同期からの『コラボ』営業!? 狙われた太客(リスナー)と昇格試験
無事にDランクダンジョンを生き抜いたライト。
神界の転送ゲートをくぐり、人事局のオフィスに足を踏み入れた瞬間、僕の全身を温かい光が包み込んだ。
拠点帰還に伴う、システムからの自動回復処理だ。
「ぷはっ……! 治ったぁ……」
無理な魔力圧縮で焼け焦げて水ぶくれになっていた両手が、嘘のように元通りの綺麗な肌に戻っている。
枯渇して目眩を引き起こしていた魔力(MP)も全快だ。
どんなに死にかけても、拠点に戻れば一瞬で回復する。
一見すると親切なシステムだが、これは裏を返せば「五体満足なんだから、休まず次のダンジョンへ行け」という神界(ブラック企業)からの無言の圧力でもある。
『あー、ライト先生! お疲れ様でございますッ! 本日も素晴らしい配信でしたね! タオルとお水、ご用意しております!』
僕がロビーのベンチに腰掛けると、直属の上司であるゼロス主任が、揉み手で擦り寄りながら冷えた水を出してきた。
つい先日まで僕を「宇宙の肥料になれ」と罵倒していた男が、今や完全に僕の(というより、僕の背後にいる最高位の女神様の)顔色を窺うだけのイエスマンに成り下がっている。
「あ、ありがとうございます主任。
……でも、そんなに気を使わなくていいですよ。目立ちますから」
『滅相もない! 先生のご活躍は我が部署の誇りでございますから!』
周囲のデスクからは、他の下級神たちが遠巻きに僕たちを見ている。
嫉妬、畏怖、そして好奇の視線。
それもそのはずだ。僕の端末に表示されている存在値は、先日のAランク討伐ボーナスと今日のオーク狩りを経て、すでに下級神の枠を大きく逸脱し始めていた。
【下級神ライト(Dランク)】
【現在の存在値:51,320】
【中級神(Cランク)昇格試験の受験資格をクリアしました】
そう、ポイントだけなら、すでに中級神へのボーダーラインを超えているのだ。
あとは、システムから指定された『Cランク昇格試験ダンジョン』をクリアし、そこで一定以上の視聴者評価を得られれば、晴れて中級神の仲間入りとなる。
「(とはいえ、昇格試験はソロじゃ厳しいって聞くしなぁ……)」
僕が端末を見つめて考え込んでいると、ふいに頭上からキザな声が降ってきた。
「やあライト。底辺の泥すすりから一転、随分と景気がいいみたいじゃないか」
見上げると、金髪を綺麗に撫でつけ、白銀に輝くフルプレートアーマーを着込んだ男が立っていた。
同じ部署の同期であり、下級神のトップ層に君臨する『ギルバート』だ。
整った顔立ちと派手な雷属性の魔法で、一部の女神たちから黄色い声援を集めている、いわゆる「人気配信者」である。
「ギルバート……。何の用?」
「そう警戒するなよ。同期のよしみで、君に『おいしい提案』を持ってきてあげたんだ」
ギルバートは爽やかな笑顔を作ると、僕の隣に座り、一枚のホログラム書類を展開した。
そこには『合同討伐申請書』と書かれていた。
「コラボ……?」
「ああ。君、Cランクの昇格試験の資格を満たしたんだろ?
だが、昇格試験の舞台はCランクダンジョン『死霊王の地下遺跡』だ。つい先日までスライム相手に泣き叫んでいた君が、ソロでクリアできる難易度じゃない」
ギルバートは僕の肩にポンと手を置いた。
「そこで、すでにCランク目前であるこの僕が、パーティーを組んで君の昇格をサポートしてあげようというわけさ。
安心しなよ、報酬の配分は六対四で譲ってあげるから」
一見すると、面倒見のいい同期の優しい提案だ。
だが、僕には痛いほどわかっていた。こいつの狙いが何なのか。
神界における『合同討伐』は、両者の配信枠を統合するシステムだ。
つまり――僕の配信を見に来ている『太客』に、自分の戦う姿をアピールすることができる。
ギルバートの狙いはただ一つ。
僕の枠に居座る『二柱の最高位女神』に自分を売り込み、あわよくば自分の配信枠へ引き抜く(寝取る)ことだ。
底辺神の僕よりも、エリートの自分の方が女神の支援を受けるに相応しいと、本気で思っているのだろう。
「……気持ちはありがたいけど、僕のリスナーさんは、ちょっとクセが強いよ?」
「ハハッ、強がりはよせ。
君のような非力な神が、あの女神様たちの高度な要求にいつまでも応えきれるわけがない。
いずれ見捨てられる前に、僕という『保険』をかけておけってことさ」
ギルバートが自信満々に笑う。
断ることもできた。
しかし、神界のようなブラックな環境において、部署内のエリートからの誘いを無下にすれば、後々面倒な嫌がらせを受けるのは目に見えている。
それに、Cランクダンジョンの難易度が跳ね上がるのは事実だ。
前衛の壁役が一人いるだけでも、戦術の幅は広がる。
「……わかった。じゃあ、明日の昇格試験、コラボでよろしく」
「賢明な判断だ。せいぜい僕の足を引っ張らないようにね」
ギルバートは満足げに笑うと、申請書をシステムに送信して去っていった。
♦︎
ギルバートの姿が見えなくなった後。
僕はこっそりと自分の配信ウィンドウを立ち上げ、オフラインチャット(リスナーだけが書き込める待機所)の様子を確認した。
そこにはすでに、二柱の最高位女神からのコメントが書き込まれていた。
【美と闘争の女神:なにあの金ピカ。無駄に装飾が多くて実戦向きじゃない鎧ね。
顔もすかしててムカつくわ。ライト、あんなの明日ろくでもない死に方するように仕向けなさい】
【叡智と探求の女神:あの自信過剰な歩様……自身のステータスに依存しすぎて、戦術的思考が欠如している証拠ね。
彼の意図はミジンコでもわかる売名行為だけど、囮としてなら利用価値はあるわ】
「……あはは」
僕は思わず乾いた笑いを漏らした。
どうやら、ギルバートの目論見はすでに完全に破綻しているらしい。
それどころか、神界のトップたちに「ヘイト」と「デコイ扱い」を確定させられている。
「お二人とも、お手柔らかにお願いしますよ。彼は一応、僕の部署のトップ層なんですし」
僕は小声で端末に向かって話しかけた。
【美と闘争の女神:フン、私が期待しているのは泥水すすってでも抗う貴方の『闘争』よ。あんな温室育ちの盆栽なんか一ミリも興味ないわ】
【叡智と探求の女神:同感ね。貴方のあの『例外権能』こそが、私の探求心をくすぐるの。明日のCランクダンジョン、せいぜい面白いデータを見せてちょうだい】
「はい。……必ず、昇格試験を突破してみせます」
僕は端末の電源を切り、大きく深呼吸をした。
明日の舞台は、Cランク『死霊王の地下遺跡』。
ただでさえ格上のアンデッドが蔓延る難関ダンジョンに、プライドばかり高くて協調性ゼロの同期が加わるのだ。
波乱がないわけがない。
でも、僕には世界最強の「指示厨」と「脳筋」のリスナーがついている。
どんな無理難題が飛んできても、それを力に変えて、この神界の理不尽をぶち壊してやる。
「待ってろよ、中級神(Cランク)。……僕が、あんたたちの席を一つ奪ってやるからな」
静かなロビーで、底辺神ライトは密かに、だが力強く反撃の狼煙を上げたのだった。




