第三十一話 ― 踏み越えた者たちへ
あなたに会いたかった。
あいつらの”提案”と、その汚い手口を見た。
「同じ一撃で、叩き返してやる」
白昼に攫われ、夜の底から這い出した。
港の倉庫だった。
満月。満潮。風だけが穏やかだった。
居場所も分からない。金もない。
俺には何もなかった。
どうやって出るか——考えていた、その時。
ニノのスマホが、鳴った。
——ぎくりとした。
持っていたのを、完全に忘れていた。
出た。
ニノだった。
泣いていた。叫んでいた。
何を言っているのか、全然分からなかった。
「落ち着け。一言だけでいい——なぜ泣いている」
しばらくして、息を詰まらせながら言った。
「タイが……無実で……釈放されたって聞いて……嬉しくて息ができなかった……でも……事故があって……警官が死んで……タイが……タイが攫われたって……怖くて……どうしたらいいか……家の周りに……人が……逃げようとしたら捕まって……何か言われて……分からない……何が何だか……」
……死にたいらしい。
あいつらは、取り返しのつかないことをした。
「無事なら——それだけでいい。あいつらのことは気にするな」
「縛られた……危うく……“0”って人が止めに入ってくれなかったら……始めた奴は殺された」
「じゃあ——お前を殺すつもりか」
ニノが吐き捨てた。
「夢でも見てろ」
落ち着かせた。安心させた。
位置情報を送って、電話を切った。
——こめかみに血管が浮いた。
スマホを叩き割りそうになった。
こらえた。
見知らぬ番号が鳴った。
「提案はどうだ。俺たちは本気だ。女はただの脅しだ」
「つまり——道具として使ったわけだ」
俺は静かに言った。静かすぎるくらいに。
「一度だけ言う。繰り返さない。ニノが危険に晒されたら——お前は自分の手で墓穴を掘ったと思え。一線を越えるな。どこが一線か分からないなら——お前の体に、直接刻んでやる」
「おい、それは——」
切った。
ポケットに手を突っ込んだ。
煙草の箱があった。
一本抜いて、火をつけた。
煙が夜に溶けていった。
考えた。
15分後、ニノが来た。
車に乗りながら——さっきの電話を反芻した。
“0”はあの時、俺の目の前にいた。
動かなかった。
……試されていたのか。俺が。
あの白い研究施設め。
根こそぎ消してやる。
一人残らず。
息をしている人間を、一人も残さない。
眠気が来た。抗った。
11時だった。
ニノが何か聞いていた。
ほとんど聞こえなかった。
気づいたら——
ニノの膝の上で、眠っていた。
―――
目が覚めた。
ニノの家の前だった。
「……聞いてくれ。金もない、家もない。今日一日だけ——寝かせてくれ」
ニノの顔が、また赤くなった。
……なぜだ。
首を掴んだ時も。
眼鏡の子が”デート”と言った時も。
なぜいつも赤くなる。
知りたい。本気で。
沈黙が続いた。
運転手が口を挟んだ。
「彼氏じゃないのか。なぜ断る」
ニノが気を失った。
頭から湯気が出るかと思った。
揺すった。叩いた。
反応がない。
鞄からカギを抜いた。
降りようとしたら運転手に腕を掴まれた。
料金を払った。振り払って降りた。
ドアを蹴り開けた。
ソファに寝かせた。
台所を探した。水を汲んだ。
——かけた。
ニノが、死者のように目を開けた。
涙が、出そうになった。
額に手を当てた。
「大丈夫か。車の中で気を失った——許可なく入って悪かった」
顔がまだ赤かった。
「だ……大丈夫、です」
「驚かせてくれた。もういい加減にしてくれ——なぜ俺といると毎回顔が赤くなる」
「……関係ない。部屋に戻る」
消えた。
一人になった。
部屋を見た。
ゴミだらけだった。
……気にしなかった。
温かければ、それで十分だった。
しばらくして、ニノが降りてきた。
手袋とエプロンをつけていた。
「散らかっていて……ごめん」
「俺も手伝う。どうせここで寝る」
一時間かかった。
終わった。
もう立てなかった。
床に倒れるように横になった。
枕も何もなかった。
ニノが起こしにきた。枕と毛布を持っていた。
「いらない」
「受け取れ。お前の意見はどうでもいい」
無理やり押しつけてきた。
ここはニノの家だ。
黙って受け取った。
台所へ向かうニノの背中に、聞いた。
「両親は?」
「……亡くなった」
「……悪かった」
「いい。友達にも聞かれた。慣れてる」
少し、黙った。
——ニノは知らない。
俺が殺したことを。
聞くべきじゃなかった。
悲しそうだ。
一人で眠らせたくない。
「一緒に寝てもいいか」
ニノが水を噴いた。
今まで見た中で、一番赤い顔だった。
何を言おうとしているのか、全く分からなかった。
近寄った。
手を取った。
「悲しいまま眠らせたくない。それだけだ」
ニノは黙った。
ゆっくりと手を引いた。
コップを置いて、小さく言った。
「……いい。もう日が経ってる。眠れてる」
何度か試みた。
そのたびに断られた。
ニノは部屋に戻り、電気を消した。
ソファに横になった。
——ニノの両親を殺したのは、本当に正しかったのか。
それとも俺は——ただの人殺しか。
答えが出ないまま、組織のことを考えた。
考えながら、目を閉じた。
——ガラスが、割れた。
ニノの部屋だった。
走った。ドアが閉まっていた。
蹴り破った。
ニノは——いなかった。
窓が、砕けていた。
こめかみの血管が、浮いた。
拳を握った。
皮膚が裂けた。
血が、滲んだ。
お前たちに——誓う。
根こそぎ消す。
一人残らず。
ニノに触れたことを——後悔させてやる。
(章の終わり)
言い忘れていました。
Pixivのアカウントを持っています。
でも、どうすれば私のページにアクセスしてもらえるのか分かりません。
あともう一つ忘れていました。
読者1000人達成を記念して、小説に関する質問を5つ募集します。
最もよく寄せられる質問の中から5つを選んでお答えします。
今度こそぜひご回答ください。一人で待たせるのはやめてくださいね。




