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女性部隊の専属治癒士-田舎から引き抜かれた若き治癒士は女軍人たちの身体を癒す―  作者: アレセイア
第二章

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第9話

 その予感通り、その後の医務室にはひっきりなしに患者が訊ねてきた。

 ほとんどがアランに処置を求める者たちであり、ヘレナはそれの手伝いに回ってくれる。あっという間に午後の時間は過ぎ去り、日が暮れていく。

 結局、ヘレナのお願いを聞く時間はできなかった。


(――ヘレナ先生、何を頼みたがっていたのかな)


 夕食後、アランは部屋でメモをまとめていた。

 今日、空き時間にヘレナから教えてもらった内容を忘れないように、自分なりにノートに書き直しておく。それに目を通しながらアランは昼のことを思い出していた。

 あれからヘレナは忙しかったこともあり、お願いを口にしようとしなかった。


(もしかしたら、みんながいる場所だと言いづらかったのかもな)


 明日、また改めて聞いてみよう。そう心に刻んで椅子から腰を上げると、不意に扉が小さく叩かれた。アランは扉を振り返って声を掛ける。


「はい、どうぞ」

「――失礼」


 小さな声と共に扉が開く――顔を見せたのは、ヘレナだった。

 白衣を脱ぎ、ラフな格好で姿を現した彼女に思わず目を丸くし、アランは歩み寄る。


「ヘレナ先生、こんな夜にどうかしましたか」

「昼に言ったことだけど、お願いがある。今、時間があれば少し聞いて欲しい」

「え、ええ、構いませんが」


 ひとまず中に、とヘレナを部屋に招き入れる。彼女はぎこちなく部屋に入ると、短い黒髪がふわりと揺れ、石鹸のような香りが漂った。

 風呂上がりなのだろうか、と少し意識していると、彼女は部屋を軽く見渡し、机に目を留める。


「――ノート」

「え、ええ、今日教わったことを忘れないように、と」

「見ても?」

「もちろん。字が汚いですが」

「問題ない。読めればいい」


 彼女は素っ気なく言いながら机の上のノートを手に取り、丁寧な手つきでページをめくる。丹念に見ていく様子を、どこか落ち着かない気分で見守る。


(師匠に調薬の課題を見てもらうときも、こんな感じだったな――)


 生半可な出来だと、その場で捨てられてしまうのだ。そのときを思い出していると、ヘレナは振り返って手招きした。


「ここ、補足する」

「え、あ、はい」


 慌てて傍に寄ると、彼女はノートをアランに手渡した。それから横から覗き込むようにして指先でノートを触れる。


「擦過傷については、消毒魔術は弱めでいい。だから、ここの手順は消毒から治癒魔術ではなく、水洗いから治癒魔術」

「――でも、雑菌が入りませんか?」

「それも事実。だけど、消毒魔法は正常な皮膚を傷つける恐れがあるから。水で流せばある程度は雑菌が流れるし、それでも残る雑菌は体内の免疫でどうにかなる」

「なる、ほど――」


 間近な距離でヘレナの声がどこか優しく響く。いつも淡々としているものの、どこか声に温もりがあり、分かりやすく説明してくれる。

 それに少しどきどきしながらも平静を保ち、ノートを書き直した。


「これでどうですかね、ヘレナ先生――」

「ん、問題ない――」


 そう言いながら顔を上げた瞬間、間近な距離でヘレナと目が合った。

 くりくりとした澄んだ瞳が間近な距離でぱちくりしている。長い睫毛が揺れ、小さな唇から吐息がこぼれる音が聞こえ――。

 束の間の沈黙の後、慌てて二人は弾かれたように距離を取った。


「す、すみません、先生――距離が近すぎました」

「こ、こちらこそ申し訳ない。熱が入った」


 ヘレナはいそいそとノートを受け取り、それで顔を隠すようにしながら目を通す。しばらくして、目だけをノートから覗かせ、こくんと頷いた。


「問題ない。他もよくまとまっている」

「――良かったです。ダメ出しされるかと」

「ノートは自分が分かるようにまとまっていればいい。同期には挿絵を入れて、絵本みたいにしている学生もいた」


 ヘレナはそう言いながらアランにノートを返す。アランは礼を言いながらそれを机の上に戻し、改めてヘレナに向き合う。


「――えっと、それで『お願い』とは……?」

「……ん、その」


 ヘレナは視線を彷徨わせていたが、やがて顔を上げると決然とした表情で告げる。


「私に、鍼を打って欲しい」

「――ヘレナ先生に、鍼を?」

「ん、私はまだ妖鍼術の真価がよく分かっていない。だから、レイリアも言った通り、自分の身体で確かめてみるのがいい、と思った」


 そう告げた彼女は申し訳なさそうに視線を伏せさせ、小さく付け足す。


「ただ、断ってくれてもいい。今は業務時間外だし」

「いえ、それくらいはお安い御用です」


 アランは笑いながらすぐに答え、机にしまってある木箱を取り出した。それにヘレナはほっとしたように吐息をこぼして頭を下げた。


「ありがとう。貴重な時間を割いてくれて」

「お世話になっているのですから、これくらい。ヘレナ先生もお疲れでしょうし、勉強というよりは力を抜いて施術を受けていただければ」

「ん、アランもいつも通りやってくれればいい。ベッドを使っても?」

「ええ、構いませんが、自分が寝ているベッドですよ?」

「別に気にしない――きちんと清潔に保っているようだし」


 そう告げながら彼女はすたすたとベッドに歩み寄り、ぽす、と腰を下ろした。アランは苦笑しながら支度を進めていき――ふと手を止める。


「そうだ、病衣――」


 全身の処置をする際は専用の着替えをいつも用意しているのだが、当然だが、彼の部屋には用意していない。少し迷っていると、ヘレナは軽く首を傾げる。


「タオルは、ある?」

「それはもちろん」

「なら、それがあればいい」


 そう言うとヘレナはアランに手を差し出す。戸惑いながらアランは棚からタオルを取り出して手渡すと、彼女は自分の服に躊躇いなく脱ぎ始めた。

 慌てて背中を向けると、自身の部屋の中で衣擦れの音が響き渡る。


(一体、何でこんなことに……?)


 真夜中の自分の部屋で、年下の女の子が服を脱いでくる――その事実に頭がおかしくなりそうだった。だが、ヘレナは構わずに服を脱ぎ、やがてベッドが軋む音が響く。


「もう大丈夫。こっちを向いて」


 ヘレナの声にゆっくりとアランが振り返れば、ベッドにうつ伏せに寝ているヘレナが視界に入った。傍らには服が畳んで置かれ、身体はタオル二枚分で覆われている。

 恐らく、その下は何もまとっていないのだろう。

 ちら、と視線を上げた彼女は淡々とした声で告げる。


「これなら問題ないはず」

「問題ありませんが――えっと、ヘレナ先生は大丈夫なのですか」

「……正直言えば、恥ずかしい」


 彼女はそう言いながら枕に顔を突っ伏し、もじもじとベッドの上で身体を揺らす。タオル越しに小さいお尻が揺れるのが見え、慌ててアランは視線を逸らした。


「でも、背に腹は代えられない。私から頼んだ以上、度胸を見せるのは私――だから、アランは遠慮なく施術に専念すればいい」

「……ヘレナ先生」

「無論、変な場所に触ったり、見たりしたら容赦はしない」

「しませんよ。治療行為中に、そんな不埒なこと」


 アランが即答すると、ヘレナは小さく吐息をこぼして頷いた。


「なら、問題ない――始めて欲しい」

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