最高位女神たちのコメントバトル!? 無茶振りに振り回される1
神界人事局の新人研修は、控えめに言って地獄だった。
内容としては『先輩の背中を見て覚えろ』だったり、『気合でなんとかしろ』とか『できないのは信仰心が足りないからだ』だけだった。
具体的な指導は一切なく、ただ精神論と理不尽なノルマだけを押し付けられる日々。
それが、僕ら底辺神にとっての『OJT』だった。
だからこそ、今のこの状況は、僕にとって奇跡のように思えた。
「はぁっ、はぁっ……!」
Dランクダンジョン『咆哮する豚鬼の谷』。
僕は息を切らしながら、一体のオークを沈めたばかりの岩山で、周囲を警戒していた。
空中に浮かぶウィンドウの視聴者数は『2』。
神界の頂点に君臨する、美と闘争の女神様。そして新たに加わった、叡智と探求の女神様だ。
たった二人しかいないが、その二人が僕に与えてくれる「指示」は、神界の無能な上司たちの精神論とは比べ物にならないほど、的確で価値のあるものだった。
『剣の重心操作』と『体幹の安定』。
叡智の女神様からのコメントを例外権能で吸収した僕は、自分の筋力不足を補う剣術を一時的にインストールし、格上のオークを一対一で打倒することに成功したのだ。
「……ありがとうございます。おかげで、一対一なら確実に勝て――」
カメラに向かってお礼を言いかけた、その時だった。
「ブモォォォォォォォッ!!」
「グルルルルッ……!」
谷の奥から、複数の野太い咆哮が響き渡った。
ズシン、ズシンと地響きを立てて、土煙の向こうから新たな影が次々と現れる。
【警告:豚鬼の群れが血の匂いを嗅ぎつけました】
【対象:豚鬼×5】
【脅威度:D+】
「うそ、五体同時……!?」
僕は思わず白銀の剣を構え直し、じりじりと後ずさった。
オークたちは先ほど倒した仲間の死体を見ると、血走った目を僕に向け、怒り狂ったように棍棒を振り上げた。
一対一なら、相手の突進力を利用したカウンターで何とか勝てるようになった。
だが、四方八方から同時に丸太のような棍棒を振り下ろされたら?
さっき学習したばかりの基礎剣術では、多角的な連撃を捌き切ることは絶対に不可能だ。
【叡智と探求の女神:マズいわね。今の貴方の処理能力とAGI(敏捷)じゃ、複数のDランクを同時に捌くのは理論上不可能よ。
走って! 後方の岩山の亀裂……あそこなら大人が一人通れる程度の幅しかない。
地形を利用して、一体ずつ狭い通路へ誘導しなさい】
すかさず、叡智の女神様から的確な指示が飛ぶ。
僕は指示に従い、背後の岩山の隙間へと逃げ込もうと背を向けた。
しかし。
【美と闘争の女神:ちょっと! 逃げてちまちま戦うなんて退屈で欠伸が出るわ! 群れを一掃するくらいのド派手な魔法をぶっ放しなさいな、ライト!】
美と闘争の女神様から、真逆の無茶振りが飛んできた。
「む、無茶言わないでください! 僕の使える魔法は、初期スキルの【火種】だけですよ!」
僕はオークが投げつけてきた岩石をギリギリで躱しながら叫んだ。
ドゴォン! と僕のすぐ横の地面が抉れる。
【叡智と探求の女神:彼女の言うことは無視しなさい、ライト。
貴方の魔力総量と【火種】の火力では、オークの分厚い脂肪と筋肉を貫通できない。
ただの火傷を負わせて、相手を逆上させるだけよ】
【美と闘争の女神:はあ? 理屈ばっかりこねてんじゃないわよ。
威力が足りないなら、当たる瞬間に魔力を一点に極限圧縮すればいいじゃない!
剣に【火種】を纏わせて、超高温の刃にすれば切れるでしょ!】
【叡智と探求の女神:なに馬鹿なことを言ってるのよ。
下級魔法を物理兵器に定着させるには、高度な魔力制御と術式の再構築が必要よ。
今の彼の底辺な演算能力でできるわけが――】
二柱の最高位女神が、僕の配信枠(コメント欄)でバチバチと言い争いを始めた。
理詰めと効率を重視する叡智の女神と、勢いと火力を愛する闘争の女神。
(ど、どうすれば……! このままじゃ追いつかれる!)
背後からは、地響きを立てて五体のオークが迫っている。
岩山の亀裂まではあと十メートル。
だが、間に合わない。
一番足の速いオークが跳躍し、僕の背中へ向けて巨大な棍棒を振り下ろそうとしていた。
万事休す。
だが、その絶望の瞬間に、あの軽快なシステム音が僕の脳内に鳴り響いた。
【条件達成:視聴者たちによる『高度な戦術理論(撤退・地形利用)』と『無茶振り(魔力圧縮・魔法剣)』を受信しました】
【例外権能:『視聴者顕現』が起動します】
「……ッ!」
【コメント内の概念『熱エネルギーの極限圧縮』『魔力制御の最適化』を抽出。対象の魔力演算回路を強制的にオーバークロックします。
……警告:魔力(MP)の激しい消耗、および肉体への過負荷が予想されます】
その瞬間、頭の奥で「ブツンッ」と何かが焼き切れるような音がした。
例外スキルは、相反する二つのコメントを融合させ、僕の脳と体に強制的な『最適解』を叩き込んだ。




