障されるぞ。その分、仕事は多いから大変だと思うがね」
冗談めかした口調にアランは思わず笑ってしまう。
(そうだな。レイリアさんの治療は大変だろうな――)
今日の処置はあくまで肩だけだったが、見たところ全身も凝り固まっていそうだ。その全身処置となれば、まさにやり応えのある仕事になるだろう。
だが、同時にやってみたい、という気持ちにもさせられる。
だから、酒の勢いもあり、アランは笑いながら答えてしまった。
「――そうですね。ぜひとも働いてみたいです」
その言葉にレイリアの瞳がほんの少しだけ細められた。おや、と思う間もなく、彼女は嬉しそうに笑うと、酒瓶を手に取って差し出してくる。
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるな。それに応えねば」
「はは、もうお酒はいいですよ。それよりレイリアさんもどうぞ」
アランとレイリアは交互に酒を注ぎ、笑い声を響かせる。その声に惹かれたのか、レイリアの部下たちが振り返る。
「隊長、何話しているんですかー?」
「アラン先生も楽しそうですね。あ、お隣失礼しますね」
「ふふ、アラン殿と愉快な話をな。お前たちも酒を飲むといい。今日は私の奢りだぞ」
「やったぁ、いただきまーす!」
そう告げたレイリアは終始上機嫌で酒をぐいぐいと飲んでいた。それに釣られてアランも笑顔になりながら盃を重ねていく。
その笑い声は夜が更けるまで響き渡っていた。
そしてその翌朝――。
「世話になったな。アラン殿、エーミール殿」
村の入口では馬に跨ったレイリアたちの姿があった。真夜中まで酒をぐいぐい飲んでいたにも関わらず、清々しい顔つきで騎乗している。
一方でエーミールは酒が過ぎたのか、顔色が良くなく、頭を痛そうにしている。それに苦笑しながら、アランは彼女たちに視線を移して微笑みかける。
「あくまで処置は一時的なものです。きちんと日々ストレッチをして、負担を軽減するようにしてくださいね」
「分かっていまーす」
「でも困ったら、またアラン先生に相談しますねー」
レイリアの部下たちが明るい声を返すので、思わずアランは苦笑してしまう。
(またこの村にはるばる来るつもりなのかな?)
彼女たちが詰めているオーロック城砦はここから三日かかるらしい。そう頻繁に来られるものではないだろう。
そう思っていると、ふとレイリアがアランを見て表情を和らげる。
「アラン殿、落ち着いたら手紙を差し上げる。良ければ、応えてくれると嬉しい」
「――? はい、必ず」
少し言い回しに違和感を覚えながらも頷くと、レイリアは嬉しそうに表情を緩めた。
「では、束の間の別れだ。また会おう――!」
そう言ってレイリアは馬腹を蹴って駆け出す。彼女の部下もひらひらと手を振ったり、挨拶を口にして馬を駆けさせた。瞬く間に遠ざかっていく背を見送りながら、はて、と軽く首を傾げる。
(束の間の別れ――? また会おう――?)
意味を掴みかねた言葉の数々。それに思考を巡らせていると、隣に立つエーミールが一つ背伸びをして告げる。
「では仕事に行きますぞ。アラン先生――患者が少ないと良いですが」
「あはは、後で二日酔いに利く薬湯を煎じますね」
エーミールに笑いかけながら踵を返す。思考はもう今日の診療について切り替わっている。すぐにレイリアの告げた言葉は頭の片隅に追いやられていて。
その真意を理解したのは一週間後のこと――。
アランの元に届いた手紙にはこう記されていた。
『アラン・クラシック殿を軍癒として招致する』――と。




