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第3章 設計者を狩る者たち

「……おい、ちょっと待て。多くないか」


俺は設計画面の端に並んだ赤い反応を見て、素で引いた。


迷宮外周部、侵入経路候補、上層接続点、反響異常、魔力探知、その他もろもろ。青い半透明の画面に、今まではぽつ、ぽつ、としか出なかった反応が、今日はやたら元気だ。元気すぎる。学校行事の前日に張り切る実行委員か。


「未確認迷宮の噂が拡散している」


アーキヴがいつもの無表情で言う。


「発見されるのは時間の問題だった」


「時間の問題っていうか、もう発見された後じゃないか」


俺の隣で、スズが壁にもたれて端末をいじっている。肩の小型カメラは外してある。さすがにここをそのまま流したら、俺の秘密基地が今日で終わる。いや、秘密基地って歳でもないが、呼び方が可愛いので採用している。


「ニュース系配信でも回ってる。『突然現れた未確認構造』『上層地形の異常変動』『攻略不可能な新迷宮か』って」


「嫌なワードばっか並べるな」


「自業自得でしょ。あんた、罠にこだわりすぎなのよ」


「こだわりではない。美学だ」


「迷宮の美学が物騒すぎる」


そう言いながら、スズは端末の画面を俺に向けてきた。ニュースサイトの見出しがいくつも並んでいる。どれも胡散臭い顔でこっちを見てくる。


《都内ダンジョンに未確認深層ルート》

《探索局、異常構造を調査へ》

《人気配信者・橘スズ、調査動画を予告か》


「最後のやつ、お前じゃん」


「してない。予告してない。勝手に予告された」


「有名人って大変だな」


「バズったことないやつの感想が軽い」


俺は鼻を鳴らして、設計台の前に座る。ここ数日で中枢区画はだいぶそれっぽくなった。最初は寝台と収納箱と加工台だけだったのに、今では壁面棚、採掘用の搬送路、素材分解室、罠制御盤、簡易風呂もどきまでできている。風呂もどきは重要だ。ダンジョン暮らしで一番大事なのは清潔と睡眠だと、俺の中の常識的な部分が言っている。


「で、どれくらいまずい」


スズが真顔で聞く。


俺は赤い反応の密度を見て、軽く息を吐いた。


「探索者が来るだけならまだいい。面倒だけど、罠増やせば済む。問題は――」


「探索局」


声が重なった。


俺はうなずく。


探索局。国家直属のダンジョン管理機関。免許発行、危険区域の封鎖、災害時の出動、違法探索者の摘発、あと表向きは市民の安全を守る偉い人たち。だが“表向きは”って言葉が似合う組織でもある。特に、こういうイレギュラー案件になると。


「未確認構造が出た時点で、普通の調査班じゃ済まない」


スズが腕を組む。


「上は絶対、“管理しろ”って言う」


「俺は缶詰でも危険物でもないんだが」


「向こうにとってはその両方みたいなもんでしょ」


言い方は雑だが、まあ合っている気もする。俺自身、今の能力をまだ全部理解していない。理解していない力を持ってるやつが野放しだったら、管理側が嫌な顔をするのはわかる。わかるが、だからといって素直に捕まる気はない。


捕まって、はい没収、はい研究対象、はい安全のため隔離です、なんて冗談じゃない。


せっかく手に入れたんだ。この場所を。


「アーキヴ」


「なんだ」


「探索局って、設計者のこと知ってるのか」


アーキヴはほんの少しだけ間を置いた。珍しい。こいつがためらうの、初めて見たかもしれない。


「知っている者はいる」


「曖昧だな」


「組織全体ではない。ごく一部だ」


「つまり厄介な秘密を握ってる部署がある、と」


「そういうことになる」


なるほど。最悪寄りのなるほどだ。


俺が眉を寄せていると、設計画面に新しい表示が弾けた。


【外周部に高密度探査反応】

【対人侵入想定:6】

【上層接続点より接近】


「来たか」


俺は立ち上がる。


スズも同時に腰の短剣に手をかけた。ここ数日でわかったが、こいつは口より先に足が動くタイプだ。いや、口もよく動くけど。


「配信機材なしで潜る探索局って、だいぶ本気ね」


「お前基準が配信なの、ブレないな」


「仕事だから」


「職業意識が強い」


俺は画面を拡大する。六人。一般探索者の動きじゃない。隊列が綺麗すぎる。先頭と後衛の間隔、索敵役の位置取り、無駄のない進み方。訓練されている。


「特殊部隊か」


「ぽいわね」


「歓迎したくねえ客ナンバーワンだな」


そう言いつつ、俺は通路の再構成を始める。殺傷系は避ける。探索局相手に死人が出たら、事態が面倒どころじゃ済まない。向こうがどう出るかわからない以上、こっちは“危険だけど致命傷ではない”のラインで止める必要がある。


迷路化。回転壁。視界妨害の発光霧。歩くと元の位置に戻るループ廊下。床の向きだけを微妙にずらして平衡感覚を狂わせる傾斜区画。ついでに、疲労感を煽る低周波反響。


「性格出てるわねえ」


スズが半目で言う。


「褒めるな」


「褒めてない」


「じゃあ黙っとけ」


「無茶言う」


アーキヴが俺の作業を横から見ていた。


「殺さないのか」


「物騒だな。俺を何だと思ってる」


「迷宮の主」


「確かに響きは悪役寄りだが」


「非殺傷設計は効率が悪い」


「でも、必要だ」


俺は画面から目を離さずに答える。


「俺は居場所を守りたいだけで、誰かを殺して飾りたいわけじゃない」


アーキヴは黙る。否定も肯定もしない。その沈黙が、妙に引っかかった。


だが考えている暇はない。侵入者はもう第一関門にかかっている。


俺たちは監視穴へ移動した。石壁の細い隙間から、探索局の部隊が見える。全員、灰色ベースの軽装甲。局の正式装備だ。胸元に小さな識別章。先頭は盾役、中衛に探知系、後方に封印具を持ったやつが二人。


「拘束前提ね」


スズが舌打ちする。


「ずいぶん丁寧なお出迎えだな」


俺が鼻で笑った、その時だった。


部隊の最後尾から、一人だけ別格の気配が前に出る。


黒いロングコート。無駄のない立ち姿。年齢は三十代半ばくらいか。整った顔立ちだが、やさしさで整っているわけじゃない。刃物みたいに整っている。目が冷たいというより、静かだ。感情を凍らせたあと、その上からさらに蓋をしたみたいな静けさ。


「あれがトップね」


スズが低く言う。


「誰だ」


「冬城蓮司。探索局特別管理室長」


俺は視線を細める。


特別管理室。嫌な部署名だな。普通に生きていて関わりたくない名前ランキング、かなり上位だ。


冬城は周囲を見回し、迷路化した通路の先で立ち止まった部下たちに短く指示を出す。声はここまで届かないが、身振りだけで十分伝わる。冷静だ。慌てない。恐れない。だからたぶん、一番面倒なタイプだ。


部下たちが迷路に飲まれ始める。ループ廊下で三周、回転壁で分断、発光霧で視界を奪われ、傾斜床で足を取られ、疲労音で苛立つ。わりと完璧だ。見ていて気持ちいい。


「ふっ」


思わず笑う。


「顔が悪い」


「今日も元気だな、その感想」


だが、冬城だけは違った。


彼は部下たちとは別ルートを選ぶように、一見ただの壁に見える箇所へ触れる。しかも、正確に俺が設計した“意図の薄い継ぎ目”をなぞるみたいに。


次の瞬間、彼は壁を迂回して、最短距離に近い経路を進み始めた。


「は?」


「見抜いてる」


スズが顔をしかめる。


「勘じゃない。構造そのものを読んでる」


俺は喉の奥がひやりとした。


地図が読めるとか、罠を見抜くとか、そういう次元じゃない。あいつは迷宮を“作った側の思考”ごと読んでいる。なんでだ。


アーキヴがぽつりと呟いた。


「十年前の残滓を知っているのかもしれない」


「残滓?」


「前任者の迷宮に触れた人間は、稀に構造癖を記憶する」


「そんな厄介な学習機能あるなら先に言えよ」


冬城は一人で中層を抜け、ついに中枢区画の手前まで来る。部下たちはまだ外周でぐるぐる回ってるのに、ボスだけ来るな。ゲームバランスが悪い。


「どうする」


スズが俺を見る。


「……会う」


「大丈夫?」


「大丈夫じゃないけど、避け続けるのも無理だ」


俺は一度深呼吸し、隠し壁を開いた。


冷たい空気が流れ込む。中枢前の石の広間に、冬城蓮司が一人で立っていた。背後には複数の閉じた壁。帰路は残してあるが、こちらの意志ひとつで塞げる距離だ。


それでも、男は一歩も引かない。


「ようこそ、未確認迷宮へ」


俺は軽口っぽく言ってみる。こういうとき、黙ってると負けた気になるからな。


冬城の視線が俺に向く。驚きはない。予想通り、という顔でもない。ただ事実を確認しただけの目だ。


「朝霧カナタ、で間違いないな」


「そっちは名乗らなくてもわかる。探索局の偉い人だろ」


「冬城蓮司。探索局特別管理室長」


「ご丁寧にどうも。で、逮捕状でも持ってきた?」


「必要なら後から出す」


「先に来るものじゃないのか、それ」


「現場判断だ」


淡々としている。抑揚が薄い。だが、その一つひとつが妙に重い。軽口が石に吸われていく感じだ。


スズが俺の半歩後ろに立つ。冬城は彼女にも一瞬だけ視線を向けた。


「橘スズ。監視対象から協力者に変わったか」


「その言い方、感じ悪いわね」


「事実を言っただけだ」


「最悪」


「同感だ」


俺が言うと、冬城はほんのわずかに目を細めた。


「君はまだ軽口を叩けるらしい」


「緊張すると口数増えるんで」


「そうか」


短い沈黙。


広間の天井から水滴が落ちる。ぴちゃん、とやけに大きく響いた。


冬城が先に口を開く。


「その力はいずれ人を壊す」


真正面からだった。前置きもなく、まっすぐ。


俺は眉をひそめる。


「会って一言目がそれかよ。もう少しアイスブレイクとかないのか」


「必要ない」


「友達少なそうだな」


「少ない」


返しが早いのに、空気はちっとも和まない。困る。


だが俺は笑ったまま返す。


「壊すかどうかは使い方だろ。刃物だって料理にも使うし、脅しにも使う」


「個人の善意ほど信用できないものはない」


それが、冬城の口癖なんだろうとすぐわかった。あまりに淀みがない。


「善意は状況で裏返る。追い詰められた人間は、自分で思う以上に脆い」


「だから管理しろって?」


「だから隔離しろ、だ」


その言い方に、胸の中で何かがきしむ。


隔離。


その響きは、俺が一番嫌うものに近い。要らないから脇へ寄せる、危ないから見えないところへ押し込む。名前は違っても、中身は似てる。


「断る」


俺は即答した。


「ここは俺の場所だ。勝手に回収されてたまるか」


「場所、か」


冬城の声が、初めてほんの少し揺れた気がした。


「十年前も、そう言った男がいた」


俺は息を止める。


スズも横で表情を変えた。


冬城は視線を少しだけ落とす。だが、そこに感傷はない。ただ思い出を切り出しているだけだ。


「東京陥没事故。公式記録では異空間災害だ。だが実際は違う」


俺の背後で、アーキヴが静かに目を伏せた。


「設計者がいた」


俺は言葉を飲み込む。


冬城は続ける。


「当時の設計者は、力を拡張し続けた。誰にも認められず、誰にも止められず、やがて迷宮そのものを私物化した。気に入らない人間を閉じ込め、逃げ道を奪い、現実側の構造まで歪めた」


空気が冷える。


石壁の向こうで、迷宮の駆動音が低く鳴った。


「俺は現場にいた」


冬城の声は平らだ。平らなのに、その底だけが深い。


「止められなかった。妹を失った」


スズが小さく息を呑む。


俺も、言葉が出なかった。


この男の冷たさが、生まれつきの性格じゃないことくらいはわかる。何かを守れなかった人間だけが持つ種類の沈黙だ。


それでも、だからといって俺がうなずくわけじゃない。


「……それを俺に重ねるのか」


「重ねる」


冬城は即答した。


「力の性質が同じだ」


「でも、俺はそいつじゃない」


「今は違っても、追い詰められた時に同じ選択をしない保証がない」


「そんなもん、誰にでも言えるだろ」


言い返した声が、思ったより強く出た。


「追い詰められたら誰だって壊れる可能性はある。探索局だって、S級探索者だって、配信者だって、教師だってそうだ。なんで俺だけ最初から“危険物”扱いなんだよ」


冬城の目が、初めて真っ直ぐ俺を射抜く。


「迷宮は、人より多くを巻き込める」


その一言が、妙に重かった。


俺は反論しようとして、喉が詰まる。


巻き込める。たしかにそうだ。壁を動かし、道を変え、出口を消せる力だ。守れるのと同じくらい、閉じ込めることもできる。


その可能性を、俺は知っている。


知っていて、見ないふりをしていた。


「お前は世界に一人の設計者だ」


唐突に、アーキヴが口を開いた。


冬城が視線だけをそちらへ向ける。彼にアーキヴが見えているのか、一瞬判断に迷った。だが、どうやら見えているらしい。ほんのわずかに目が険しくなった。


「やはり残留人格がいたか」


「え、見えてんの?」


俺が振り向くと、アーキヴは面倒そうにうなずいた。


「条件次第では知覚される」


「便利なのか不便なのかどっちだよ」


「今は重要ではない」


もっともだが、納得はいかない。


アーキヴは俺を見る。


「朝霧カナタ。お前は継承者だ。設計権限を持つ者は一人だけ。死亡した時、権限は別の適合者へ移る」


「一人、だけ」


「そうだ」


背中に冷たい汗が流れる。


軽く聞こえる単語じゃない。唯一とか特別とか、そういうのは物語の中では派手だが、現実に持たされると単純に重い。責任も敵意も、全部ひとりぶんで飛んでくる。


「それ、もっと早く言えよ」


「言う機会がなかった」


「機会は作れ」


「善処する」


「今さら仕事できる部下みたいなこと言うな」


だが冗談で薄めても、心のざわつきは消えない。


冬城が静かに言う。


「君は理解すべきだ。その力の意味を」


「理解してるつもりだ」


「足りない」


「そっちは何を知ってる」


俺が睨むと、冬城は少しだけ逡巡し、それから腰の端末を操作した。


空中に、青白い記録映像が投影される。


古い。画質が荒い。暗い石室。中央に座り込んだ青年が映っている。年齢は二十代前半くらいか。目の下に濃い隈、痩せた頬、指先は擦り切れて血が滲んでいる。なのにその顔だけは、どこか必死に笑おうとしている。


『認められたかっただけだ』


映像の青年が言う。


その一言で、広間の空気が固まった気がした。


『俺が作ったんだ。俺が守ったんだ。俺が全部、繋いだんだ。なのに誰も見ない。誰も覚えない。だったら、見えるまで大きくすればいいだろ』


心臓が、ひどく嫌な音を立てた。


わかってしまうからだ。


全部じゃない。全部同じでもない。でも、“認められたかっただけ”という、その骨の部分だけは、笑えないほどわかる。


俺もずっと、そうだった。


手柄を横取りされるたび、見えない役割に押し込まれるたび、心のどこかで叫んでた。


ちゃんと見ろよ、って。


俺がやったんだ、って。


「……消せ」


気づけば、そう言っていた。


冬城が映像を止める。


「自分に似ていると思ったか」


「うるさい」


声が低くなる。


スズが横で俺を見た。心配と、何か言いたいのを我慢してる顔。こいつ、意外とそういう顔をする。


俺は奥歯を噛む。


似てる。似てるから、嫌だ。


あいつみたいになりたくない。でも、“ならない”と胸を張れるほど、俺は自分を信用できてもいない。


冬城はその反応を見て、小さく言った。


「迷うなら、今のうちに手放せ」


「……嫌だ」


「なぜだ」


「やっと手に入れたんだよ」


言葉が勝手に出た。


「誰にも奪われない場所を。俺が作って、俺が守れて、俺がいていいって思える場所を。そんなもん、今さらはいどうぞって渡せるわけないだろ」


沈黙が落ちる。


冬城の目は相変わらず静かだ。だが、その奥にわずかに揺れるものがあった。理解か、諦めか、あるいはその両方か。


「だから危険なんだ」


彼は言った。


「居場所を力で固定しようとする時、人は壊れる」


「固定して何が悪い」


「居場所は奪うものではないからだ」


「奪われてばっかだったやつにそれ言うの、だいぶ残酷だな」


俺が笑うと、スズが横で小さく舌打ちした。


「ほんと、感じ悪い大人」


「感情で現実は変わらない」


冬城はそう返した。


「なら力で変えるしかないでしょ」


スズが一歩前へ出る。


「カナタは少なくとも、最初から誰かを閉じ込めるためにこれ使ってない。生き残るために作って、守るために広げてる。そこを無視して“危険だから回収”って、あんたたちの方が乱暴よ」


冬城は彼女を見る。


「君はいずれ、その善意に巻き込まれる」


「善意で巻き込まれるなら、その時ぶん殴るわ」


「口が悪い」


「今さら」


俺とスズの声が重なって、なぜか少しだけ場が緩んだ。


……ほんの少しだけ、だが。


そのとき。


広間の奥、上層接続側の壁が、ばき、と嫌な音を立てた。


俺は反射的に画面を開く。外周部の赤反応とは別に、ひとつだけ、やたら速くて強い反応が中層を突っ切ってくる。迷路も罠も、ほぼ無視。いや、破壊してる。


嫌な予感しかしない。


「まさか」


次の瞬間、壁が雷で吹き飛んだ。


白い閃光。焼けた石の匂い。飛び散る破片。


その向こうに立っていたのは、見慣れすぎて逆に腹が立つ顔だった。


「やっと見つけたぞ、カナタ」


九条ハヤトが、口元を吊り上げる。


金色の雷が槍の形を取って、彼の周囲でばちばちと弾けている。相変わらず派手だ。相変わらず、目立つ場所の取り方だけは天才だな。


スズが即座に構える。


「最悪のタイミングで来たわね」


「人気者は遅れて登場するもんだろ」


「その理屈で許されるの、舞台だけよ」


俺は冬城から視線を外さず、でも意識はハヤトへ向ける。


なんでここに来られた。外周の罠は。迷路は。特殊部隊ですら足止めできたのに。


ハヤトは俺の顔を見て、楽しそうに笑う。


「そんな顔するなよ。探すの、大変だったんだぜ?」


「探さなくてよかったのに」


「お前が持ってるもんが、気になって仕方なくてな」


その一言に、背筋が冷えた。


知ってるのか。


全部じゃなくても、何かには気づいている。


ハヤトの視線が、俺の背後の設計台と青い画面へ向く。欲望が、あまりにも露骨だった。


「へえ。面白えな」


雷が弾ける。


「次は全部奪う」


広間の空気が、一気に張り詰めた。


探索局の室長。設計者の記録。唯一の権限。そして、俺を穴に落とした男。


最悪のカードが、一枚の卓に揃いやがった。


俺は息を吐く。


頭の中では、もう迷宮の再構成が始まっている。どの壁を閉じる。どの床を落とす。誰をどこへ誘導する。誰を止めて、誰を見せる。


さっきまでの迷いが、少しだけ形を変える。


怖い。でも、もう立ち止まる暇はない。


――いや、違うな。


今の俺は、止まるんじゃない。考えて作る。


それが俺の戦い方だ。


俺は設計画面を開き直し、口の端を持ち上げる。


「上等だよ、ハヤト」


雷の音に負けないように、はっきりと言う。


「奪えるもんなら、やってみろ」


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