第37話 ― 灰は、もう薪には戻らない
クラスには血まみれのものが含まれている可能性があります。ご注意ください。
皆様にとって楽しい読書です。
十人が沈んだ後、裁判官の方へ歩いた。
一歩ごとに、地面が鳴った。
二人の距離は、短かった。
突然——床が揺れた。
爆発が、屋敷の内側から起きた。
裁判官が笑った。
「俺を捕まえられると思っているのか。負けるとしても——お前を道連れにする」
俺も笑った。
裁判官の笑いが、消えた。
顔が——変わった。
「な……なぜ笑う、この野郎」
「その爆発で俺が倒れると思ったか。お前が負けたら道連れにする?」
一瞬、黙った。
それから——叫んだ。
「俺は倒れない。建物が崩れても。山が崩れても。俺はまだ立っている。お前が山や頂点と同じだと思うなよ——お前は俺の前では虫だ。踏んでも、感触すらない」
壁が崩れ始めた。
カーテンが燃えた。
炎が、部屋を照らした。
灰が舞い、煙が天井を塞いでいった。
裁判官が隙を見て逃げようとした。
窓から飛び出した。
娘を置いて。
スポーツカーに乗り込もうとした。
俺はすでに先にいた。
屋敷にあった車は全部、動かないようにしてあった。
娘を掴んで——裁判官に投げた。
ガラスが砕けた。
娘の頭が、割れた。
裁判官が走ろうとした。
銃を上げた。
左足を撃った。
倒れた。
顔から地面に落ちた。
叫んでいた。
俺は窓から出た。
冷静に。
ゆっくりと歩いた。
辿り着いた。
口を塞いだ。
目の前まで顔を寄せた。
「分かったか。痛みというのはこういうことだ——憎い相手が目の前で苦しんでいる。悪くないだろう」
娘の頭が血を流していた。
俺は父親の傍にいた。
左手を折った。
右手を折った。
娘の方へ引きずった。
娘の前に投げた。
「娘の最期を——その目で見ろ」
娘は血を流していた。
父親は、俺に懇願していた。
娘に近づいた。
服を引き裂いた。
裁判官に言った。
「助けてほしいなら——娘を犯せ」
裁判官が笑った。
「それだけか?」
「……やるつもりか」
「やる」
ズボンを足で脱ごうとしながら、這い寄った。
娘に触れようとした瞬間——顔を蹴った。
銃口を、股間に向けた。
裁判官の顔が、死の色になった。
俺は、殺したかった。
怒りで言った。
「それをやるつもりなら——お前は生きる価値がない」
引き金を引こうとした瞬間、裁判官が言った。
「待て……父親を殺すな」
「……父親?手が尽きたか」
「本当のことだ。俺がお前の本当の父親だ」
「ふざけるな。時間を稼ごうとしているなら——仲間が来る前に殺す」
「医者はこう言っただろう——“お前とニノは同じ母から生まれた。だが父親が違う”と」
「……それが何だ」
「証拠が欲しいか」
「お前が……俺の父? 言葉に気をつけろ。お前は俺の傍にいなかった。その証拠とやらは自分の腹にでも入れておけ」
「お前の母親は俺の妻だった。お前が父親だと思っていた男は、ただの人間だった。だがお前は——違う」
「“ただの人間”とはどういう意味だ」
「お前は実験体だ。六十人の子供たちと同じ——だがお前が最初だった」
「子供たちが攫われたのは二ヶ月前だ。なぜ俺がその中にいる」
「初めて施設に入った時——六十人の子供を見たな」
「……ああ」
「その中に、医者が子供の脳を手術しているのを見たはずだ」
「なぜそれを知っている」
「それはお前の記憶だ。あの医者と子供——それは俺と、お前だった」
理解できなかった。
「おかしい。あの子供と同じ年の頃、俺は外で浮浪者だった」
「では——浮浪者だった日々を、覚えているか」
止まった。
……覚えていない。
酔っ払いを殺した記憶。橋の下に逃げた記憶。
それだけだった。
それ以前が——なかった。
裁判官が続けた。
「お前の母親は、俺が子供たちに施す実験を憎んでいた。俺は言い続けた——“俺たちの子は天才になる”と。だが母親は拒んだ。“この子は私の子だ、お前の子じゃない”と言った。俺は怒って殴った。母親は床に倒れた。そばにジュースの瓶があった。それを俺の頭に叩きつけて——腹を刺した」
傷跡を見せた。
目が、滲んだ。
「……母が、俺を守ったのか」
裁判官は続けた。
「俺が組織のトップだと思うな。六十人が最初の実験だとも思うな。その前にも、大勢いた。現実を受け入れろ、タイ……いや、実験体0よ」
俺は……実験体だったのか。
「自分を見ろ。お前は俺に似ている。顔も、輪郭も。母親がお前を殴り続けたのは——お前を見るたびに、俺を思い出したからだ」
その瞬間——記憶が戻った。
頭が痛んだ。
世界が揺れた。
裁判官が笑っていた。
膝をついた。
その時——ニノの手紙が、落ちた。
拾った。
握った。
裁判官が声を変えた。
怯えた声で言った。
「そ……それはニノの……手紙か」
「何が怖い。手紙がお前の嘘を暴くからか」
黙った。
誤魔化そうとしていた。
通じない。
糸を出した。
裁判官を縛り上げた。
手紙を開いた。
血がついていた。
拳が、紙を握り潰しそうになった。
読んだ。
タイへ。
これが初めて書く手紙。緊張している。
……それはいい。本題に入る。
よく聞いて。私のことやあなたのことで何を聞いても——全部嘘だから。騙されないで。
子供たちの誘拐はこうして行われていた。私を殺したのは”ミミ(眼鏡の女)”。私は暴行されていない。「なぜ分かるの」と聞くでしょう——「計画を聞いていたから」と答える。
最初に攫われた夜、私は家にいた。枕に頭を乗せて、目を閉じていた。ガラスの割れる音がした。窓から見た。人が死体を運んでいた。四体だった。
一人に気づかれた。肩を撃たれた。倒れながら逃げようとした。でも追いつかれた。窓を破られて、攫われた。あなたがあの音を聞いた時——それが私だった。
トラックに乗せられた。縛られた。荷台に、死体と一緒に放り込まれた。
肩から血が止まらなかった。痛かった。助けを呼ぼうとした。誰にも届かなかった。
トラックが止まった。銃声がした。それから静かになった。
目が回っていた。血が多すぎた。トラックが開いた。助けてくれた人を見ようとした。意識が消えた。
目が覚めたら、自分の部屋にいた。きれいだった。整っていた。夢だと思った。下に降りた。あなたがいなかった。
勉強を続けた。卒業した。連絡しようとした。あなたが刑務所にいると言われた。信じられなかった。なぜ。
学校に成績証明書を取りに行った。その途中——怪しい人たちを見た。人気のない場所で。まるで森のような場所で。
最初にミミを見た。大学のことを話しかけようとした。でも——何かがおかしかった。彼女は何度も振り返っていた。誰かに追われているような動き。私はついていった。
裁判官がいた。もう一人いた——学校の警備員だった。
信じられなかった。
子供たちの死体を、深い穴に投げ込んでいた。火をつけていた。
怖くて逃げようとした。双子に見つかった。“0”と呼ばれていた。裁判官のところへ連れていかれた。穴に落とされた。
燃えていた。でも誰も気にしなかった。去っていった。
子供たちの遺体の上を登って、外に出た。警察に行こうとした。
警官に掴まれた。「その格好は誘っているのか」と言われた。蹴って逃げた。警察は頼れないと分かった。
あなたに電話しようとした。刑務所にいると思い出した。
諦めて家に帰った。双子がまたいた。逃げようとした。また捕まった。今度は紙とペンを持っていた。
波の音と鴎の声が聞こえた。海の近くだと分かった。
鉄の椅子に縛られた。半分だけ動けた。左腕を犠牲にして——あなたへの手紙を書いた。
そう……左腕は切られた。裁判官に。逃げようとしているのを見つかって。
切られた瞬間、血が溢れた。叫んだ。痛かった。
裁判官は私の顔を笑いながら見ていた。それから出ていった。
その時に、この手紙を書いた。
刑務所にいる間に知った。あなたは私の兄じゃない。母の部屋のベッドの下に隠してあった書類を見つけた。
タイ……今日が何日か分からない。何時か分からない。この手紙がちゃんとあなたに届くかも分からない。
でも——嘘を信じないで。私はあなたの妹じゃない。
最後に……私はあなたが好き………』
時間が、止まった。
裁判官の顔を見た。
怯えていた。
炎が屋敷を飲み込んでいた。
雨雲が空を覆い始めた。
まるで——俺の悲しみと炎を、消しに来たように。
文字が全部——血で書かれていた。
……やつらはニノに、そんなことをした。
俺が目を離していた間に。
俺が気づかなかった間に。
裁判官が何かを言おうとした。
懇願だった。
哀れみを乞う声だった。
俺は死体のように立ち上がった。
顔を蹴った。
足で踏みつけた。
両足を——砕くまで。
懇願した。
泣いた。
髪を掴んだ。
目の前に顔を引き寄せた。
男は赤ん坊のように泣いていた。
静かに言った。
「よく聞け、この屑が。」
「いくら許しを乞うても——俺は許さない。」
「いくら赦しを求めても——俺は赦さない。」
「いくら懇願しても——俺はお前を生かさない。」
「お前は何をしてきた。それで許しを乞うのか。」
「子供たちは懇願しなかったか。」
「ニノは——お前に頼まなかったか。」
「それだけのことをして——今さらその顔を見せる勇気がどこにある。」
「たとえ世界が敵になっても——俺はお前を生かさない。」
髪を一本ずつ引き抜いた。
指を折った。
足りなかった。
糸を出した。
細く。
丁寧に。
裁判官を——切り刻んだ。
それから娘の方へ向かった。
脈を確かめた。
死んでいた。
ナイフを取った。
喉に刺した。
突然——上から光が降ってきた。
ヘリコプターだった。
屋敷が完全に包囲されていた。
上を見た。
それから娘を見た。
五十回。
体の隅々まで。
一センチも残さなかった。
ナイフを置いた。
屋敷の庭へ出た。
警官が銃を向けた。
構わなかった。
警官たちの間を歩き抜けた。
一人が撃とうとした。
気づいた時には——銃が、切れていた。
サイレンの音が鳴り続けた。
赤と青が交互に光った。
うるさかった。
気が滅入った。
屋敷を出た。
ニノのいる場所へ向かった。
ヘリコプターがついてきた。
スピーカーが叫んだ。
「止まれ。お前を逮捕する」
止まらなかった。
歩き続けた。
声が大きくなった。
振り返った。
ナイフを投げた。
狙撃手の一撃のように。
フロントガラスを貫いた。
声が——止まった。
歩き続けた。
貨物船の方へ。
地面が、俺を拒んでいるようだった。
雨が、強くなった。
まるで——ここへ来るなと言っているように。
滑った。倒れた。
顔から地面に落ちた。
立った。
また歩いた。
辿り着いた。
全ての荷物を一つずつ確かめた。
一時間。
無駄だった。
諦めて出ようとした時——
何かを踏んだ。
振り返った。
ニノだった。
冷たかった。
腐敗が始まっていた。
雨の音だけが聞こえた。
俺からは——何も出なかった。
近づいた。
抱き上げた。
一歩歩くたびに、体の欠片が落ちた。
その都度、屈んで拾った。
体は冷たかった。
脆かった。
動くたびに——秋の葉のように、零れ落ちた。
墓地に着いた。
ニノを横に置いた。
シャベルを探した。
なかった。
手を見た。
掘り始めた。
掘った。
掘った。
掘った。
手が裂けた。
皮が剥けた。
それでも掘った。
穴ができた。
上着を脱いだ。
シャツを脱いだ。
ニノの体を包んだ。
穴に入れた。
土をかけた。
埋めながら——俺の中に残っていた、最後の光と温もりを、一緒に埋めていた。
警察が来た。
墓地を囲んだ。
俺は地面に座っていた。
顔に——感情がなかった。
雨が涙を消した。
でも悲しみは——消えなかった。
ポケットに手を入れた。
煙草を一本取り出した。
火をつけた。
煙が、雨の中に消えていった。
(第37話・了)
このシンプルな物語を読み続けてくださった皆様に感謝申し上げます。そして、幸せな人生をお祈りいたします。物語は第38章から変わり、よりシリアスになります。そして、誠にありがとうございます。*ライター*




