第二十六章 ― 取調べ
少し前に遡る。
まだ、病院にいた頃の話だ。
ニノは受付で外出許可を取り、すぐに戻ってきた。
「許可、もらえたよ。行こ?」
俺は軽く手で制した。
「……その前に、スマホを貸してくれ」
「大事なデータは?」
「ううん、大丈夫。これは予備だから」
迷いなく差し出されたそれを受け取り、手早く番号を登録する。
「そういえば、タイってスマホ持ってなかったね」
「……少し、トイレに行ってくる」
短く告げ、その場を離れた。
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個室に入り、すぐに発信する。
数回のコール音の後――繋がった。
「緊急通報です。どうされましたか?」
「……タイと名乗る者だ」
「命を狙われている」
一瞬の沈黙。
だが、構わず続ける。
「この通話は切らないでください」
「これからショッピングモールへ向かう」
「周囲に気づかれないよう、配置をお願いします」
相手の声が低くなる。
「……証拠は?」
「来れば分かる」
「一つじゃ済まない」
短い間。
「……了解しました。数分で手配します」
通話を切った。
⸻
――そして現在。
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大柄な警官が、一歩前に出る。
その瞬間、周囲を別の警官たちが一斉に包囲した。
五人の男たちは、完全に囲まれる。
男の一人が、低く笑う。
「……やるじゃねえか」
「サカの弟子ってのは伊達じゃないな」
その手が、ニノへ伸びた。
――遅い。
糸を放つ。
一瞬。
男の体が、音もなく分断された。
血が噴き上がり、俺とニノに降りかかる。
ニノの体が震える。
「た……タイ……あなた……人を……?」
俺は静かに言った。
「違う」
「――これは正当防衛だ」
言い終える前に、ニノの意識が途切れる。
そのまま崩れ落ちた。
⸻
次の瞬間、警官たちの銃口が一斉にこちらへ向けられる。
「……なぜ俺まで囲む?」
「俺は被害者だ」
一人の警官が前に出る。
「発言は控えろ」
「“サカ”の名で複数の事件がある」
「お前は関係者だな?」
鋭い視線が突き刺さる。
「それに――」
「一ヶ月半前の破壊事件。“タイ”名義だ」
……なるほどな。
「それで?」
「俺の罪は?」
「とぼけるな」
吐き捨てるように言う。
「児童誘拐」
「――六十人だ」
思考が――止まった。
六十人……?
一瞬の空白。
だが、すぐに否定する。
「俺はやっていない」
「一人もだ」
「なら、なぜお前の名義で事件が出ている?」
「……知らないな」
「証人は?」
警官は短く言った。
「来い。署で教えてやる」
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……了承した。
あえて、その男の車に乗る。
情報を引き出すためだ。
車内で口を開く。
「おかしいな」
「俺はさっきまで病院にいた」
「通報も、そこからだ」
「それで――どうやって誘拐する?」
男は前を向いたまま答える。
「……着けば分かる」
妙だ。
その口調には確信があった。
まるで――最初から決まっているかのように。
⸻
警察署。
身体検査。
ポケットからスマホを取り上げられる。
腕に機械が装着される。
――嘘発見器。
「……準備はいいか?」
「ああ」
「なら――証人を呼べ」
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扉が開く。
入ってきた人物を見て、目を疑った。
……医者。
あの男だった。
「初めまして」
「斎藤と申します」
「――すべて、お話ししましょう」
……ふざけるな。
医者が、証人?
何の関係がある。
だが――
理解した。
俺とサカは、最初から“危険な人間”にかかっていた。
⸻
医者は落ち着いた声で話し始める。
「児童誘拐事件が始まったのは、三ヶ月前ですね?」
警官が頷く。
「そうだ」
俺は割って入る。
「三ヶ月前、俺は十八になったばかりだ」
医者はわずかに笑った。
「最後まで聞いてください」
「事件が増え始めたのは?」
「……二ヶ月前だ」
その時期。
サカと出会った頃。
嫌な予感が、背筋を走る。
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「この少年が“タイ”」
「そして彼を育てたのが“サカ”」
「サカには前科が多い。だが捕まらなかった」
一拍置く。
「その一方で――」
「タイが訓練を受け始めた時期と」
「誘拐事件の増加が、完全に一致する」
静寂が落ちた。
「……偶然ですか?」
「それとも――必然でしょうか?」
警官が俺を見る。
「反論は?」
……なるほど。
そう来るか。
「証拠になっていない――」
言いかけた瞬間、遮られる。
「発言は明日に取っておけ」
「明日、法廷だ」
……は?
「取調べは終了」
手首に冷たい感触が走る。
――手錠。
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その時。
医者が、こちらを見ていた。
静かに――笑っている。
理解した瞬間、背筋が凍った。
「言ったでしょう」
「あなたが欲しいと」
「……必ず、手に入れますよ」
⸻
(第二十六章・完)
そして明日から、毎週土曜日に新しい章を公開していくことをお知らせします。
皆さんに楽しんでいただければ幸いです。そして、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




