廃村にてその1
巨大な呪樹を討伐し、赤黒いヘドロに覆われていた大地をダイナミックに耕し終えた後。
僕はふかふかになった黒土を踏みしめながら、周囲の探索を始めていた。
瘴気が晴れたことで視界が広がり、谷の奥に人工物の残骸があるのが見えたのだ。
崩れ落ちた石積みの壁、朽ち果てた木材、そして雑草に埋もれた井戸の跡。
かつてここがアデル区画の「村」だったことを示す痕跡である。
「ひどい有様だな……。これ、本当に村として再建できるのかな」
神界の人事局(ブラック企業)から押し付けられた『拠点再建』のノルマ。更地から村を作るなんて、一人じゃ到底不可能に思える。
【叡智と探求の女神:……ライト、立ち止まりなさい。右斜め前方の崩れた小屋の跡地、地下から微弱な生命反応が検出されたわ。魔物じゃない。下界の人間よ】
【美と闘争の女神:あら、こんな瘴気まみれの場所で生き残ってた奴がいるの? 随分としぶといわね】
二柱の女神様からのコメント(指示)を受け、僕は慎重に崩れた小屋へと近づいた。
瓦礫を退けると、地面に隠し扉のような木の板が見つかった。地下室、あるいは避難用のシェルターだろうか。
木の板をゆっくりと持ち上げる。
ギィィ……という軋む音と共に、暗い地下室から強烈な警戒と恐怖の視線が向けられた。
「来たな……!化け物め、これ以上近づくなら刺すぞ!!」
飛び出してきたのは、錆びた農具のフォークを震える手で構えた、痩せこけた白髪の老人だった。
その背中の後ろには、ボロボロの服を着た十歳くらいの小さな少女が、恐怖に顔を引きつらせて蹲っている。
二人とも、頬がゲッソリとこけ、泥と煤にまみれていた。限界ギリギリの飢餓状態だ。
「落ち着いてください! 僕は化け物じゃありません。
……怪しい者じゃないです」
僕は慌てて両手を上げ、敵意がないことを示した。
「ひ、人……? いや、騙されんぞ! こんな呪われた死の土地に、人が来るわけがない! 盗賊か、それとも邪教徒か!」
「違います。僕は……ええと、ライト。ただの『流れの神官』です。
旅の途中でこの土地の瘴気に気づいて、先ほど元凶の魔物を浄化したところなんです」
咄嗟に『神官』の身分をでっち上げた。
ここで「僕、神様です。これからこの村を管理します」なんて言っても絶対に信じてもらえないし、無用な警戒を抱かせるだけだ。
「神官……様? 本当に……魔物を、倒してくださったのか……?」
老人が半信半疑でフォークを下ろした、その時だった。
「おじいちゃん……わたし、……お腹、すい……た……」
背後にいた少女が、糸が切れたようにその場にパタリと倒れ込んだ。
限界だった体力が、魔物の脅威が去ったという安心感で一気に尽きたのだ。
「シエル!! しっかりしろ、シエル! ああ、誰か……誰か助けてくれ……ッ!」
老人が少女――シエルにすがりつき、悲痛な声を上げる。
「見せてください!」
僕は急いで地下室に降り、シエルの体に触れた。
脈が弱く、体温も低い。
すぐに栄養と水分を摂らせないと命に関わる。
だが、僕のインベントリ(持ち物)には、神界で支給された回復薬一つ入っていない。
「おじいさん、何か食べ物は!? 少しでもいいんです!」
「な、何もない……! 備蓄の干し肉はひと月前に底を突き、ここ数日は地下に生える苔を啜って命を繋いでいたんじゃ……!
あとは、この……干からびた『クズ芋』の種が一つあるだけで……」
老人が震える手で懐から取り出したのは、石のようにカチカチに乾燥した、小さな黒い種芋だった。
普通なら、水につけても芽が出るかわからないような代物だ。
「……その種芋、貸してください。神官としての『奇跡』をお見せします」
僕は老人から種芋を受け取ると、地下室を飛び出し、先ほど耕したばかりのふかふかの黒土の中にそれを埋めた。
【美と闘争の女神:なるほど、そういうことね! いいわライト、私の神力を貸してあげる!
大地に闘気と活力を叩き込んで、一秒で収穫まで持っていきなさい!】
【叡智と探求の女神:力任せはダメよ。土壌のミネラルを調整し、植物の細胞分裂に特化したベクトルで魔力を流し込むの。
……ただ、神族だとバレないように、魔力光は最小限に抑えなさい】
女神様たちの的確なコメントが、僕の脳内で組み合わされる。
神の権能を、あくまで「優秀な神官の高度な植物魔法」のレベルに偽装しつつ、極限まで効率化する。
【例外権能:『視聴者顕現』起動】
「……《豊穣の祈り》」
僕は適当な魔法名を口にしながら、静かに、だが膨大な魔力を黒土へと注ぎ込んだ。
淡い緑色の温かい光が土を覆う。
ゴゴゴ……と小さく土が蠢き、芽が出たかと思うと、あっという間に葉が茂り、白い花が咲いて散った。ほんの数十秒の出来事だ。
僕はボコッと盛り上がった土の中に手を突っ込み、太い蔓を引き抜いた。
「よし……!」
蔓の先には、大人のこぶしよりも巨大なジャガイモが何個も鈴なりになっていた。
泥だらけの、生のジャガイモだ。
「な、なんだそれは……!? 一瞬で、作物が育った……!?」
「でも、生のままじゃ食べられません。すぐに火を起こします」
驚いて腰を抜かす老人をよそに、僕は崩れた小屋の残骸から、よく乾いていそうな木材の破片をかき集めた。
それらを土の上に組み上げ、指先を向ける。
「スキル発動。――【火種】」
パチッ、と小さな火花が飛び、乾いた木材にあっという間に燃え移った。
僕が持つ最底辺の初期スキル。
戦闘では使い物にならなかったこの小さな炎も、薪に火をつけるという本来の用途(生活魔法)においては完璧な仕事をしてくれる。
僕は泥を落とした芋をいくつか、燃え盛る火のそばの灰の中に放り込んだ。
【美と闘争の女神:ちょっと! 悠長に焚き火なんかしてないで、さっきみたいに炎の魔力を極限圧縮して一瞬で焼き上げなさいな!】
【叡智と探求の女神:バカ言わないで。焦げ炭を作ってどうするの。ライト、火力が強すぎないように【火種】の出力を一定に保ちなさい。
遠赤外線効果で芯まで熱を通すのよ】
脳内で騒ぐ女神様たちのコメントに苦笑しながら、僕は適度に木を動かし、火加減を調整した。
しばらくすると、灰の中からパチパチという音と共に、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。




