祝・中級神昇格! ……からの、呪われた限界集落(ダンジョン)への左遷!? その1
神界人事局のフロアは、今日も怒号と絶望の溜息で満ちていた。
だが、僕が歩く通路だけは、サァーッと道が割れていく。
昨日まで僕を「万年視聴者ゼロのゴミ」と見下していた同僚たちは、誰も僕と目を合わせようとしない。
無理もない。
昨日、僕を見下してコラボを強要してきたトップエリートのギルバートは、今やショックで寝込み、長期休養(メンタルヘルス休暇)に入ってしまったのだから。
「失礼します。ゼロス主任、昇格試験のクリア報告に参りました」
管理職ブースのドアを開けると、ゼロス主任がビクッと肩を震わせ、慌てて揉み手で擦り寄ってきた。
「おおおお! ライト先生! お待ちしておりましたぞ! 素晴らしい、実に素晴らしい働きでした! 配信のアーカイブは、我が部署の全社員に『必修研修資料』として視聴させております!」
「……それはギルバートに対する嫌がらせでは?」
「ハハハ…… 御冗談を!
ささ、こちらが中級神(Cランク)の真新しいネームタグと、専用端末でございます!」
恭しく差し出された銀色のプレートと、最新型のタブレット端末を受け取る。
ついに、一つ上の階級へ這い上がったのだ。
「ありがとうございます。これで少しは、まともな装備や支援が――」
「ええ、ええ! もちろんでございますとも!
中級神ともなれば、ただランダムにダンジョンへ潜るだけの『日雇い』ではありません! 先生には、直轄の『管理エリア』をお任せいたします!」
ゼロス主任は満面の笑みで、タブレットに一つのデータを送信した。
画面に表示されたのは、赤黒い瘴気に覆われた広大なエリアのマップだった。
【新規割り当てエリア:第4辺境ダンジョン『放棄区画アデル』】
【エリア目標:全域の浄化、および拠点(村)の再建】
【月間KPI:浄化率10%の上昇】
「放棄区画、アデル……?」
「はい! かつては緑豊かな農村地帯でしたが、強力な瘴気汚染によりアンデッドや変異植物の巣窟となった『呪物』のような場所です!
過去に赴任した中級神たちは、全員ノルマ未達で存在抹消されましたが
……ライト先生と、バックにおわす最高位の女神様たちのお力があれば、造作もないことでしょう!」
ゼロス主任の目が、一瞬だけ獲物を狙う蛇のように細められた。
……なるほど、そういうことか。
僕が最高位の女神たちに気に入られている以上、ゼロス主任はあからさまな嫌がらせはできない。
だが、システム上「絶対にクリア不可能な超ブラック案件」を正規の手続きで押し付けることはできる。
彼にとって僕は、自分の部署の秩序を乱すイレギュラーだ。
ノルマ未達という「正当な理由」で、僕を合法的に神界から追放する気なのだ。
「……なるほど。やりがいのある職場ですね」
「ええ! 期待しておりますよ、ライト、先生!」
僕は端末を制服のポケットに突っ込み、ため息を隠しながらブースを後にした。
ブラック企業は、昇進した途端に『責任』という名の重い鎖を首に巻きつけてくる。中級神の現実は、想像以上に世知辛かった。
♦︎
「……ひどいな、こりゃ」
転送ゲートを抜け、割り当てられた『放棄区画アデル』に降り立った僕は、鼻をつく腐臭と、視界を覆うどんよりとした暗雲に顔をしかめた。
かつて農地だったであろう場所は、赤黒いヘドロのような土に覆われ、毒々しい紫色の棘を持つイバラが辺り一面に群生している。
生き物の気配は一切ない。
まさに死の大地だった。
僕は空中にカメラ(光球)を呼び出し、配信をオンにした。
『あー、ライトです。無事に中級神に昇格しました。今日からは、この呪われた放棄区画アデルの浄化と開拓を配信していきます』
配信を開始した直後、すぐにお馴染みの二柱のリスナーがやってきた。
【美と闘争の女神:昇格おめでとうライト! ……って、なにこの陰気臭い場所。敵の姿も見えないし、退屈なんだけど】
【叡智と探求の女神:中級神への昇格と同時に『恒久管理エリア』を持たされたのね。
……よりにもよってアデル区画とは。貴方の上司、相当性格がねじ曲がっているわね】
「やっぱり、ヤバい場所なんですか?」
【叡智と探求の女神:ええ。土壌の奥深くまで瘴気が根を張っているわ。
表面の魔物を倒すだけじゃダメ。大地そのものを『耕して』浄化しないと、KPIは1ミリも進まないわよ】
土壌の浄化。耕す。
つまり、これからの僕はただ剣を振るうだけでなく、『農業』めいたことまでやらなければいけないらしい。
ズズズズズ……ッ!!
その時、僕の足元のヘドロが不気味に隆起した。
周囲に群生していた紫色のイバラが生き物のようにうねり、一本の巨大な樹木として集束していく。
現れたのは、見上げるほど巨大な枯れ木に、人間の怨嗟の顔のような模様が浮かび上がった魔物だった。
【警告:エリアボスの眷属が活性化しました】
【対象:呪樹】
【脅威度:C】
「グルォォォォォォォッ!!」
呪樹が咆哮を上げると同時に、何十本もの太い根が、槍のように鋭く尖って四方八方から僕に襲いかかってきた。




