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廃村にてその2


「……そろそろかな」

 僕は木の枝で灰の中から焼け焦げた芋を転がし出し、手でパカッと半分に割った。


 湯気と共に、黄金色に輝くホカホカの果肉が顔を出す。完璧な焼き芋だ。


「熱いから気をつけてください。少しずつ、彼女の口に」

 僕が半分に割った焼き芋を差し出すと、老人は震える手でそれを受け取り、急いで地下室に戻った。


 そして、倒れているシエルの口元に、冷ました芋を小さく千切って運んだ。

「……ん……っ。あまい……あったかい……」


 シエルの閉じていた瞼がゆっくりと開き、彼女は自ら起き上がって芋を両手で掴み、夢中で頬張り始めた。


空っぽだった胃袋に温かい食事が入り、凍えていた体が芯から温められていく。


「んぐっ……! ケホッ、ゲホッ!」

 しかし、急いで飲み込もうとしたシエルが、胸を叩いて苦しそうに咳き込んだ。


 ただでさえ水分の少ない焼き芋だ。

 飢餓状態でカラカラに乾いた喉には詰まりやすい。


「シエル!? ああ、しまった、水……飲み水がない! 神官様、すまねえ、何か水筒のようなものは……ッ!」


「ごめんなさい、僕は手ぶらで……っ!」

 老人がパニックに陥り、僕も慌てて周囲を見渡す。


 この村の井戸は瘴気で汚染されて使い物にならないと、先ほど聞いたばかりだ。インベントリにも水はない。


【美と闘争の女神:ちょっと! 喉に詰まらせて死ぬなんて一番ダサい死に方よ!

アンタ魔法使えるんだから、さっさと水くらい出しなさいな!】


「む、無理ですよ! 僕が使えるのは【火種】だけなんです! 水属性なんて持ってません!」


 僕がカメラに向かって悲痛な声を上げた、その時だった。


【叡智と探求の女神:落ち着きなさい、ライト。

火も水も、元を辿れば同じ純粋な魔力マナの変換現象に過ぎないわ。

貴方の魔力波長が『熱(発火)』に偏っているだけよ】


【叡智と探求の女神:炎を生み出す感覚のまま、ベクトルを反転させなさい。

熱の放出ではなく、熱の『吸収と凝結』をイメージするの。

大気中の水分を魔力で縛り上げ、物質化しなさい!】


 またしても、とんでもない無茶振りだ。

 属性の壁を越えるなんて、何十年も修行を積んだ上位の魔法使いにしかできない芸当のはずだ。


 だが。

 ――ピコンッ。

【条件達成:視聴者たちによる『属性波長の強制反転』と『水分の生成』を受信しました】


例外権能エクセプション:『視聴者顕現オーディエンス・ハック』が起動します】


【コメント内の概念『熱の吸収と凝結』を抽出。

対象ライトの魔力回路を拡張し、新規スキルを顕在化させます】


「……ッ!」

 僕の脳内に、今まで感じたことのない「冷たくて澄んだ」魔力の通り道が、無理やりこじ開けられるような感覚が走った。


 熱を生み出すのとは正反対の、静かで透明な波長。

 例外スキルが、女神様たちのコメントを『新しい魔法の設計図』として僕の魂に刻み込んだのだ。


「おじいさん、その木の器を!」

 僕は老人が持っていた空の木のうつわを手に取り、その上に両手をかざした。


「スキル顕在化……ッ! ――【水滴ウォータードロップ】!!」

 僕の手のひらを中心に、周囲の空気が急速に冷え込んだ。


 大気中の水分が僕の魔力に引かれ、みるみるうちに凝結していく。


 ポタッ、ポタッ、という水滴の音は、瞬く間にサラサラと流れる清流の音へと変わり、木の器を澄み切った水で満たしていった。


「おお……! まさか、水まで生み出せるとは……!」

「シエルちゃん、ゆっくり飲んで」


 僕が器を差し出すと、シエルはそれにすがりつくようにして水を口に含んだ。


「コクッ……、ゴクッ、ゴクッ……ぷはぁっ……」

 シエルが夢中で水を飲み干す。

 喉の詰まりが取れ、僕の魔力で生成された清浄な水が、干からびた体に染み渡っていく。


 彼女は大きく息を吐き出すと、ふにゃりと、年相応の安心しきった笑顔を浮かべた。


「……おいしい。お水、冷たくてすっごくおいしいよ、おじいちゃん」


「シエル……! おお、よかった、本当によかった……ッ!」

 老人はシエルを強く抱きしめ、泥だらけの顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた。


 焼き芋と、一杯の澄んだ水。

 たったそれだけのことが、彼らにとっては命を繋ぐ何よりの奇跡だったのだ。


【美と闘争の女神:……ふん。水くらい出せて当然よ。

でも、焦ってパニックになってた割には、ちゃんと間に合わせたわね】


【叡智と探求の女神:属性の反転による新規スキルの獲得……やはり、貴方の例外権能は底が知れないわね。

魔力の変換効率も悪くないわ。見事なリカバリーよ】


 二柱の女神様も、この展開を温かく見守ってくれているようだった。


「シエル……! おお、神よ……! ありがとうございます、神官様……ッ!」


 老人もまた、泥だらけの顔をくしゃくしゃにして泣きながら、残りの芋を口に運んだ。


 その光景を見ていると、僕の胸の奥に、神界の無機質なオフィスでは決して味わえなかった温かいものが込み上げてきた。


「神官様……。この御恩は、生涯忘れません。本当に、本当にありがとうございます……ッ!」


 お腹を満たした老人とシエルが、僕に向かって深く、心の底からの祈りを捧げるように手を合わせた。


 ――その時だった。

 ピロンッ!

 突然、僕の懐の端末から、激しい通知音が鳴り響いた。


【システム:下界の生命体からの『信仰』を受信しました】

【対象者が貴方を神と認識していないため、信仰心は『概念評価』として変換されます】


【警告:システム外からのポイント流入です。存在値+5000を獲得しました】


「……えっ?」

 僕はこっそりと端末を見て息を呑んだ。

 存在値(KPI)が、一気に五千も跳ね上がったのだ。


 スパチャを投げたのは、二柱の女神ではない。

 彼らからの『純粋な感謝』が、そのままシステムをハッキングして、僕の存在値として直接加算されたのだ。


【叡智と探求の女神:……なるほど。上級神からの『視聴スパチャ』だけじゃない。

貴方は、下界の民を直接救い、感謝を得ることで、システムを介さずに自己の存在値を上げることができるのね】


 神界の人事局が定めた、上司の顔色を窺うためのKPI。

 そんなものに縛られなくても、僕は自分の力で、直接評価を稼ぐことができると言うことだ。


「おじいさん、シエルちゃん」

 僕はパチパチと爆ぜる焚き火越しに、二人を見た。


「僕はこの土地に留まって、少し長めの『布教活動』……いえ、開拓をしようと思います。もしよかったら、手伝ってもらえませんか?」


「手伝うだなんてとんでもない! 命の恩人である神官様の仰ることなら、何でも従いますじゃ!」


「わたしも、おてつだいする!」

 神であることを隠した、一人の『神官』としてのスローライフ。


 温かい焚き火と焼き芋の匂いに包まれながら、僕の村おこし配信が、ゆっくりと動き始めた。


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