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勇者派遣株式会社 ~クレーム処理係の俺、今日も異世界を奔走します~  作者: ジェミラン


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第一章 勇者は魔王領でラーメンを打っていた

 入社三日後、蓮は初めての案件を受け持った。


 デスクに届いた書類のタイトル欄には、こう書かれていた。


 *【緊急クレーム】派遣勇者・桐島タケル氏が、約定の「魔王討伐」を放棄し、魔王領にて飲食店を開業している模様。至急対応を求む。――アルバニア王国・国王陛下より*


「……飲食店」


「ラーメン屋らしいよ」と室田社長がコーヒーカップを持ちながら言った。「繁盛してるって話」


「繁盛してるんですか」


「魔王軍の幹部がみんな常連になってるって報告が来てる。チャーシューが絶品らしい」


 蓮は書類をもう一度見た。桐島タケル、二十四歳、派遣歴八ヶ月。備考欄に「引きこもり歴三年、料理スキルS、戦闘スキルもS(ただし戦いたくないらしい)」とある。


「なぜ料理スキルと戦闘スキルが両方Sなんですか」


「ゲーム廃人だったみたいでね。料理系と戦闘系のゲームをずっとやってたら、なぜか実際のスキルにも反映されてた。異世界転移あるある」


「あるあるなんですね」


「うちで扱う案件の三割くらいはそのパターン」


 その日の午後、蓮は小春さんに頼んで、アルバニア王国に飛んだ。


---


 現地に着くと、まず国王に謁見した。


 玉座の間でアルバニア国王は疲れた顔をしていた。最初の三ヶ月は良かった、四ヶ月目に突然消えた、斥候が追ったら魔王領の入口に暖簾がかかっていた。「味噌ラーメン、五十ゴールド。行列あり」。


「魔王軍は勇者を攻撃していないと?」


「していない。むしろ……魔王直属の四天王全員が常連だと聞いている。あの者たちは来るたびに街を荒らすのに、ラーメン屋の前では整然と並んで順番を待っているそうだ」


 国王の目に、複雑な感情が浮かんだ。


「できれば穏便に、あの者を呼び戻してほしい。ただし……もし本当においしいのであれば、少し食べてから帰ってきても構わん」


---


 馬を借りて、単身で魔王領に入った。


 国境の看板の横に、手書きの矢印と「ラーメン・桐島屋→徒歩二十分」という案内が貼られていた。森を抜けると、カウンター八席・テーブル二卓のテントが現れた。そして行列。


 並んでいるのは、全員、明らかに人間ではなかった。


 サソリの尾を持つ鎧武者、四天王・蠍将軍シュルド。体に炎を纏った大男、四天王・炎鬼グラドス。本を抱えた骸骨、魔王軍参謀・リッチのゼルヴァーン。


 全員、きちんと一列に並び、割り込みも怒号もない。ただし骸骨だけは骨がカタカタ鳴ってうるさかった。


 蓮は列の最後尾に静かに加わった。


 隣の蠍将軍シュルドが蓮を見て言った。「人間が来るのは珍しいな。アルバニアから?」


「そうです。桐島さんと話がしたくて」


「ああ、タケルか。昼はだいたい機嫌がいいぞ」


「よく来るんですか」


「週三回は来てる。醤油の時は早めに来ないと売り切れる」


 三十分ほど並んで、ようやくカウンターに着いた。


 中にいたのは、細身の青年だった。眼鏡をかけていて、前に垂れた黒髪が汗で額に貼りついている。鍋をかき混ぜながら、こちらを見ずに言った。


「いらっしゃい。今日は味噌と塩があります」


「味噌をください。それと、少しお話を」


 青年――桐島タケルがこちらを見た。「……派遣会社の人ですか」


「はい。神崎と申します」


「呼び戻しに来た?」


「状況を確認しに来ました。まずスープを飲んでから話しましょう」


 タケルが少し意外そうな顔をして、どんぶりを出した。


---


 スープは、本当においしかった。豚骨と味噌のブレンドで、コクがあるのに重くない。


「……うまい」思わず声が出た。


「ありがとうございます」とタケルは少し照れたように言った。「異世界の豚みたいな魔獣、脂の質が違って。こっちの麹と組み合わせたら、深みが全然違う味噌になるんです」


 料理の話をするとき、タケルの目が生き生きとしていた。


「戦いの方は?」と蓮は静かに聞いた。


 タケルの目が少し曇った。「……俺、向いてなかったんですよ。勇者っていう概念が。確かに強いんです、体は。スキルもある。でも人を傷つけるの、好きじゃなくて。一回、討伐した魔物の目を見ちゃったんです。痛そうな顔してて、それから夢に出るようになって」


「魔王軍の人たちは、困らないんですか。勇者がここにいて」


「俺がいると討伐隊を送る必要がないから、国に帰れる時間が増えるって炎鬼グラドスさんが言ってた。あの人、子供が五人いるんですよ。残業なくなって喜んでました」


 なんとも複雑な平和だった。


---


 客が引けた夕方、蓮はタケルと改めて向き合った。


「正直に言います。アルバニア王国からクレームが来ています。魔王を倒すという契約が履行されていないと」


「……わかってます」


 蓮はしばらく黙って、頭の中を整理した。


 (武力討伐は未達。だが被害はゼロ。戦争が止まり、双方の民に利益が出ている)

 (ならばこれは"失敗"じゃない。"定義ミス"だ)


「ただ、あなたが今ここにいることで、魔王軍との戦闘が事実上停止しています。双方の被害もゼロ。経済損失もゼロ。むしろプラスです」


「そうなんですよね。俺がいる間、戦いが起きてない。それに気づいたとき、これが俺の仕事なのかなって」


「提案があります」と蓮は言った。


「え?」


「弊社の新規事業として、この店を子会社化させてください。名称は『勇者派遣株式会社・現地法人 桐島屋』。あなたの業務は『異文化交流による平和的緊張緩和』と定義する。報酬は今と同等。契約上は弊社との雇用を継続」


「……それって要するに」


「今のままここにいていい、ということです」


 タケルは、ほっとしたように息を吐いた。それは戦場にいた人間の顔ではなく、ようやく厨房に戻れた人間の顔だった。


「アルバニアの王様は怒りませんか」


「交渉してきます」


 国王陛下は「魔王軍の活動が停止している期間の経済効果」を試算した書類を見て、三十秒で「それでいい」と言った。経営者の直感は早い。


---


 帰還後の報告書の「解決内容」欄に、蓮はこう書いた。


 *勇者の業務内容を「武力討伐」から「存在による抑止力」に変更。平和的解決。なお魔王軍幹部のチャーシュートッピング追加率は九十二%でした。*


 室田社長は報告書を見て「まあ悪くないね」と言った。


---


 その日の夜、蓮の端末に新しい通知が届いた。


 *【緊急クレーム】派遣勇者・天羽ユイ氏、帝国にて「契約範囲外の活躍」が止まらず。国王より「もう誰も止められない」との申告。至急対応されたし。*


 蓮はコーヒーを一口飲み、上着を取った。

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