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勇者派遣株式会社 ~クレーム処理係の俺、今日も異世界を奔走します~  作者: ジェミラン


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プロローグ ―求人票には書いていなかった―

 深夜二時。


 東京・大田区の雑居ビル五階、株式会社アドバンスド・セールス・ソリューションズ――略称ASSという社名を上層部が誰も気にしていない会社の営業部で、神崎蓮かんざき れんは三十七枚目の提案書を印刷し終えた。


「……神崎、それ明日の朝一で先方に持っていけ」


 上司の大前課長が、ネクタイを首にかけたまま半分眠りながら言った。


「明日の朝一、というのは何時でしょうか」


「九時だ」


「今から帰ったら四時間しか寝られないんですが」


「それがどうした。俺なんか昨日から帰ってないぞ」


 それを自慢げに言うのをやめてほしい、と蓮は思ったが口には出さなかった。入社三年目、二十七歳。褒められた社会人経験ではないが、「言ってはいけないことを飲み込む」技術だけは着実に磨かれていた。代わりに、相手が何を言えば折れるかだけは分かるようになった。


 終電の一本前で会社を出て、スマホを開く。乗換案内を開こうとして、誤タップした。


 知らないアプリが起動した。


 インストールした覚えはない。アンインストールの項目も表示されなかった。黒いアイコンに金の剣のマーク。起動画面に、こんな文字が浮かんだ。


  *あなたの折衝力、異世界でも活かしませんか?*


  *勇者派遣株式会社 中途採用担当・室田より*


 蓮はしばらくそれを見つめ、アプリを閉じた。


 翌朝、提案書を九時ちょうどに届け、先方に「うちにはちょっと…」と断られ、昼に会社に戻ったら大前課長に「なんで取ってこれないんだ」と二十分詰められた。


 蓮はトイレに逃げ込み、再びそのアプリを開いた。


 *面接のご予約を承ります。場所:港区芝浦二丁目○○ビル六〇二号室。お時間は今から一時間後、いかがでしょうか。*


 蓮はトイレを出て、会社を出た。


 退職届は後から郵送した。


---


 ビルの六〇二号室には「勇者派遣株式会社」と書かれた小さなプレートがついていた。中に入ると、普通のオフィスだった。デスクが六つ。コーヒーメーカー。観葉植物。壁に貼られた日本地図と、もう一枚、明らかに日本ではない地図。


「いらっしゃい。神崎くんね」


 出てきたのは、五十代とおぼしき小太りの男性だった。グレーのスーツ、薄い頭髪、だが目だけはやたらと鋭い。


「室田社長でしょうか」


「そう。まあ座って」


 応接ソファに向かい合って座ると、室田はさっそく本題に入った。


「うちの事業は簡単に言うと、異世界に勇者を派遣してる。魔王を倒したい国や、モンスターに困ってる村や、そういう需要に応えてビジネスにしてる。わかる?」


 蓮はうなずいた。わかるかどうかはさておき、話の筋道は追えた。


「勇者は、主に現代日本人のフリーランスが多い。冒険好きな若者とか、元自衛官とか、なぜかバリバリのITエンジニアとか。彼ら彼女らに契約を結んで、現地に送る」


「送る、というのは物理的に?」


「うちには転送魔法が使えるスタッフがいる。魔法少女みたいな子だと思っといてくれれば」


 蓮は「わかりました」と言った。


「問題は、派遣した後なんだよ」と室田は続けた。「勇者ってのは個性が強い。現地に行ったら行ったで、想定外のことをやりだす。契約通りに動かない。クレームが来る。でも我々は現地に直接行けないし、勇者は指示を聞かないし」


「それで、折衝力のある人間が必要だと」


「そういうこと。キミ、前職で理不尽なクレームをずっと処理してたでしょ。あの経験、ここで使えるよ。給与は前職の三倍。週休二日。ただし出張が多い。主に異世界への」


 蓮は少し考えた。


 正気とは思えない話だった。


 異世界の実在。転職の是非。キャリアパス。家族への説明。考えるべきことは山ほどあった。


 でも何より先に、こう思った。


 ――今の会社より絶対マシだ。


「お世話になります」と蓮は言った。


 その三日後、彼は"魔王領でラーメン屋を開業した勇者"のクレーム処理のため、人生で初めて異世界へと飛ばされることになる。

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