第25話
レイリア視点
「は――っ!」
魔竜の真下から閃光が迸る。瞬間、地面から次々と光の鎖が飛び出した。
咄嗟に魔竜は翼をはためかせて上空に逃れようとする。だが、光の鎖はすでに魔竜の後ろ脚を捉えていた。中空で体勢を崩した魔竜――その真横の木から人影が飛び出した。
「てああああああああああああああ!」
彼女――ミカエラが担いだ大剣を一閃させる。血飛沫が宙を舞い、魔竜が苦悶の叫び声を上げながら地面に落ちる。そこを光の鎖がさらに雁字搦めにした。
それと同時に、周りの木々が次々と倒れ、魔竜の上に次々と倒れ掛かっていく。
「上手く罠にかかりましたね。隊長」
レイリアが足を止めると、傍に七人衆の一人が現れ、息を弾ませながら言う。
彼女は魔術に長けており、足止め用の罠を仕掛けてくれたのだ。起動には三人分の魔術が必要だったが、間に合わせてくれたようだ。
(普段の魔獣駆除のときから世話になっているからな)
その実力を遺憾なく発揮してくれた。レイリアは微笑みながらも注意を促す。
「油断するな。ポーションを飲んで回復してくれ」
「もちろんです」
ポーションを飲む彼女を庇うように前に進み出て、レイリアは木に埋もれた魔竜を見据える。魔竜は振りほどこうともがくが、そこに数人の人影が駆ける。
ミカエラを始めとした、攻撃が得意な兵たちだ。各々が得意な武器を魔竜に叩きつけては、魔竜が反応する前に離脱――代わる代わる攻撃を繰り返している。
レイリアも剣を抜くとそれに加わり、魔竜の背に剣を突き立てた。
「オオオオオオオオオオオオ!」
魔竜は悲鳴を上げ、暴れ回る――だが、すでにレイリアはその背から飛び降り、ついでに横腹に刃を叩きつける。魔竜の鱗が砕きながら、彼女は距離を取った。
(あまり優雅な戦い方ではないが――)
動きが取れない魔竜に対して、集団で攻め掛かり続けているのだ。英雄譚に書けるような戦い方ではない――だが、これでいい。
レイリアたちに見栄や面子は関係ない。大事なのは人命だ。
優雅な戦いなど、英雄たちに任せておけばいい。
(私たちは私たちなりに戦えばいい――)
轟音と共に木が弾け飛ぶ。自由になった尻尾が振り回された瞬間、レイリアはその場から離脱して距離を取る。その一方で矢を放った女兵士が鋭く声を上げた。
「隊長、見えました――逆鱗ですっ!」
「っ、でかした……っ! どこだ!」
「尻尾の付け根です!」
レイリアは駆けながら目を眇める。見てみれば、魔竜の尻尾の付け根――砕けた鱗の下から、明らかに色合いが違う鱗が姿を見せている。
魔竜の弱点――逆鱗。そこは神経が集中している部分だ。
そこに充分な攻撃を叩き込めば、激痛で身体が硬直し、無防備になる。ただ、その場所は鱗に隠されており、個体によって場所が異なる。
だからこそ、それを突き止めるために全員で袋叩きにしていたのだ。
(この情報を得ただけでも、大金星だが――)
撤退の二文字が頭を過ぎる。だが、レイリアは戦う手を止めず、思考を巡らせて現状を確かめる。魔竜はまだ身動きが取れない。七人衆は健在――。
「てああああああああああああ!」
そして、士気は充分高い。斬り掛かっているミカエラを始め、魔竜を討ち取る気が満々だ。それを見てレイリアは判断を下す。
「ここで魔竜を討ち取る――! 私が逆鱗、ミカエラが正面! 他は援護だ!」
「了解!」
その声に全員が武器を構えて動いた。レイリアは魔竜の後ろに回り込み、ミカエラが正面から駆け始める。その圧力を前に魔竜の瞳が不気味に光った。直後、全身から瘴気が勢いよく吹き出し、めきり、と四肢が膨らんだ。
(――っ!)
レイリアが踏み止まった瞬間、轟音を立てて勢いよく木々が弾け飛んだ。光の鎖も半分が千切れ、光の残滓を飛び散らす。その中で魔竜の瞳が正面のミカエラを捉えた。
「伏せろっ!」
レイリアの怒号と同時に、魔竜はその口から凄まじい咆吼を解き放った。
まさに、衝撃波――瘴気と共に一気に衝撃が押し寄せた。木々が根こそぎ抉られ、地面を削り取る猛威を前に、ミカエラたちは踏ん張って耐えるしかない。
その隙を魔竜は逃さなかった。魔術罠の拘束を引き千切ると同時に、四肢を踏み鳴らした。一気に距離を詰めた魔竜の尾がうねる。
「まずい、避け――」
レイリアが叫ぶ間もなかった。
振り抜かれた尾が、ミカエラの身体を直撃する。鈍く重い衝撃音が森に響き渡り、弾き飛ばされた彼女の身体は大木に叩きつけられた。
「ミカエラ――っ! くっ!」
他の仲間がそれに気を取られた瞬間、魔竜は間髪入れず地面に前脚を振り下ろした。轟音と共に揺れた地面に足を取られ、全員が体勢を崩す。
魔竜は容赦なく前脚を振り上げ、鋭い爪を振り下ろし――。
「はああぁぁぁっ!」
駆けつけたレイリアが、真正面から剣で受け止めた。
激突と同時に火花が飛び散る。衝撃に全身の筋肉と骨が悲鳴を上げ、地面に足がめり込む――だが、彼女は完全に魔竜の一撃を受け止めていた。
「おおおおおおおおお――っ!」
肚からの気迫と共に、彼女の身体から魔力が噴き出す。全身の筋肉が活性化し、限界を超えた力を引き出す。
(負けるものか――ここで負けたら)
脳裏に過ぎるのは、第七特務大隊の仲間たちの笑顔。
そして、どこからか優しい声が頭の中に蘇る。
『待っていますからね。レイリアさん』
アランの困ったような笑顔と、約束――それがレイリアに力を与えてくれ、魔竜の爪をわずかに押し返し。
その拮抗を、仲間たちは逃さなかった。
「シ――ッ!」
仲間の一人が鎖分銅を放つ。それが鋭く魔竜の前脚に絡みつき、体勢を崩させた。それに合わせてレイリアは刃を全力で傾けた。
刃の上を火花が散り、爪が脇に流れる。魔竜の体勢が、一瞬逸れた。
(好機――ッ!)
その一瞬にレイリアたちは連携して動いた。
後方で魔力が放たれた瞬間、再び光の鎖が魔竜に巻きつき、動きを阻害する。その一瞬の拮抗に鋭く二本の矢が宙を駆け、魔竜の目を貫いた。
「ォオオオオオオオオオオオ――ッ!」
苦悶の叫び声と共に暴れる魔竜――その後ろへレイリアは回り込み、鋭く剣を構えた。肚の底から噴き出した魔力が全身を滾らせている。
狙うは尻尾の付け根にある逆鱗。それに目掛け、レイリアは地を蹴った。
「――ッ、ォォオオッ!」
気配に気づいたのか、その尻尾が大きく波打った。迫るレイリアを薙ぎ払うように振り払われる。それを前に彼女は大きく身を反らし。
身体に衝撃が走り、脇腹が焼けるように痛みが迸った。
(――っ、いや、問題ない……っ!)
掠めただけだ。レイリアは無視して体勢を立て直し、前へと踏み出す。
尻尾が振り抜いた今、魔竜は反撃できない。その隙だらけの尻尾の付け根に向けて踏み込み、剣を全身全霊で突き出した。
手応えと共に、魔竜の身体がびくりと大きく固まる。
まるで、逆鱗を貫かれたことで身体の動きが止まった。その隙だらけの身体に一人の女兵士が大剣を構えながら歩み寄り――。
「オオオオオオオオオオォッ!」
裂帛の気合と共に、振り抜かれる。静寂の後、どさり、と重たいものが落ちる音が響き渡った。魔竜の首が、地に落ちる音。
それをミカエラがやり遂げたのを見届けると、レイリアは大きく吐息をこぼし。
その場で、崩れ倒れた。




