第15話
「アランさん、すみませんが診てもらえますか」
彼女たちが戻ってきたのは、それからしばらくしてからだった。
森から姿を現した彼女たちは血や土で塗れていた。特にリーゼロッテは血が多く、新兵たちは土や泥に塗れ、痛そうに顔を歪めている。
真っ先にアランはリーゼロッテに駆け寄るが、彼女は首を振って告げる。
「これか魔獣の返り血です。私は怪我一つありません。診て欲しいのは――」
「そっちの子たち、ですか」
視線を新兵たちに向ければ、確かに泥だらけの彼女たちは多く打撲やひっかき傷を負っているように見える。一人は手首を辛そうに抑えている。
ざっと見てから、まずはその手首を抑えている子を確かめる。
「大丈夫ですか。診させてもらいますね」
アランは手近な切り株に彼女を座らせると、手首に触れる。
「――っ」
痛そうに表情を引きつらせる女兵士。魔力波で骨の形状を確かめ、アランは顔を顰める。
「折れていますね――ただ折れ方が綺麗なので、すぐに治りますよ」
「本当、ですか?」
「ええ、ただ正しい位置に骨を直すので、少しの間、ひどく痛みます。心構えを」
アランの言葉に女兵士は息を吸い込み、歯を食いしばって頷いた。
「――行きます」
その声と共に手を掴んで伸ばし、骨の位置を調整する。それに女兵士が目を見開き、その目からは涙がこぼれだす――だが、アランは心を鬼にして処置を続ける。
位置を直した骨に治癒魔術をかけ、一気に骨を繋げていく。魔力が染み渡るにつれて、患部の炎症が徐々に引き、彼女の呼吸も少しずつ落ち着いてくる。
やがて正しく骨が繋がったのを確かめると、アランは女兵士に微笑みかける。
「――もう大丈夫です。よく頑張りました」
「あ、アラン先生……っ」
また泣きそうになる彼女の肩を叩くと、七班の兵士が横から出てきて軽く頷いた。
「後は私が引き受けます。先生は別の子たちを」
「ええ、もちろんです」
処置を待っているのは七人ほど。身体に負った傷もそうだが、精神的にも彼女たちは傷ついていそうだ。いち早く処置をしなければならない。
アランは気を引き締めて、次の女兵士の傍に駆けていく。
それからアランは次々と女兵士に治療を施していった。
主な怪我は打撲とひっかき傷。一人の女兵士は魔獣に首を絞められたのか、ひどい痣になっていた。一つ一つの症例は軽いが、数が多いため、アランも魔力を振り絞り。
全員の処置が終わる頃には、魔力不足でへばり始めていた。
「――お疲れ様です。アランさん」
切り株に座って休んでいたアランに、リーゼロッテが何かを差し出してくれる。
ほかほかと湯気を立てる汁物――それを受け取りながら、視線を近くの焚火に向ける。そこでは女兵士たちが元気に炊事に勤しんでいる。
魔獣に襲われた子たちは動揺しているが、きちんと食事をしているようだ。
「ありがとうございます。リーゼロッテさん」
アランもそのお椀を受け取り、口に運ぶ。優しい味が腹に染み渡る。
リーゼロッテは傍に立ち、小さく吐息をこぼしながら告げる。
「アランさんがいてくれて助かりました。まさか、あんな魔獣が出るとは」
「魔獣は頻繁に出るんですか?」
「いえ、出ても小動物が変異したような魔獣か、交雑魔獣です」
(――変異に、交雑魔獣……)
さすがに専門家でないアランには聞き馴染みのない言葉だ。大体、言葉のニュアンスでは理解できるが。
戻ったらヘレナに聞こう、と心に決めながら、頷いて続きを促す。
「今回はこの辺りでは滅多に出ない、猿型の魔獣が出現しました。出現した理由は不明ですが、いずれにせよ彼女たちは頭上から奇襲を受け、動揺してしまいました」
「それをリーゼロッテさんが撃退した、と」
「正確には私たちが、ですが。あれくらいならば、害獣駆除と変わりません。ですが、新兵にそれを求めるのは酷というもの」
リーゼロッテはため息をつき、軽く首を振りながら視線を新兵たちに向ける。
「残念ですが、今回の調練は中止となりそうです。一応、七班の兵士が気を利かせて薬草はいくらか集めてくれました。今回はそれで埋め合わせましょう」
「了解しました。では、食事の後は帰還を?」
「そういう形になります。後日、体勢を立て直して採集と調査を行う形になります」
「魔獣を出た原因も調べるわけですね」
「ええ――予感が外れてくれればいいのですが」
小さくぼやいたリーゼロッテは切り株に腰を下ろさず、静かに汁物を食べ終える。
「アランさん、食べ終わりましたら、怪我した子たちをもう一度診てあげてください。落ち着いたら、帰還の号令を出します。私は他の兵と調整しますので」
「了解しました」
アランは頷きながら汁物を口に運ぶ。リーゼロッテは再び動き出し、七班の兵士を中心に声をかけて回っている。その動きは精力的であり、彼女を中心に一丸となっている。
その姿はレイリアとは違った魅力があり、周囲を惹きつけているように見える。
ただ、その姿は少し無理をしているような気がしている。
(本人が自己申告してくれればいいが――)
そうしてくれそうな気配はない。アランは小さくため息をつくと、仕方ない、と腰を上げながら近くを通りかかった七班の兵に声を掛ける。
「すみません、少しお願いがあるのですが」
「んー、なーに? アラン先生」
「帰り道でリーゼロッテさんと話す時間を設けたいのですが」
そう言いながら内心で苦笑する――少し前だったら、こんな言い方をしていたらきっと誤解されたり、警戒されていただろう。
だが、彼女たちとは治療を通して、信頼関係を築けている。
果たして、ああ、と彼女は一つ頷いて困ったように笑った。
「副長、無理しているよね。今」
「ええ、多分ですけど。本人は問題ないと言っていますが」
「先生から見ると、危なっかしい?」
「――まぁ、正直に言えば」
「なら、任せておいて。いい感じに調整してあげるからさ」
「助かります」
深々と頭を下げると、彼女は悪戯っぽく片目を閉じて笑った。
「貸し一だよ。先生。今度、たっぷり恩返ししてね」
ひらひらと手を振りながら立ち去る彼女に感謝しながら、視線をリーゼロッテに改めて向ける。
忙しなく動き回る彼女は、どこか歪な歩き方をしていた。




