第19話
「クローデット王国軍の本軍から情報がもたらされた。ここより北方にて、大型魔獣の移動を確認――それにより、魔獣の分布が大きく変化している、とのことだ」
城塔の会議室――そこには十数人の軍人が集められていた。
部隊長たちと何人かの参謀。この拠点では幹部と呼ばれる軍人たちだ。その中の末席にアランとヘレナも加わり、レイリアの言葉に耳を傾けていた。
彼女は正面に張り出された地図を棒で差しながら言葉を続ける。
「情報によれば、大型魔獣は魔竜。距離はまだ自治区内であり、本軍が対応に当たっているとのこと――動きがあれば速やかに連絡されるとのことだ。詳しい位置と警戒すべき魔獣の位置についてだが――」
レイリアが棒で差しているのは国境より北側――つまり、隣国だ。
(確か隣国のペトラ王国は……)
記憶を手繰り寄せていると、隣のヘレナが小声で訊ねる。
「何か分からないことがある?」
「ええ、ペトラ王国って今、確か――」
「ん、暫定自治区、という扱い」
ヘレナは身を寄せると、肩同士がぶつかり合い、鼻先を掠める消毒液の香りにどきっとする。だが、彼女は気にした様子もなく、彼の手元のノートに軽くメモを書いていく。
「魔王戦役でペトラ王国は王都を蹂躙され、政府機能を喪失した。王族で生き残っていたのは我が国に嫁いでいた姫君だけ――それを担ぎ上げ、クローデット王国が介入、実質的に統治をしている。だからこそ、自治区」
ヘレナは手元に簡単な地図を書き起こし、元ペトラ王国領かつ自治区である場所を射線で示す。それからオートック城砦の場所を星印で強調した。
(――確か、ここはそのペトラ王国に対するものだったんだよな)
そのことを思い出しつつ、アランは自治区の場所を指で示しながら訊ねる。
「ここは今、クローデット王国軍が駐屯しているんだよな?」
「そういうこと。一応、充分な軍がいるから、軍事的には問題ない――けど」
ヘレナはそこで言葉を切り、レイリアに視線を戻す。
彼女は魔獣の説明を終えたところで、棒を地図上のオーロック城砦付近を示す。
「我々が警戒すべきは、大型魔獣に追いやられた魔獣の群れが入り込んでいることだ。現在、第七特務大隊で進めている調査でも一部の魔獣が、このクローデット王国北部に侵入していることが確認できた」
その言葉にヘレナはアランに視線を送りながら一つ頷いた。なるほど、とアランも頷き返しつつ、レイリアに視線を戻す。
そこで一人の部隊長が手を挙げて疑問を口にする。
「隊長、大移動、という規模ではないのですね?」
「ああ、幸いにもな。ただ、場合によっては魔獣の群れが村を襲ったり、農作物が荒らされたりなど、我々が担当する区域でも魔獣の被害が出る可能性が充分考えられる」
彼女は部隊長の一人一人に視線を送りながら言葉を続ける。
「よって警戒レベルを引き上げ、領内の巡回頻度を高めることにする。詳しくは追ってローテーションを決めるが、部隊長たちは配下に情報を伝達し、装備を整えるように」
「了解!」
「主計課は物資が不足しないように対応してくれ。特に医薬品――最近、アラン殿が加わったことで消費する医薬品が変化している。今一度、確認を」
「了解しました」
てきぱきと指示が飛び、それに女兵士たちが凛とした声で応じる。こうして見ると、やはり第七特務大隊は軍隊であり、それを指揮するレイリアの威厳が伝わってくる。
最後にレイリアの視線がアランとヘレナに向けられる。
「軍癒の二人は基本的に城砦で待機だ。とはいえ、近隣の村で被害が出た場合、出動する可能性はある。準備は怠らないように」
「了解です」「――了解」
アランとヘレナの返事にレイリアは満足げに頷き、改めて全員を見た。
「こういう事態のときこそ、我々、第七特務大隊の真価が問われる。各々、気を引き締め、抜かりのないように動いてくれ」
「了解!」
会議室に気迫の籠った返事が木霊する――その雰囲気にアランは終始呑まれていた。




