第三章 魔王が本社にクレームを入れてきた
### ――案件No.013 来訪者:魔王ダルドス 申告内容:勇者の品質問題について――
三ヶ月目の出来事は、前の案件とは少し性質が違った。
向こうからやって来たのだ。
朝、会社に出勤すると、エントランスに人が立っていた。
背が高く、細身で、紺色のスーツを着ていた。三十代半ばくらいに見える、整った顔立ちの男性。ビジネス鞄を持ち、髪は左右に二本、小さな角が生えていた。
「……本日はどのようなご用件でしょう」と受付の小春さんが、震えながら聞いた。
「アポなしで失礼します。私、魔王国のダルドスと申します。品質に関するクレームがありまして、直接お伺いしました」
ダルドス。世界七大魔王のうちの一人とされている存在だ。
蓮は「わかりました」と言って、応接室に通した。
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コーヒーを出すと、魔王ダルドスは丁寧に礼を言った。
「本日お伺いしたのは、勇者の品質問題についてです」
「具体的にどのような問題でしょうか」
「率直に言います」とダルドスは言った。「貴社から過去三年で十二体の勇者が我が国に送り込まれましたが、全員、我が軍に敗北しています。品質の一貫性がなく、また毎回レベルが低下している印象があります」
「何か具体的なエピソードはありますか」
「直近では、対峙した瞬間に逃げた者が一名。前回の勇者は三分で泣きました。あれは少し弱すぎる」
蓮はメモを取りながら聞いた。
「なるほど。ただ、魔王との戦闘で敗北している、ということは……魔王国として実害はないのでは?」
「それが問題の核心です」ダルドスが少し身を乗り出した。「魔王というのは、勇者に倒されることで初めて意味を持ちます。強い魔王を強い勇者が倒す。それが世界の秩序です。しかし勇者が弱ければ魔王も弱く見える。我が国の統治に影響が出ます」
「ということは」蓮はメモ帳から顔を上げた。「魔王は勇者に倒されたい、と?」
「……語弊がある言い方をすれば、そうです」
蓮は三十秒ほど黙った。
「失礼ですが、少し整理させてください。ダルドス様の国では、強い勇者が来ることで魔王の威厳が保たれる。しかし現状、派遣される勇者のレベルが下がっているため、魔王が弱く見えている。そのことで統治に問題が生じている。それがクレームの内容ですか」
「正確です」
「……つまり、もっと強い勇者を送ってほしい、と?」
「そういうことになります」
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ここで室田社長が応接室に顔を出した。
「ダルドスか、来たか」と言いながら、自分のコーヒーカップを持って空いている席に座った。「どうぞ続けて」
「ご存知だったんですか」と蓮は聞いた。
「三世代くらい前の魔王も同じクレームを入れてきた。でもその時の担当が上手く対応できなくてうやむやになった案件。今度こそちゃんとやりたいんだよね」と社長はダルドスに言った。
「先代の先代ですね」とダルドスが言った。「あの時は物別れに終わりまして。百年越しの懸案です」
「それ、利益出るのかい?」と室田社長が蓮に向いて言った。
「出す方向で考えます」
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蓮はもう一度、問題を整理した。
魔王側が求めているのは「強い勇者の定期的な派遣」だ。一方、魔王に勇者を送っている各国は「魔王を倒したい」と思っている。しかし実際には勇者が弱すぎて倒せず、魔王も弱く見えて困っている。
つまり双方が困っている。
(勇者にも品質がある。魔王にも品質がある。そしてその品質を担保する仕組みが、今の市場には存在していない)
(これは市場を作れる案件だ)
「提案があります」と蓮は言った。室田社長にも、ダルドスにも聞こえるように。
「聞きましょう」と室田社長。
「ダルドス様と弊社の間で、別途サービス契約を結ぶ。内容は『勇者品質認定制度の運営協力』。魔王国は認定機関として機能し、弊社が送る勇者を定期的に評価してもらう。評価を受けた勇者は『魔王国認定』の実績を得る。派遣先の各国にとっても、認定済みの勇者は信頼できる商品になる」
「勇者を両方に売ることになりませんか」と室田社長が言った。
「売るんじゃなく、品質を担保する仕組みを作るんです。魔王国は認定機関。弊社は派遣会社。各国は品質保証付きの勇者を受け取る。全員が得をする構造です」
ダルドスが静かに言った。「……我が国が、勇者の品質を世界基準として定義する、と」
「名目上は品質管理の協力機関です。世界征服は引き続き建前として維持してもらって構いません。実態は変わらなくていい。肩書きだけ変わる」
ユイのときと同じ手だ、と蓮は思った。
人は肩書きで動く。組織も国家も、魔王国でも同じだ。
ダルドスは三十秒ほど考えた。
「……我が配下は、それを飲むか疑問ですが」
「飲まない配下は?」
「処理します。それが魔王の仕事ですので」
「では問題ありません」
ダルドスが初めて、少し笑った。
「……変わった人間ですね、あなた」
「そう言われることは多いです」
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契約書の草案は翌日に出した。ダルドスが帰り際、応接室を出ながら言った。
「あなたが担当でよかった。百年越しの懸案が、一日で解決するとは思いませんでした」
「それを言っていただけると、仕事の甲斐があります」と蓮は言った。
「仕事が好きですか」
蓮はすこし考えた。
「前の職場では嫌いでしたね。でも今は」
言葉を探していると、小春さんが走ってきた。「神崎さん! 新しいクレームが五件来てます! タケルさんが魔王領の支店を三軒に増やしたとか、ユイさんが帝国の軍制改革に手を出したとか、勇者が現地で結婚したとか――」
「……わかりました、すぐ行きます」
ダルドスを見送りながら、蓮は歩き出した。
複雑で、理不尽で、手間がかかる。でもどこかで誰かが困っていて、自分が動くことで何かが良くなる。
そういう仕事が、嫌いじゃなかった。
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帰還後の報告書に、蓮はこう書いた。
*魔王ダルドス氏との間で「勇者品質認定制度」を締結。弊社・魔王国・各国派遣先の三者にメリットあり。百年越しの懸案、解決。なお勇者にも品質があり、魔王にも品質がある。その仕組みを誰も作っていなかっただけだった、と思う。*
翌朝、蓮のデスクに新しい書類の束が届いていた。
クレーム五件、新規派遣依頼三件。
そしてその中に一枚、封筒があった。差出人:魔王国ダルドス。
開けると、一行だけ書かれていた。
*追加発注の件、社長にお伝えください。強い勇者、三名お願いします。早急に。魔王の威厳が限界です。*
蓮は報告書の末尾に一行書き足した。
*認定制度、早急に運用開始が必要です。魔王が切迫しています。*




