第13話
途中からリーゼロッテ視点に切り替わります
「――む、しまった」
「ん、どうした? ヘレナ」
その日の昼下がり、アランが処置を終えて診察室に戻ると、ヘレナは棚の中身を整理していた。道具を置きながら彼女に声をかけると、ヘレナは小さくため息をこぼしながら振り返った。
「薬の在庫を切らしかけている。うっかりしていた」
「何が切らしそう?」
「湿布薬。最近はアランが加わってから、全然使っていなかったから忘れていた」
「あー、なるほど」
以前は多用していたという湿布薬だが、現在はアランの妖鍼術の方が効果的であるため、使用頻度が低下したらしい。
とはいえ、全く使わない、というわけではない。
例えば、打撲などのときは治癒魔術と湿布薬を併用した方が効果的なのだ。
「レイリアに相談しないと。場合によっては採りにいかないといけない」
「採りにいくって……まさか、薬草?」
「そう。予算削減のために、一部の薬は調薬している。アランも経験はあるでしょ?」
「もちろん。師匠からも叩き込まれたし」
第一、田舎の治癒士は市販の薬など滅多に使わない。ほいほい使っていたら、あっという間に赤字になってしまうからだ。
アランも簡単な湿布薬や傷薬、ポーションなどは自作していた。
「当然、私も薬草学や調薬術は学院で学んでいる」
「さすがヘレナ先生」
「ヘレナでいい、って言っているでしょう。全く」
ふざけて名を呼べば、ヘレナは仕方なさそうに笑ってメモをまとめた。
「レイリアに話してくる。貴方は医務棟にいて」
「了解。お任せあれ」
「不埒な真似は許さないからね」
「しない、って言っているだろう? 全く」
先ほどのヘレナの口ぶりを真似て言えば、彼女はくすくす笑いながら頷き、診察室を出ていく。その楽しそうな笑顔を振り返り、ふと思う。
(――なんだかんだで気安いやり取りができるようになったな)
アランがヘレナに認めてもらってからすでに一週間が経っている。
互いに呼び捨て、タメ口で話すようになったおかげが、以前に増してヘレナの遠慮はなくなり、冗談を交わしては笑い合えるほどに仲を深めていた。
今やある程度は信頼され、こうして医務棟の留守を任されることもある。
アランはぐっと背伸びしていると、ふと何か見られている気配を感じて振り返る。
後ろにあるのは窓――だが、誰もおらず、外から響くのは素振りの掛け声。
(……最近、神経質になっているかな)
ヘレナと交流を深め始めた頃と同時に、やたらと視線を感じるようになった。特に医務室の窓から見られているような気がしているのだ。
ただ、振り返っても誰もいない以上、気のせいと思うしかない。
アランがため息をこぼしていると、ふと扉が開く音が響き渡った。
「アラン先生、いますかー? 肩をまた診て欲しいんですけどー」
「ああ、いますよ。入ってください」
束の間の休憩も終わりらしい。アランは診察の準備をしながら、すぐに声を掛けた。
◆
医務棟の窓の外――リーゼロッテが膝を抱えて座っていた。
(――また機会を逸してしまいましたか)
ここ最近、彼女は医務棟に足を運んではアランの様子を窓から伺っていた。その目的はアランに謝罪するための機会を得るため。
その脳裏に過ぎるのは先日、ヘレナの悲鳴が響き渡ったときのこと。
リーゼロッテは詳しい状況も確かめず、アランが悪いと決めつけ、犯罪者扱いして手荒な拘束をしてしまった――そのことが頭から離れないでいる。
(職務はきちんと果たしたまで――ではありますが、彼に非はなかったわけで)
誤解とはいえ、不当な暴力を振るってしまった。それは軍人としてあるまじき行為――それを猛省し、リーゼロッテは謝罪の機会を伺い続ける。
だが、アランは日々忙しくしており、なかなか話す機会が取れずにいた。
「ん、まだまだ肩が凝っていますね」
「重労働ですからねー、お、おお、効くぅ……っ」
(――兵士たちが羨ましいですね)
気軽に診てもらえる状況も、彼と話せることも。
リーゼロッテはため息をこぼすと、ゆっくりと立ち上がり、気取られないようにその場から離れる。もうしばらくで休憩時間も終わる。
早足に医務棟から城塔に戻る。執務室に入ると、レイリアはヘレナと話しているところだった。
「――承知した。ならば近々、一隊を山に入れて薬草を探させよう。ただ今、目利きができる隊員が熱を出していてな」
「ああ、昨日、医務棟に来ていた子か。なら、私が同行してもいい」
「そこは要検討だな。とにかく、湿布の件は理解した。手は打つようにする」
「お願い。それじゃ」
会話を終え、踵を返したヘレナと目が合う。リーゼロッテが目礼すると、ヘレナはぶっきらぼうな口調で告げる。
「リーゼロッテ、時間ができたら医務棟に顔を出して。アランが心配している」
「――アランさんが?」
「ん、前回、足の治療をしてから大分期間が空いているから」
「アランさんの鍼でもう充分、治りましたよ」
右足を軽く持ち上げてみせるリーゼロッテを、ヘレナはじっと見つめていたが、やがてため息をついて首を振る。
「自己診断ほど、当てにならないものはない――事故を未然に防ぐなら、早々にアランに診てもらうこと。警告はしたからね」
そう言い残して執務室を立ち去るヘレナを、リーゼロッテは少し複雑な心境で見送る。
(気軽に会いに行けたら、苦労しませんよ――)
どの面を下げて会いに行けば良いのだろうか。それほど面の皮は厚くない。ため息をこぼしたくなるのを堪え、リーゼロッテはレイリアに向き直った。
「休憩から戻りました。隊長」
「ん、おかえり――その調子だと、今日もアラン殿と話せなかったかな」
レイリアの苦笑に、リーゼロッテは肩を竦めて答えた。
「生憎、診療中でして」
「そこで引き下がらずともいいだろうに。診てもらう時間くらいは取ってやるぞ?」
「アランさんの治療を必要としている兵は多いです。軽傷の私が彼の負担を増やすわけにもいきません――ただでさえ、申し訳ないことをしたというのに」
「全く何を遠慮しているんだか」
呆れたように言うレイリアから視線を逸らし、リーゼロッテは話題を変える。
「それよりも――ヘレナさんとは何を話していて?」
「ん、湿布薬を始め、いくつかの薬剤が不足しそうという話だ。だから、薬草を採る部隊を山に入れなければならない」
「なるほど。前回から期間が空きましたから、丁度良いかと」
それに薬草探しは意外といい訓練になる。兵士たちの持久力を培い、山に慣れさせることもできるのだ。リーゼロッテは少し考えてから口を開いた。
「なら、新兵に調練させるいい機会かと」
「確かに今期の新兵を山に慣れさせるには丁度いい頃合いか。なら、それを前提に部隊を組むとして――ふむ」
そこで言葉を切ると、レイリアはリーゼロッテを見てほんの少し目を細めた。
(――嫌な顔つきをしていますね)
経験上分かる。こういう目つきをしている彼女は何かを企んでいるときだ。やがて彼女は一つ頷いてリーゼロッテに訊ねる。
「リーゼロッテ、確か薬草の目利きはできたな?」
「――まぁ、多少ですが」
「なら、薬草採集部隊の指揮は任せよう。今、目利きができる奴が熱を出している」
「そう言えば、そんな話もしていましたね。ただ、私だけで手が回るかどうか」
「なに、心当たりがもう一人いる。新入りだが、使えるはずだ」
「……了解しました」
頷きながらも少し疑問を抱く。新兵に薬草の目利きができる者はいただろうか?
「ふむ、来週が丁度いいか。予定を調整しておこう」
そんな疑問を抱くリーゼロッテを他所に、レイリアは予定を決めてしまう。上官の命令は拒否できない。彼女は敬礼して了承するしかなかった。
そしてその日はすぐに訪れた。




