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女性部隊の専属治癒士-田舎から引き抜かれた若き治癒士は女軍人たちの身体を癒す―  作者: アレセイア
第四章

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第23話

 思わず肩を震わせながら窓を振り返る。あまりの音に窓も小刻みに震えている。


(一体、何が――)


 その中でヘレナは迷いなく動いていた。カップを机に置くと、迷いのない動きで棚に駆け寄り、非常用の鞄を取り出していた。それから棚から薬剤や器具を取り出し始めていた。


「アラン、よく分からないけど確実に何かあった。動けるようにして」

「動けるように――って」

「城砦が攻め込まれたときの対応。急いで」

「あ――ああ!」


 この城砦に加わった頃、レイリアには非常用の動きを教えられていた。

 もしここが攻められるようなことがあれば、どう対応するべきなのか。


(まずは治療用の道具の持ち出しの準備――)


 ここが戦場になる可能性がある以上、治療する場所をすぐさま移動できるようにしなければならない。アランも鞄に鍼を含めた道具を詰め込み、動ける支度をする。

 それを進める内に城砦内で鐘が鋭く打ち鳴らされた。

 その音の鳴り方に耳を澄ませたヘレナは鋭く言葉を続ける。


「アラン、城塔に向かってレイリアから状況を確認。急いで」

「了解――!」


 ヘレナの指示に迷いなく頷き、アランは診察室から飛び出す。医務棟から出て城塔に向かうと、その途中で慌ただしく動く兵士たちの姿も見える。

 彼女たちも予想していなかったのか、動きが乱れているようだ。


(一体、何があったっていうんだ――)


 アランは城塔に入り、階段を駆け上がっていく。執務室のある階に辿り着くと、会議室からレイリアとリーゼロッテの緊迫した声が響き渡っていた。


「リーゼロッテ、広場に集まった兵たちに城壁の配備を伝えろ」

「彼女たちも前線に出しますか?」

「いや、それは荷が重いだろう。後方援護に徹させろ。出るのは熟練兵だけだ」

「しかし、それでは兵数が――」


 開け放たれた部屋の中を伺う。すぐにリーゼロッテがアランの姿に気づき、言葉を切って目を丸くした。だが、すぐに表情を引き締めて頷いた。


「アランさん、お疲れ様です」

「すみません、お邪魔したようで。状況の確認に来ました」

「芳しくない。件の大型魔獣がここに来ているんだ」


 レイリアは早口に言いながら、ついてこい、と合図する。アランとリーゼロッテは顔を見合わせながら、早足で動くレイリアについて外に出る。


「ほんの少し前、緊急の連絡が入った――自治区で暴れていた魔竜の討伐に失敗。あろうことか包囲を破り、我が国の方に向かったと情報が入った」

「つまり、あの咆吼は――」

「ああ、手負いの魔竜がこちらに向かってきている、ということだ」


 レイリアはそう告げながら廊下を歩き、自分の執務室に入る。それから迷いなく棚を開き、中に入っている武器と防具を取り出し始める。


「我々では荷が重い状況だが、さらに状況は悪い――経験が豊富な兵が今、出払っているんだ。現在、この城砦にいるのは負傷兵と新兵、それと私たちだけだ」

「――っ、それは……」


 椅子に座り、レイリアは手早く脛当てと籠手を装着し始める。一方でリーゼロッテは彼女の棚から胸当てを取り出しながら顔を曇らせる。


「正確には部隊長はいますが、ほんの数人です。その人員でこの城砦を守り抜かなければなりません――少なくとも、援軍が来るまでは」

「……勝算はあるのですか?」

「まぁ、心配するな。この城砦は守りが固いからな。しばらくは耐えられる」


 レイリアは安心づけるように笑う――だが、リーゼロッテの表情は硬い。

 アランにもその言葉の意味は理解する。勝てるとは言っていないのだ。

 そして、彼女の準備は明らかに防衛を意識したものではない。明らかに打って出て、戦うための装備だ。


「――レイリアさん……」


 思わず名を呼ぶと、彼女は小さくおかしそうに笑って肩を竦めた。


「……そんな悲壮な顔をするな。アラン殿」

「ですが、戦うのでしょう?」

「ああ、その通りだ。防衛に徹していればいずれは綻びが生じる。新兵たちの士気を上げ、魔獣を怯ませるためにも、誰かが戦う必要がある」


 レイリアはリーゼロッテに胸当てをつけてもらうのを手伝わせながら、はっきりとした口調で告げた。それから彼女はアランを見て言葉を続ける。


「アランとヘレナは待機していてくれ。この城砦の守りの指揮はリーゼロッテが執る。状況が変化すれば、彼女からの指示が降りるはずだ」

「――了解しました。医務棟にて待機します」

「うん、頼んだ。負傷兵も今は動かさなくていい。ただ、もう回復して動けそうな者は城壁に向かわせてくれ。防衛には人手が必要だからな」


 そう告げた彼女に、リーゼロッテが装備を装着し終える。レイリアが立ち上がると、金属がぶつかる音が響き渡った。

 彼女は真っ直ぐな瞳でアランを見つめ、力強く笑ってみせる。


「大丈夫だ。負け戦に行くつもりはない――むしろ、勝ち筋があるからこそ、打って出るのだ。そこは誤解してくれるなよ」

「それでも、心配なものは心配ですよ。レイリアさん」


 脳裏に過ぎるのはここ数日、担ぎ込まれてきた兵士たちだ。

 この短い期間で顔見知りになった仲間たち。彼女たちが苦痛で顔を歪め、血に塗れながら運び込まれてくるのだ。それを見るたびにアランは胸が締め付けられる。

 むしろ、レイリアも同じようになったら――。

 もし命が損なわれる事態になったら――。

 想像するだけで息が詰まりそうになる。


「――ありがとう。アラン殿」


 不意に、頭に手が載せられた。視線を上げれば、柔らかい声と共にレイリアが微笑んでいた。彼の頭を撫でてから、彼女は目を細めて告げた。


「その気持ちが何より嬉しい。こういう風に心配されるのも、悪くないと思えてしまうほどに。そして、そんな心配してくれる人を守りたいと心の底から思える」


 そこで言葉を切ると、彼女はふと思いついたように小さく笑った。


「そうだ――そこまで心配なら、約束をしよう」

「約束、ですか?」

「ああ、私がちゃんと生きて帰ったら、ご褒美をくれるか。アラン殿」


 その言葉にアランは目を丸くし、やがて思わず笑ってしまう。


(――全くレイリアさんは)


 ただ、彼女らしいと思う。いつもそうやって明るく前向きに接してくれるからこそ、アランはこの城砦で心置きなく仕事に励めるのだから。


「もちろんです。約束します――自分にできることなら何でも」

「お、いいのか? 言っておくが、私は我がままだぞ?」


 おどけて告げるレイリアにアランは頷き、彼女の鎧に拳を当てた。


「その代わり、きちんと生きて帰ってきてください。待っていますからね。レイリアさん」

「ああ、もちろんだ。ご褒美のためにもな」


 嬉しそうに彼女は頷き返すと、視線をリーゼロッテに向けて表情を引き締める。


「留守を頼むよ。リーゼロッテ」

「承知しております。隊長は戻ることに専念を。掠り傷一つでも負ったら、アランさんにお説教を食らってしまいますよ」

「それは怖いな。何としても無事で帰らないと」


 軽口を叩き合い、レイリアは颯爽と執務室から出ていく。

 その背は凛として揺るがない。それを見送りながら、小さく吐息をこぼしていると、傍にいたリーゼロッテが声を掛けてくる。


「――ああいわれても、心配ですよね。アランさん」

「……ええ、まぁ。信じていないわけではないのですけど」

「信頼と心配は両立します。ご安心を」


 リーゼロッテはそう言いながら表情を緩め、安心づけるように言葉を続ける。


「それに――レイリア様は強いですよ。意外と思われるかもしれませんが」

「そう、なのですか?」

「はい、あの若さで大隊を任されているのは、伊達ではありませんので」


 そう告げたリーゼロッテの口調には強い信頼が滲み出ていた。

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