第二十九話 ― 越えてはならない線
みなさん、こんにちは。
本当に皆さんに会えなくて寂しかったです。
この章を楽しんでいただけたら嬉しいです。
もし気に入っていただけたら、ぜひコメントで教えてください。すべて読ませていただきます。
無実が証明された。
———
俺は裁判官のそばへ歩み寄り、声を落として囁いた。
「よく聞け。弁護士と証人が死んだという報せが届いたなら——その背後には、子供を攫う組織がいると思え」
裁判官の目が、一瞬止まった。
言葉ではなく、目そのものが衝撃を語っていた。
「……お前は、化け物だな」
「光栄だ。ところで——損害賠償を請求したい」
「賠償?理由は?」
「名誉毀損。俺には根拠のない罪が着せられた。向こうには弁護士がいた。俺には誰もいなかった」
「誰を訴える?」
「検察官と、その証人」
「示談金として、免除を求めるか?」
「証拠はいらない。判決だけ下してくれ——“懲役10年、もしくは一人あたり1000万”。それだけでいい。必ず払う」
裁判官は少し間を置いた。
「払うと賭けるか?」
俺は笑った。
「強くな」
———
木槌が、静寂を割った。
「全員注目。もう一件審理がある。席に戻れ。検察官とその証人への訴訟だ。罪状——名誉毀損。今すぐ始める」
法廷が静まり返った。
全員が、戻った。
———
俺は前に出た。
「改めてこんにちは。訴えたのは俺だ。俺はこの法廷に入った瞬間から今まで——病院着のまま、両手を縛られたまま戦った。それでも勝った。これから裁判官が話す。ただ、聞いていてくれ」
木槌が鳴った。
「許可するまで、喋るな」
———
弁護士と証人の顔を見た。
笑いを堪えるのが難しかった。
緊張。恐怖。死ぬほどの焦り。
全部、顔に書いてあった。
俺は泣き真似をして叫んだ。
———
「俺は濡れ衣を着せられた——あなたたちが語る”正義”は、どこにある?」
裁判官が静かに言った。
「この件は証拠不要。直接、判決へ進む」
法廷が、止まった。
全員の目が判決を待っていた。
「検察官、証人——聞け。先ほどの審理が証拠だ。お前たちは嘘をついていた。判決は懲役10年、もしくは一人あたり1000万の支払い。どちらを選ぶ」
———
証人の声が、小さく割れた。
「……払います」
———
裁判官が俺を見て、微笑んだ。
「行間が読めたか?」
「行間なんてなかった。あいつらは最初から、開かれた本だった」
———
一度目の木槌。
二度目の木槌。
「検察官と証人に有罪を宣告する。示談金1000万。本日より二日以内に支払え」
三度目の木槌。
「閉廷」
陪審員席から、拍手が溢れた。
俺は笑いながら、手を振った。
———
裁判官に呼ばれ、示談金の受け取りへ向かった。
歩きながら——医者の言葉が、頭の中で静かに蘇った。
「ニノはあなたの妹。ただし、父親が違う」
……では、俺は死んだ父親の子ということか。
疑問が頭の上に積もっていった。
足は動いていたが、どこへ向かっているか分からなかった。
———
裁判官が肩を掴んだ。
「一つ——手錠は外す。二つ——向こうへ行かなくていい。家に帰れ。金は届けさせる」
俺は頷き、踵を返した。
着替えて、車に乗った。
———
法廷の扉をゆっくりと押し開けた瞬間——カメラと記者が、一斉に俺を飲み込もうとした。警官たちが人垣を必死に抑えていた。
俺は全員に向けて、笑った。
縛られたままの両手を高く掲げ——軽く、振った。
———
警官の車に乗り込み、法廷が遠ざかった。
手錠が外れた。警官が話しかけてきた。嬉しそうに、笑顔で。俺も答えた。同じように。
その瞬間——
衝撃。
———
左から来たトラックが、運転席を直撃した。
車が宙を舞った。一回。二回。三回——七回。
頭が痛い。
触れると、血だった。
後部座席だったのは幸いだった。
警官を見た。
動かなかった。
銃を抜き取り、ポケットに押し込んだ。だが遺体が倒れてきた。動けない。息が詰まる。血が服に、全部移った。
抜け出そうとした——もう一台のトラックが来た。
また、意識が消えた。
———
目が覚めた。
「……まだ生きているのか、俺」
暗い。空気が刃のように張り詰めていた。
立とうとしたが、縛られていた。椅子に座らされ、頭に麻袋を被せられていた。
「待ってくれ。俺は死んでいないのか?」
周りを見た。何もない。麻袋が顔に当たって痒かった。
「……随分と安っぽい真似だな」
奇妙な声が返ってきた。
「おや、目が覚めたか。昼寝の具合はどうだった?」
「予想より快適だった。お前の母親のベッドで寝ていたら、もっと良かったがな」
空気が変わった。
拳が飛んできた。
「本当に笑いが好きだな」
「嫌いな奴がいるか。お前の母親か?」
もう一発。
頭を掴まれた。
「もう一度喋ったら——殺す」
俺は血を吐いて、言った。
「怖い怖い。殺してみろ。どうせお前には無理だ——ただの捨て駒が。それとも、俺がお前の母親に相応しいと気づいたか?」
怒号。
何発も殴られた。
また消えた。
———
また、目が覚めた。
「……まだここか。お前の母親のベッドが恋しいな」
別の声が叫び、男を止めた。
「法廷で負けたから腹いせか。金を取り返したいか。それとも——俺に飽きたか?」
声が答えた。
「法廷でのお前の動きは、予想外だった。だが——あの演技は本物だ。俳優だったなら、オスカーを楽に取れていた」
「照れるな。一つ、教えてやる」
「何だ。居場所を割り出したか。それとも追跡装置でも仕込んでいたか」
「いいアイデアだが、仕込んでいない。そこまで俺が怖いか?」
別の声が割り込んだ。
「当然だ。お前はサカのただの弟子じゃない——あの裁判の後、お前の賞金は1100万に跳ね上がった」
「新しい声に、価値ある情報。おしゃべりに感謝する。俺もケチはしない——一つ、教えてやろう」
銃声が響いた。
静寂。
———
「賞金を教えてくれた奴を撃ったか。まあいい。どうでもいい。秘密を話す——俺はサカの弟子じゃない。サカの元で鍛えたわけでもない。ただ、かつてタイという人物に出会った。説明してやろうか?」
沈黙が落ちた。
「いいか、その小細工はもう通じない」
「遊んでいない。本当のことだ。サカとやらは知らない。確かに俺はタイという名前だ——だが、お前たちが追っているタイとは別人だ。だから裁判から逃げた」
足音が近づいた。
女だった。
麻袋が、外された。
「……なかなかいい顔をしている」
「情報感謝する。だが俺は——娼婦には興味がない」
———
場所を瞬時に頭に刻んだ。
倉庫。照明は弱い。輪郭は見える。
全員、黒い服。
女が頬を叩いた。
「娼婦と言ったか。今のお前の立場が見えているか——お前は今、私の手の中にいる」
「娼婦とは言っていない。“俺は娼婦には興味がない”と言った。お前が叩いたということは——図星だったということだ」
俺は続けた。
「それに——俺はお前の手の中にはいない。俺は自由だ。今すぐ、証明で」




