第26話
「急患だ、通してくれ!」
にわかに城砦内が騒がしくなったと同時に、医務棟の扉を蹴破る勢いで、兵士たちが転がり込んできた。
アランとヘレナが弾かれたように腰を上げると、診察室に血まみれの兵士が担ぎ込まれた。途端に香る血と肉が焼け焦げた嫌な臭い。
その姿にアランは思わず息を呑んだ。
「レイリアさん……っ!」
「あ、ああ……アラン、殿」
掠れた声を出したレイリアは顔面が蒼白だった。腹部には引き裂かれ、夥しい血が流れ出している。また衣服も焦げ臭い匂いを漂わせている。
明らかに危険な状況――命すら危ういと判断できる。
だが、そんな中でもレイリアは弱々しく笑みを見せた。
「すま、ない……こんな、姿で……」
「喋らないで。レイリア。体力が惜しい」
ぴしゃりとヘレナは鋭く言い放つと、周りの兵士に指示を出した。
「このまま、ここで診る。揺らさないようにベッドに下ろして。アラン、鋏。あとは脇腹の傷口の止血――出血もバカにできない」
「……っ、了解――!」
その明快な指示は、動揺しているアランにありがたかった。一瞬で思考を切り替えると、アランは鋏を取り出してヘレナに渡す。
ヘレナはその鋏で容赦なく彼女の軍服を切り始めていた。
その理由はもう臭いで分かり切っている――服を引っぺがした瞬間、見守っていた兵士たちが声を詰まらせた。
(重度の熱傷――!)
肌が赤黒くただれ、水ぶくれが不規則に浮かんでいる。一番ひどいところは炭化している部分すらある。あまりにも痛々しい姿にヘレナは舌打ちすると、レイリアは苦笑をこぼした。
「――竜の息吹。やはり完全に防げなかったのか……」
「その状態で戦っていたんですか、隊長……っ!」
声を荒げる兵士にアランは手を挙げ、それを制しながら告げる。
「みんな、部屋から出てくれ。火傷は雑菌が入ると非常にまずい」
熱傷で致命的になるのは、雑菌の侵入だ。普段、雑菌から守ってくれる皮膚が火傷によって壊死しているからだ。消毒魔術があるものの、過信し過ぎない方がいい。
いつになく真剣な口調のアランに、兵士たちは気圧されたように部屋を後にする。
ヘレナは掌をかざして魔術を行使。途端に冷気が迸り、同時に洗浄が施されていく。それに身を震わせながら、レイリアは力なく言葉をこぼす。
「我ながら、無理をしたものだ……ただ、皆を守りたくて、だな……」
「喋らないでください。レイリアさん」
ぴしゃりとアランは言いながら、腹部の止血に取り掛かる。何か鋭いものに引き裂かれたのか、ごっそりと肉を持っていかれている。
だが、臓器までに損傷はない。治癒魔術で回復させればいい。
問題は、そこまで彼女の体力や気力が保つか。
だからこそ、アランははっきりとした言葉で語り掛ける。
「まず申し上げますが、貴方を絶対に死なせはしません。治癒士の誇りに賭けて、それは必ずです。その後、絶対にお説教します」
「ふ、ふ……手厳しい……」
「絶対にお説教します。でもその後は約束のお時間です。覚えていますよね?」
「ご、ほうび――」
「そう、ご褒美。お説教までちゃんと耐えてください。じゃないと、生きて帰ることになりませんからね」
鍼を取り出し、傷口の周辺に打ち込んでいく。その鍼から微弱な雷撃魔術を流し込む――簡易的にその周辺を麻痺させ、局所麻酔の代わりにする。
それからアランは彼女の口の中に綿を詰め込む。その綿にはすでに薬剤を染み込ませている。これなら誤飲の恐れがなく、経口で薬を体内に送り込むことができる。
それでレイリアは何も言えなくなるが、目を細めて微かに頷いた。
ほんのわずかだが、レイリアの瞳に光が戻り始めていた。
それに安堵しながら、アランは治療を続けて脇腹の止血を完了させる。肉を再生するのはさすがにまだ無理だが、ひとまずはここの手当ては問題ないだろう。
(他にも骨が折れていたり満身創痍だけど、一番ひどいのは――)
ヘレナに視線を向ける。彼女は額に汗を滲ませながら、手を素早く動かしている。壊死した皮膚の切除と、皮膚の再生――それを同時にこなしている。
また菌が入り込まないように、簡易的な結界も行使し、滅菌状態を維持。
同じ治癒士から見ても感嘆してしまうほどの手腕。
ただ、圧倒的に熱傷の範囲が広く、彼女は苦戦しているのがよく分かる。
「アラン、造血剤を彼女の口に。循環する体液量が減少してきている」
「――っ、了解……っ」
見れば彼女の手足の肌が透き通るように白くなってきている。身体の中を循環する血液が減っているのだ。腹部の出血も原因の一つだろう。
アランは棚から造血剤の瓶を取り出すと、レイリアの口の綿に流し込んだ。
それから彼女の上体を少し起こさせ、胸に手を当てて魔力を込める。造血剤は魔力に反応し、急速に体内で血を生成する。
「血が急に増えると体内の魔力バランスが崩れる。だから――」
「急性魔力欠乏症に注意、だな」
「分かっているならいい。手が空いたら熱傷の処置を手伝って」
「了解」
造血剤の反応が出始めたのを見て、レイリアの身体をまたベッドに寝かし、熱傷の処置の方に移る。だが、治癒魔術を行使する手はすぐに止まってしまった。
(こ、れは――)
治癒魔術が浸透していかない。動揺しかけて、その理由にすぐ思い至る。脳裏に過ぎるのは、少し前、ヘレナから教わったことだ。
『重度の熱傷が大規模だと、治癒魔術が効かなくなる』
『壊死した部分に治癒魔術を掛けても治らない、ってことか』
「……っ、ヘレナ、この場合は……っ」
「健全な部位をどうにか探して。そこに治癒魔術を叩き込むの」
ヘレナは早口で告げながら手を動かし続ける。その手つきは淀みなく、壊死した皮膚が切除されており、片隅には黒ずんだ山が出来上がっている。
アランは言われて作業に取り掛かりながら、視線をヘレナに向けた。
「分かった――けど、この面積を治癒魔術でか?」
重度の熱傷は広範に及んでいて、無事な部分を見つける方が難しい。
それであれば、以前、彼女が言っていた手段の方が現実味がある。
「皮膚移植の方を検討した方が――」
「どこから皮膚を取るつもりなの」
ヘレナが言葉を遮るように告げた。思わずアランが口を噤むと、語気を強めてヘレナは続ける。
「教えて。どこの部位から? 無事な部分の方が少ないのに?」
「――っ」
その言葉に己の頭を殴りつけたくなった。
レイリアの身体は全身、熱傷だらけだ。無論、一部は炎熱を防げたのか健全な場所がある。だが、大きな面積を確保できる部分は漏れなく炎症が及んでいる。
そこから皮膚を移植すること自体、無謀だ。
だからこそ、ヘレナは次善の策で地道な再生をしているのだろう。
(だが、それも――)
レイリアの身体に手をかざす。次第に呼吸も、脈も浅くなっている。
どうにかして皮膚を戻さない限り、このままだと命の方が保たない。アランは必死に施術を続けながら、思考を巡らせる。
(どこかに健全な肌はないのか、健全な肌、健全な肌――)
アランはレイリアの身体に視線を走らせる。火傷ばかりの痛々しい肌。それを必死に回復させようと、ヘレナの白く繊細な手が忙しなく動いていて――。
その手に、思わず目が奪われた。悪魔的な閃きが、降りてくる。
できるだろうか。いや――。
「――ヘレナ」
「なに?」
ヘレナなら、あるいは。
「他人から、皮膚を移植できないか」




