第11話
ヘレナ視点
ヘレナ・カールソンは平民出身の治癒士だ。
この治癒士となるために彼女はひどく苦労を重ねてきた。平民であるがために満足な教育は受けられず、独学で勉強するしかなかった。
せめての救いは王立魔術学院の門戸は広く開かれていたこと。
本来ならば高額な授業料を必要とするが、特待生制度を利用すれば授業料などを免除してもらえる。そのためにヘレナは猛勉強をし、そして学院に入ることに成功する。
だが、そこでも苦労は絶えなかった。
生徒のほとんどは貴族や金持ちばかり――平民の彼女は見下され続けてきた。
『女のくせに』
『平民のくせに』
『チビのくせに』
耐えた。あらゆる嘲りから耐え、彼女は必死に勉強した。睡眠時間も削り、予習や復習に専念する。クラブやスポーツなどにも目もくれなかった。
そして、その努力も実り、彼女は平民でありながらその年の首席で卒業。
晴れて治癒士を名乗ることができた。
だが――そんな彼女に直面したのは、非情な現実だった。
『キミを雇うことはできない』
『平民の女性の治癒士? そんな人、ウチには置けない』
『首席とは言うけどね――』
王都の大病院や研究施設は悉く彼女を雇おうとはしなかった。無論、一部は好意的に受け止めてくれる機関もあった。だが、彼らもいつの間にかヘレナを敬遠するようになる。
その理由は当時、分からなかった――予想もしなかった。
まさか、ヘレナが首席で卒業したことを妬み、同期の学生が嫌がらせで彼女の就職を妨害していたとは。
そのことを知らず、ひたすら上手く行かない就職活動にヘレナは心が折れかけていた。
そこに声を掛けてきたのは、一人の女軍人――レイリアだった。
『なるほど、キミがヘレナか』
『首席なのに誰もキミを欲しがらないとはな』
『治癒士が欲しいと思っていたんだ。是非、来て欲しい』
彼女は出自が貴族であったものの、平民であるヘレナを見下したりしなかった。それどころか、きちんとヘレナの実力を見て判断してくれた。
そんな彼女に惹かれ、その誘いを承諾。
第七特務大隊の治癒士として加わることになった。
そこにはすでに先任の治癒士がいたものの、すでに老齢。程なくしてヘレナが現場の治療のほとんどを担うことになった。
そして、たった一人の治癒士として彼女は責務を全うし始めた。
大変だったが、やり甲斐が充分にあった。学んだことを活かせる上に、感謝される。そのことが充実していて、楽しかった。
だけど同時に悩みもあった。
第七特務大隊の人たちは身体をかなり酷使し、慢性的な疲労を得ていた。そのせいか、彼女たちは肩や腰の痛みを訴え続けていた。
治癒魔術で炎症を押さえることはできた。痛みも取り除くことはできる。
だけど、抜本的な解決にはならず、頭を悩ませ続けていた。
そんな中、レイリアが一人の男を連れてきた。
田舎から見つけてきたという治癒士であり、肩や腰の負担を大いに和らげるという。聞けば、鍼――妖鍼術の使い手だという。
それを聞いた瞬間、ヘレナは馬鹿馬鹿しいと思った。
妖鍼術は東方由来の治療術であり、この国ではあまり伝わっていない。学院でも使い手がいなかったほどだ。百歩譲ってその術が使えるとしても、本当に効果があるかのも疑わしい。鍼を刺して治るなら、治癒士も苦労しない。
しかも、男――女ばかりの軍で男を入れるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
(何か下心があって入ってきたはず。絶対にそれを突き止めてやる)
ヘレナはその一心でアランの傍に張り付き、一挙一動を観察した。
そして、その結果見えてきたのは、治癒士としての真摯な姿勢だった。
患者にきちんと向き合い、言葉を交わして確実にその症状に向き合っていた。分からない部分はヘレナにも意見を求め、適切な処置を試みる。
そして何より、彼の打った鍼は確実に患者の苦痛を取り除いていた。
『嘘みたいに身体が軽い』
『腕が上がるようになりましたわ……!』
『鍼ってすごいんですね……!』
その姿には半信半疑だったヘレナも彼のことを認めざるを得なくなった。
そうなれば俄然、興味が湧くのは、彼の打つ鍼だ。実際、打たれたらどんな風になるのだろうか。その好奇心が彼女を突き動かしていた。
そしてその日、彼の部屋でついに鍼を打ってもらった。
大きな手で解されるだけでも心地いいのに、鍼を打たれると身体全体がふわふわと浮かぶようで心地よくなった。気づけばぼんやりしていて温かくて――。
(……あ、れ?)
その後の記憶が途切れている。ヘレナはそのことに気づくと、意識が急速に浮上してくる。瞬きをしながらゆっくりと身を起こし、辺りを見渡した。
そこは見慣れない部屋だった。匂いも自分の部屋と違う。
だけど、嫌いじゃない。それに包まれていることに安心感すらあって――。
ヘレナは視線をソファーに向ける。差し込む朝日の中で、一人の青年が寝息を立てている。その姿を見た瞬間、一瞬で意識が覚醒した。
「――っ」
(そうだ、昨日、鍼を打ってもらってそのまま――)
恐らく寝てしまったのだ。それに気づくと、アランも身動きして身体を起こす。目を擦りながらヘレナの方を振り返り、目を細める。
「ああ、おはようございます。ヘレナ先生。気分は」
その言葉にどう答えようか言葉と詰まらせ、ひとまず起き上がろうとして――。
ぱさり、と身体を覆うタオルと毛布が滑り落ちた。
「……あ」
涼しい朝の冷気が肌を撫でる。ヘレナは自身の身体を顧みた。
昨日、処置の時点で服は全て脱いでしまった。それだけに服の下は当然、裸。それがアランの前に曝け出されている――。
アランは気まずそうに視線を逸らす中、ヘレナの頭が真っ白になり――。
「きゃあああああああああああああああ!」
朝のオーロック城砦に、甲高い悲鳴が響き渡ることになった。




