第27話
口にした言葉に、ぴたりとヘレナの手が一瞬止まった。
その一瞬が長く感じられ――瞬間、弾かれたようにヘレナが顔を上げた。その瞳が爛々と輝き、大きく頷いた。
「でかした、アラン。それを試すしかない」
「――っ、できそうかっ」
「むしろ、それしかレイリアを助ける手段がない」
「なら、僕の皮膚を――」
手近にあるのは自分しかない。アランは服を脱ごうとするが、ヘレナは首を振って制する。それから外に視線を向けると、彼女は鋭い声を上げた。
「リーゼロッテ! いるっ?」
「ここにっ!」
部屋の扉を開き、リーゼロッテが中に入ってくる。緊張した面持ちの彼女にヘレナは頷いて言葉を続ける。
「貴方の皮膚を使わせて欲しい。レイリアに移植する」
「――っ」
その言葉に息を呑むリーゼロッテ。その彼女にヘレナは早口に説明する。
「リーゼロッテは、レイリアの分家筋の人間で、特に血が似通っている。なら、皮膚も移植できる――やるのは初めてだけど、手順は知っている」
その言葉にアランは目を見開きながらも、確かに、と納得する。
他人の血や皮膚を移植すると、拒否反応が起きることがある。だが、それを血が近しい相手ならば、それを抑えることができる。
それにヘレナの魔術の腕があれば、成功確率を上げられる。
リーゼロッテも戸惑っていたが、ヘレナの揺るがない瞳を見ると、すぐに覚悟を決めたように頷いた。
「分かりました。私の皮膚が役立つなら」
「なら、隣の更衣室で服を脱いできて。急いで」
「了解――!」
「ヘレナ、造血剤とポーションを追加する」
「ん、バランスは気をつけて」
「もちろん――」
一刻の猶予も争う処置。それを二人で協力してこなしていく。動揺も心痛も押し殺し、ひたすらにレイリアを助けるために全力を尽くす。目指すのは移植の準備――壊死した皮膚を除去し続け、無事な部分を露出させていく。
その中で扉が開き、リーゼロッテが戻って来た。
その身体に何を着ていないが、目を奪われている暇もない。ヘレナはすぐに手を止めながら鋭く告げる。
「アラン、代わって。治癒魔術はいい、無菌状態の維持と体液の調整に専念してくれればいい。リーゼロッテはこっち。貴方の背中の皮膚を取る」
「了解しました。容赦なくやってください」
「もちろん。痛覚を麻痺させる時間も惜しいから、直接執刀する。痛むよ」
「どうぞ――っ!」
アランがヘレナと場所を入れ替わり、処置を行い始める。その後ろからリーゼロッテの痛みを押し殺すような声が聞こえる。
それを頭から追い出すように、アランは処置に専念する。
(一番怖いのが、ショック症状の進行――)
すでに手足は徐々に体温を失いつつある。これが進行すれば、血液の循環が追いつかず、呼吸状態が悪化し、心停止に陥る可能性があるのだ。
熱傷ではこのショック症状で死亡する事例がかなり多いらしい。
(とにかく、それを防ぐためにも造血を促進しつつ、雑菌に侵入を防がないと)
アランは神経を研ぎ澄ませ、魔術の維持を務める。
ヘレナから教わった治癒魔術の全てを注ぎ込み、レイリアの生命活動を維持し続ける。その中でヘレナが弾かれたように声を上げる。
「皮膚を取り終えた! 移植する!」
「了解――!」
場所を代わると、ヘレナは念動力で浮かせた皮膚を慎重に運び、レイリアの傷口に覆い被せる。それから彼女は治癒魔術を掌で放ちながら告げる。
「アラン、鍼で皮膚をレイリアに固定。あとは私のサポート」
「ああ、了解!」
「リーゼロッテは悪いけど、自分で包帯を巻いて。そっちは後で診るから」
「分かっています。どうか、レイリア様を――!」
リーゼロッテの震える声が響き渡る。言われなくても、アランとヘレナは必死に処置を始めていた。ヘレナが魔術を放つと、リーゼロッテの皮膚がレイリアの身体に癒着していく。身体と肌、持ち主が異なる物が馴染むよう、治癒魔術で絶妙に調整しているのだ。
その定着した部分をアランが治癒魔術を掛ける。壊死した皮膚があった場所をリーゼロッテの皮膚が補い、治癒魔術を受けて急速に肌の回復が進んでいく。
(良かった、想像以上にリーゼロッテの肌と相性がいい――これなら……っ)
アランが吐息をつきかけた瞬間、不意にレイリアの身体が強張った。彼女の全身から感じられていた魔力の流れが急速に引いていく。
「――っ、急性魔力欠乏症……っ!」
「っ、こんなときに……っ! アラン、離れて!」
恐らく皮膚が再生したことで体内魔力の消費量が急速に増え、バランスが崩れたのだ。このままだと、体内魔力が体内に行き届かなくなってしまう。
ヘレナの判断は素早かった。両の掌に魔力を溜め込むと、レイリアの胸と腹部に手を当てて押し込む。
(魔力波マッサージ……っ!)
全身に魔力波を叩き込む緊急時の処置。場合によっては激しい魔力波で身体を傷つけてしまう可能性があるが、四の五の言う暇はない。
激しい衝撃音と共に、レイリアの身体が跳ねる。さらにもう一度、魔力波。
だが、その甲斐なくレイリアの魔力の流れが退いていく。いや、それどころか――。
「――っ、ヘレナ、心停止だっ!」
「……っ、アラン、人工呼吸!」
ヘレナが両手をレイリアの胸に移し、体重を込めて胸部を圧迫しながら魔力を叩き込み続ける――心臓マッサージと魔力波マッサージを同時に行っている。
素早くアランもレイリアの頭の方に回り込む。その顎に手を当て、気道を確保。ヘレナが手を止めた瞬間にその唇に口を当て、息を体内に吹き込んだ。
胸が膨らむのが目視で確認できる。二度息を吹き込んだところで、再びヘレナがマッサージに戻る。力強く胸部を押し込み、心臓に衝撃を与えていく。
「頑張れ……! レイリアさん、頑張ってください……っ!」
(心停止したら、魔力が体内に行き渡らなくなる――!)
それどころか、身体が欲する空気も行き渡らなくなってしまうのだ。そうなればいくら機能回復したところで、死んでしまうのは自明。
アランは必死に声を掛けながら再び人工呼吸を繰り返す。
「レイリアさん、生きて! 生きることを考えるんだ!」
「レイリア、死んだら、殺す……っ! 私を連れてきた、責任を、取りなさい……っ!」
「隊長……! レイリア様……っ! しっかりしてください! ばかっ!」
アランだけでなく、ヘレナもリーゼロッテも必死に声を張り上げ、こちら側にレイリアを引き戻そうとする。
いや、彼女たちだけではない――部屋の外からも声が聞こえている。
「隊長! 隊長!」「レイリア様!」「ふざけんじゃないわよ、レイリア!」
「聞こえますか、レイリアさん――みんな、呼んでいますよ……っ!」
アランは声を掛けながら再び息を吹き込む。ヘレナは汗だくになって心臓マッサージを続ける。だが、小柄な彼女はぐらりと体勢を崩していた。
このままだと保たない――。
(それなら、一か八か――)
アランは処置台から一本の鍼を掴んだ。普段よりも太く長く――そして、紫紺の色合いを帯びている鍼。それを見た瞬間、師匠の言葉が脳裏に過ぎる。
『もうどうしようもない――これは、そういうときの最後の手段』
『この鍼は特殊な作り方をしている。魔力の衝撃を体内に広く伝えるようにね』
『これを心臓部に打ち込み、魔力を流しなさい』
「ヘレナ、これで直接魔力を流し込む!」
アランは鍼を構えながら告げると、ヘレナは呼吸を荒げながらも頷き、場所を空けた。レイリアの胸に手を当てる。胸骨の指二本上――。
心臓の位置を確かめると、アランは深呼吸を一つ挟み。
「戻って、来い――っ!」
鋭く鍼をそこに打ち込んだ。
間髪入れず、魔力を流し込む。瞬間、レイリアの身体がびくんと大きく跳ねた。思わず目を見開くと、ヘレナは素早く脈を取り、呼吸を確かめる。
アランもまた彼女の口元に耳を近づけ、音を聞く。
微かな呼吸音。それは次第に感じられるほど大きくなる。
(――戻ってきた)
レイリアの、命が。
アランとヘレナは思わず顔を見合わせた。汗だくのヘレナの表情が泣き出しそうに歪み、笑みを見せている――それから拳を軽くアランにぶつけた。
「――よくやった。アラン」
「脈が、戻ったな」
「ん――でも、まだ油断はできない」
ヘレナは近くにあるタオルで汗を拭い、表情を引き締める。その視線は治療途中の熱傷に向けられていた。半分以上はリーゼロッテの皮膚で覆われているが、完全ではない。
「処置を続ける――ここまでさせたんだから、絶対レイリアに文句を言ってやる」
「間違いない。続けようか」
二人は頷き合うと、治療を続行し続ける――まだ山場を抜けたわけではなかった。




