エピローグ ―転職して正解でした―
半年後。
神崎蓮は、すでに十数件の案件を担当し、社内でも名前が通るようになっていた。
スマホに、知らない番号から着信があった。出ると、聞き覚えのある声がした。
「……神崎か。大前だ」
前職の上司だった。
「ご無沙汰しています」
「突然ですまないが、うちに戻る気はないか。営業部が崩壊しかけててな。神崎みたいに折衝のできる人間が必要なんだ」
蓮は窓の外を見た。
オフィスのガラス越しに見える空は、今日も曇っていた。でも窓の内側では、小春さんが転送魔法の練習をしていて、室田社長が分厚い契約書に判を押していて、先週採用された新人が「異世界ってどんな服を着ていけばいいですか」と先輩に聞いていた。
「お断りします」と蓮は言った。
「は?」
「今の会社では、誰かの問題を"なかったこと"にしなくていいので」
電話を切った。
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切った直後、デスクの書類受けに新しいケースが落ちてきた。
書類を開く。
*【新規案件 至急】派遣先:海底王国ナゾニア 担当勇者:未定 問題:勇者ではなく占い師を派遣してほしいという要望。理由:勇者はすでに三人いるが、全員が現地で迷走中のため戦力として機能していない。なお国王が「占い師でなければ魔王と戦わせる気はない」と言っている。*
「……三人が迷走」
蓮は書類を持ったまま立ち上がり、上着を取った。
「小春さん、海底まで送れますか?」
「神崎さん、水中ですよ? 防水どうするんですか」
「防水加工の契約書、作れますか」
「……作ってみます」
「あと占い師の登録者、データベース確認しておいてください」
「占い師なんていましたっけ」
「いなければ、今日中に採用を出します」
小春さんが「え、今日中に?」と固まった。
蓮はすでにコートを羽織りながら、次の手順を頭の中で組み立てていた。
わからないことだらけで、前例もなく、マニュアルもない。
むしろそれだから、自分がいる意味がある。
それが、誰かの"仕事"でできている世界だった。




