第3話
それからレイリアは五人の女兵士を連れてきた。
腕や肩、肘に痛みがあるとして、実際に見てみると負傷の痕跡が確認できた。五人とも症状は難しくなく、鍼を打つだけですぐに効果が表れた。
五人とも少し鍼に警戒心を抱いていたが、処置の後は不思議そうな顔をした後に、身体が軽くなったことを嬉しそうにしていた。
それをレイリアは真剣な眼差しで見つめ続けていた。
「まさかここまでとは思わなかった。アラン殿」
夜。村にある宿屋兼酒場でアランはレイリアたちと共に夕食を囲んでいた。
彼女が連れてきた女兵士たちやエーミールも別の席で食事をしており、村人たちも交えて和気藹々と笑い声を響かせている。
それを眺めながらレイリアはしみじみと言葉を続ける。
「正直、ダメ元だったのだ。軍癒――つまり、軍の治癒士でも痛みを和らげるのがやっとでな。そんな矢先に任務の途中で、アラン殿の話を聞いたのだ」
「へぇ、誰からでしょうか」
「南の村の治癒士だな。腰や肩を治すのが得意な治癒士だと勧められて」
(――そんな評判になっていたのか?)
思わず首を傾げてしまう。この村にいてアランは長いものの、治療しているのは基本的にこの村の人ぐらいなのだが。
「ちなみに、アラン殿はどこで癒しの技術を学ばれたのだ?」
レイリアの質問で意識を引き戻す。彼女は瓶を差し出し、盃に酒を注いでくれる。それに軽く拝みながら答える。
「自分を引き取ってくれた師匠です。流浪の治癒士をやっていて、それに随行しながら技術を学ばせていただいた次第です」
「ふむ――となると、お師匠様も妖鍼術の名手であられるのかな?」
「いえ、これに関しては自分の独学です」
アランの言葉にレイリアは切れ長の瞳を見開いた。その瞳を見つめ返しながら、アランは小さく笑って言葉を続ける。
「幼い頃、死にかけていたとき、妖鍼術で命を救ってくれた人がいるんです」
レイリアが詳しく聞きたそうな顔をしているので、アランは続けて語る。
村が魔獣に襲われ、アランたちも死にかけたこと。そのとき、助けてくれた人に憧れて治癒士を目指したこと。魔力も体力も少ないアランが壁にぶち当たったこと。
そんなときに見出したのが、妖鍼術だったこと。
「妖鍼術は鍼を併用することで、魔力をあまり使わずに済みます。自分とは非常に相性が良く感じ、自身で学び続けてきました」
「そうだったのか。いや、確かに素晴らしい術だった。今まで治癒魔術をかけても、治らなかったものがこうも容易く」
「逆に鍼は傷を塞いだり、病を癒すのは不得意です。適材適所、という感じでしょうか」
「なるほど、状況に応じて武器を使い分けるようなものか」
レイリアは納得したように頷き、酒を飲み干す。アランは瓶を取ると、彼女の盃に並々と酒を注ぎ足した。彼女は軽く頭を下げて、酒を口に運んだ。
それから小さく吐息をこぼし、満足げに目を細める。
「久々の美味い酒だ。部下も明るくなったし、傷も癒えた。この酒が美味く感じられるのも、アラン殿のおかげだな」
「処置したとはいえ、あまり無理はされないでくださいよ。一通り、診させていただきましたが、皆さん、結構身体を酷使されているようなので」
「そうだな。気をつけるようにはするが、軍務なのでな。特に私たちは魔獣討伐などで戦い、負傷することも多い」
レイリアは盃を口に運びながら苦笑を滲ませる。アランも酒を口にしながらふと思い出す。
(――確かにレイリアさんも、他の人たちも傷跡があったな)
処置の間、肩や脚など素肌を見せてもらったが、傷跡はかなりあった。
軍にいる治癒士はかなりいい腕なのだろう。傷跡は目立たなかったものの、見る人が見れば分かってしまう。彼女たちは軍人として立派に戦っているのだ。
(しかし、女性か……)
レイリアはもちろん、彼女の部下たちも全員女性だ。その事実に少し首を傾げていると、ふとレイリアは小さく笑って告げる。
「珍しいだろう? 女性だけ、というのも」
「……正直言うと、少し驚いています」
「なら、第七特務大隊に来たらもっと驚くだろうな。実は大隊のほとんどが女性で構成されているんだ」
「――本当ですか」
思わず目を見開けば、ああ、とレイリアは目を細めて頷いた。
「魔王戦役は、知っているだろう?」
「ええ、当然ですが」
今から二十年近く前、大陸の北方に位置する魔王国は侵略行為を開始。
一致団結して攻め来る魔族に対し、大陸南部の諸国は足並みが揃わず、瞬く間に侵攻されてしまう。魔獣も多く放たれ、アランの村も被害を受けることになった。
その後、人類を筆頭とした連合軍が結成されると、そこに所属する凄腕の戦士――後に英雄と呼ばれる者たちが奮戦。じりじりと戦線を押し戻し、最終的に彼らは魔王を討ち取ることに成功する。
だが――その爪痕は、あまりにも大きかった。
「度重なる徴兵や魔獣による被害で、クローデット王国では兵力はもちろん、労働力を欠くことになった。そんな状況では女性の進む道は限られてくる。小作人になるか、あるいは――」
言葉を濁すレイリア。アランは何も言わずに、分かっています、とばかりに頷いて続きを促した。
レイリアは一つ頷きながら言葉を続ける。
「そんな女性たちのために創設されたのが、第七特務大隊だ。赴任地は辺境で、軍務も過酷――だが、自由はある。給与も待遇も悪くない。何より治癒士がいる」
「なるほど。そういう経緯があったのですね。だから、彼女たちは戦う、と」
「主に魔獣相手だな。魔王軍が放った魔獣がまだ棲息している」
確かにこの村でも一年に二度か三度、魔獣の被害が出る。二年前は大型の魔獣に隣村が襲撃され、この村でも厳戒態勢が取られたことがあった。
レイリアは盃を口に運んで唇を湿らせてから微笑む。
「正直、我々は魔獣相手だとそこそこに戦えるのだぞ? かの英雄たちや魔王軍に戦った部隊には劣るだろうが、少なくとも討伐は成功し続けている」
ただ、と彼女は視線を伏せさせながら言葉を続ける。
「兵が増えるにつれて、治癒士の負担は多くなっている。今、大隊にいる治癒士は実は一人だけだ。対して兵数は三百人――」
「……そんなに」
負担は想像を絶するだろう。それに、その状況で仮に治癒士が倒れれば、治療体制は機能不全に陥ってしまう。アランは言葉を失っていると、ふとレイリアが真っ直ぐに彼の瞳を見つめていることに気づいた。
「惜しいな。アラン殿のような治癒士が、こんな片田舎に埋もれているのは」




