女神様のお友達とDランクの壁
神界における『下界救済システム』の配信は、非常にシビアなアルゴリズムで管理されている。
僕のような下級神の配信は、プラットフォームの検索の奥底に沈められ、誰の目にも触れることはない。
空中に浮かぶウィンドウの視聴者数は、今日も『1』。
だが、そのたった一人のリスナーが、僕にとっては神界で最も重く、心強い存在だった。
【美と闘争の女神:さあ、今日も私の退屈を紛らわせるような配信を期待しているわよ、ライト】
「はい! 見ていただきありがとうございます。
今日は、昇格して初めてのDランクダンジョン『咆哮する豚鬼の谷』を探索します」
僕はカメラ(光球)に向かって一礼し、荒涼とした岩山を歩き始めた。
体には、女神様から昇格の前祝いとして贈られた純白の神官服。
腰には白銀の直剣が提げられている。
Eランクの『這い寄る粘液の洞窟』とは比べ物にならない、獣の体臭と血の匂いが入り混じったヒリヒリとする空気感。
僕は気を引き締め、白銀の剣の柄に手をかけた。
「ブモォォォッ!!」
突如、岩陰から地響きを立てて巨大な魔物が姿を現した。
身の丈二メートル近い、筋骨隆々の豚頭の亜人――オークだ。
手には丸太のような棍棒を握りしめている。
【対象:豚鬼】
【脅威度:D】
「出たな……!」
僕は白銀の剣を引き抜き、オークに向かって踏み込んだ。
死神騎士の絶望的な速度に比べれば、オークの動きは目で追える。
僕はオークが棍棒を振り下ろすより早く懐に潜り込み、その分厚い胴体に向けて剣を一閃した。
――ガキンッ!
「えっ……!?」
手に強烈な痺れが走り、僕は弾き飛ばされて地面を転がった。
オークの腹には浅い切り傷ができただけで、致命傷には程遠い。
「痛っ……! なんで……剣は最高級のはずなのに!」
オークが怒り狂い、咆哮を上げて棍棒を振り回す。
僕は泥まみれになりながら、必死に回避に専念した。
(そうか……! 武器がいくら良くても、僕自身の『筋力(STR)』が底辺のままだから、装甲のようなオークの筋肉を断ち切れないんだ!)
死神騎士の時は、「奇策」で勝てただけだ。
純粋な物理攻撃では、僕はまだDランクの魔物すら倒せない。
これが、ごまかしの利かないDランクの壁。
防戦一方になり、息が上がってきたその時だった。
ピコンッ、と通知音が鳴った。
【現在の視聴者数:2】
「え……?」
増えた。
そして、コメント欄に見慣れないアイコンのテキストが流れる。
【???:これが貴女の言っていた面白いオモチャ?
……ただの非力な下級神じゃない。
上質な剣の重さに、自分自身の体幹が振り回されているわ】
【美と闘争の女神:あら、来てくれたのね。
ふふっ、見限るのはまだ早いわよ?】
誰だ? 女神様の知り合いだろうか。
【???:見ていられないわね。
いい? 筋力が足りないなら、剣の『遠心力』と『重心』を使いなさい。
踏み込む時の軸足がブレているから、斬撃に体重が乗らないのよ】
そのコメントが表示された瞬間だった。
僕の脳内に、激しいアラートが鳴り響く。
【条件達成:視聴者からの『的確な技術的指摘』を受信しました】
【例外権能:『視聴者顕現』が起動します】
【コメント内の概念『剣の重心操作』および『体幹の安定』を抽出。対象の戦闘技術へ一時的に強制インストールします】
「……ッ!」
僕の体に、不思議な感覚が降りてきた。
ただのステータスアップではない。
頭ではなく「筋肉」と「骨」が、剣の正しい振り方を一瞬で理解したような感覚。
オークが、丸太のような棍棒を大上段から振り下ろしてくる。
さっきまでの僕なら、慌てて後ろに逃げていただろう。
「……軸足を、固定!」
僕は逃げず、ギリギリまで引きつけてから半歩だけ斜め前に踏み込んだ。
視聴者のコメント通りに体幹を意識すると、あんなに重く感じていた白銀の剣が、まるで羽のように軽く感じられた。
遠心力を乗せ、オークの棍棒を滑らせるようにいなしながら、剣の重心を先端へと移動させる。
「そこだっ!!」
ズバァァァンッ!!
すれ違いざまの一閃。
今度は弾かれなかった。
僕の筋力ではなく、剣の重さと遠心力、そしてオーク自身の突進力を利用した完璧なカウンターが、オークの太い首を深々と薙ぎ払っていた。
「ブ、モ……?」
オークの巨体がドスンドスンと二歩歩き……そのまま地面に崩れ落ち、光の粒子となって消滅した。
【Dランク魔物:豚鬼の討伐を確認】
【存在値+50を獲得しました】
「はぁっ、はぁっ……! た、倒せた……!」
僕は膝をつき、荒い息を吐き出した。
一撃必殺のチート能力じゃない。
僕自身の戦い方を「最適化」してくれたんだ。
空中のウィンドウを見ると、新しく来た視聴者がコメントを残していた。
【???:……なるほど。ただのステータス強化ではなく、視聴者の『指摘』を、自身の戦闘プロセスの最適化に強制変換したのね】
【???:理外の権能……確かに興味深いわ。
少しだけ、貴方の成長を観察してあげることにするわ】
【システム:『叡智と探求の女神』からの継続視聴を確認しました】
「叡智と探求の女神……! 美と闘争の女神様に続いて、また最高位の女神様!?」
僕は目を丸くした。
視聴者数は、たったの『2』。
でも、神界で最も影響力を持つトップの女神様たちが、僕の配信枠に居座っている。
【美と闘争の女神:ふふっ、私の親友は見る目が厳しいわよ? せいぜい良い所を見せなさいな、ライト】
「はい……! ありがとうございます、お二人とも!」
僕は剣についた汚れを払い、立ち上がった。
視聴者からの的確な指示があればあるほど、僕は戦い方を学習し、強くなれる。
いきなり最強にはなれなくても、一歩ずつ、確実に。




