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女性部隊の専属治癒士-田舎から引き抜かれた若き治癒士は女軍人たちの身体を癒す―  作者: アレセイア
第一章

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第2話

「失礼する――こちらにアラン・クラシック殿はおられるか」


 聞き慣れない声が診療所に響いたのは、昼下がりのことだった。

 患者が一通りいなくなり、エーミールとお茶をしていたときのことだった。アランとエーミールは顔を見合わせたが、すぐに立ち上がって声を掛ける。


「はい、いますが――」


 待合室に出る。診療所の玄関口に立っていたのは、軍服姿の女性だった。

 彼女は一本に結った長い金髪を揺らしながら前に進み出た。切れ長の瞳を細めながら、軽く首を傾げる。


「貴方が、アラン殿?」

「ええ、そうですが――貴方は?」

「レイリア・ウェイカー。ここから北に位置するオーロック城砦で、第七特務大隊を率いている者だ。お会いするのは初めてだな」


 微笑みと共に手を差し伸べてくる。握手に応じると、思いのほか、固い掌がアランの手をしっかり握った――鍬や鋤とは違う、剣を遣う者の手だ。


「はてさて、軍人さんが何の御用でこの診療所に?」


 アランの後ろからエーミールが顔を見せ、眉を寄せながら訊ねる。レイリアは自分の右肩を手で押さえながら、小さく苦笑してみせた。


「実は肩を痛めていてな。この村に腕の良い治癒士がいると聞き、任務の途中で立ち寄ったのだ。もしよければ、診ていただけるだろうか」

「それはもちろんです。誰であれ、治療はします」


 アランはすぐに答え、エーミールを振り返る。彼も目を細めて頷くと、処置室の扉を開けながらレイリアを見る。


「こちらへどうぞ。レイリアさん」

「失礼する――ところで、貴方は?」

「ここの所長のエーミールと申します」

「そうだったか。それは失礼した」


 レイリアは頭を下げながら処置室に入る。軍人らしく威厳を感じるが、その所作の一つ一つは丁寧で礼儀正しい。

 また笑顔もどこか親しみを感じさせる、優しい印象だ。


(軍人は偉そうな人が多いが、この人は違いそうだな――)


 アランも処置室に入ると、彼女に椅子を勧めながら訊ねる。


「それで――症状ですが、右肩の痛みと聞きましたが」

「ああ、動かすと疼くように痛んでな」

「それはいつから?」

「半年前。訓練の際に落馬したのがきっかけだ」

「なるほど――少し触れさせていただいても?」

「無論だ。好きに触ってくれ」


 堂々と告げたレイリアに上着を脱いでもらい、シャツの上から肩に触れる――掌で触れるだけで、血の巡りが悪いのが分かってくる。

 それに大分凝っている。腕を取って回させると、可動域が著しく狭い。

 少し力を込めて腕を上に持ち上げさせると、うっ、と彼女は顔を顰めた。


「――腕も上がらないようですね」

「恥ずかしながらな。剣を振るときもなかなかつらいものだ」

「さぞお辛いと思います――失礼します」


 改めて右肩に触れ、掌を当てて魔術を行使する。治癒魔術ではなく、魔力の波長を当てて血の巡りを良くさせながら、指先で肩の強張りを解していく。

 それだけで彼女は心地よさそうに低い声をこぼした。


「お、おお……これは、心地いいな……温かいものが流れるようだ」

「血の滞りを解しているので。ただ、なかなか凝っているので、すぐには治せませんね。鍼を使わなければ――」

「鍼、だと?」

「ええ――エーミール先生」


 エーミールに声を掛けると、彼は机から木箱を持ってきてくれる。それを受け取り、アランは蓋を開けて中に収まっているものを見せる。


「確かに鍼、だな。これをどう使うのだ?」

「患部に打ちます」


 端的に答えれば、レイリアはそれを想像したのか、わずかに表情を引きつらせた。


「い、痛くないのか?」

「少しは痛みます。ちくり、と。ただ、体内に入った鍼を起点に、魔力を効果的に流し込むことができます。外側でなく、内側から治す――といった印象でしょうか」

「……そんな術があるのだな」

「妖鍼術、といいます。無論、無理にオススメはしませんが」


 ただ、ここまで血が滞ってしまうと、指圧や治癒魔術だけでは難しい。言葉の雰囲気からそれを感じたのだろう、よし、とレイリアは表情を引き締める。


「分かった。ならば、鍼を試してもらおうか」

「――かしこまりました。では、肩を出してもらってもいいですか?」

「うむ、失礼する」


 彼女はタイを緩め、シャツのボタンをいくつか外す。白い肌が垣間見えるが、彼女は恥じらわずに腕を袖から引き抜き、堂々と右肩を剥き出しにした。


(さすが、軍人さんというべきかな)


 肩は見事に筋肉がついていて、その白い肌にはうっすらと残る傷跡が見える。

 アランはそこに掌で触れ、位置を確かめると、鍼を取り出して魔術で消毒。それから迷いなく、鍼を二本、軽く打ち込んだ。

 それから鍼の頭を掴み、魔力を流し込んでほぐしていく。

 その感覚にレイリアは少し驚いたように目を丸くしていたが、やがて身を委ねるように脱力し、低い声を上げる。


「ん、ぁああ……なんだか、熱いものが流れて……」

「凝り固まった部分を魔力で癒しています。もう少しお待ちください」


 手応えがなくなるまで、しっかりと魔力を流し込んでいく。手応えが変わるのを感じてから、アランはゆっくりと鍼を抜いた。


「もう大丈夫です。動かしてみてください」

「う、うむ――」


 彼女はぐるりと肩を回す。その動きは先ほどと比べるとぎこちなさが抜けていた。腕を彼女は上下に動かし、信じられないとばかりに目を見開いた。


「これは一体――どんな魔術を使ったのだ?」

「血が滞っていた部分を鍼で突き崩し、その上で治癒魔術を行使しました」


 凝っている部分は治癒魔術では治すことができない。だから一度、鍼を打ち、そこに魔力波を流し込んで凝りを突き崩したのだ。

 その上で治癒魔術を加えて、正しい血の流れに戻していった。


「鍼の場合、正常な部分を破壊せず、狙った場所に打ち込み、魔力を流し込むことができます。なのでこういった筋肉の強張り、ダメージの蓄積の緩和にはもってこいです――もう少し処置を続けますね」

「う、うむ――」


 アランはレイリアの腕を取り、ぐるりと回させていく。可動域が狭かった肩はすでに上がるようになっている。それをさらに馴染ませるように腕を回転。

 その動きを繰り返しながら、まだ動きづらい部分を探り出し、肩を指圧する。


「レイリアさん、腕の下――脇の辺りも触れて構いませんか」

「あ、ああ、好きに触って構わないが――」

「では、失礼して」


 腕を持ち上げ、脇の辺り――肩甲骨に繋がる筋肉を指圧する。そこも固く強張ってしまっているのを感じる。レイリアが吐息をこぼすのを聞きながら、丹念に揉み解してからまた右肩を回した。

 そしてまた動きづらい部分を探しては、そこを改善する場所を揉み解す。

 しばらく処置を続けてから肩を回せば、動きは格段と滑らかになっていった。


「――さて、こんなものでいかがでしょうか」


 処置を終え、ぽん、と肩に手を置いて告げる。レイリアは頷くと、恐る恐る自分の肩を回した。ゆっくり、次第にぐるぐると腕を回すと、その表情が明るくなっていく。


「お、おお――痛みがない……! しかも腕が軽い……!」


 彼女は立ち上がると、その場で軽く構えを取った。見えない剣を掴むように虚空を掴むと、その場で素振りをしてみせる。

 無駄のない武人の動き。それに見惚れていると、レイリアはアランを振り返って弾けんばかりの笑みを見せ、腕を広げた。


「アラン殿! なんて素晴らしいんだ!」


 その言葉が聞こえた瞬間、身体がぐっと抱き寄せられていた。柔らかく温かい感触に思わず目を見開く。鼻先に髪が掠め、甘酸っぱい香りが漂う。

 それに戸惑っていると、レイリアは背に回した手で力強く背を叩いた。


「ここまで痛みがなく、肩が軽いのは初めてだよ、アラン殿――」

「そ、それは良かったです。ただ、レイリア殿、身体を離していただけると」


 半分、服をはだけた女性に抱き着かれて平静を保てるほど、アランは人間ができていない。彼は絞り出すように告げると、彼女は慌てて距離を取り、照れ笑いを見せた。


「す、すまない――あまりにも嬉しくてな」

「はは……そこまで喜んでいただけるなら、治癒士冥利につきます」

「本当に嬉しいんだ。剣を振るのはもちろん、日々の暮らしでも肩が痛んでいたから。それがこうもいとも容易く――」


 彼女は服を直しながら不思議そうに肩に触れる。それを見つめながらアランは穏やかに告げる。


「ただ、完治したわけではありませんのでご注意を。それに右肩以外の部分も少し注意しなければなりません」

「右肩以外も、か?」

「ええ、痛みがあると自然とその部分を庇って動くようになります。例えば左腕に負担が集中したり、左右のバランスが崩れたり。もちろん、右肩が再び血が滞ることもあります。予後は気をつけてご対応ください」


 アランの言葉にレイリアは真剣な表情で耳を傾け、頷いた。それから少し考え込んでいたが、やがて視線を上げて慎重な口調で訊ねる。


「――実は同じような症例の部下も、この村に来ている。その子たちも診てもらうことは可能だろうか?」

「もちろんです。ぜひ、呼んできてください」


 アランが即答すると、レイリアは安堵したように微笑みを見せた。

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