第二十一章 ― 運命の臨界点、タイ
あの男の声を聞いた瞬間――
意識が、ゆっくりと現実へ引き戻されていった。
だが、構うものか。
目的は一つ。
サカだ。
それ以外は――すべてノイズに過ぎない。
俺は無視した。
完全に。
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扉を開けた瞬間――
下から吹き上げる、異様な風。
反射的に後退する。
違和感。
嫌な予感。
俺はすぐに、さっきの剣士の死体を掴み――
そのまま放り投げた。
数秒後。
……音は、返ってこなかった。
理解する。
――奈落だ。
底が見えない。
落ちれば、終わり。
だが――
他に道はない。
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念のため、別ルートを探した。
一時間。
探し続けた。
だが――
結果は同じ。
出口は、ここだけ。
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息を吐く。
深く。
重く。
アドレナリンの効果が、切れ始めていた。
身体が、急激に重くなる。
痛みが戻る。
いや――増幅している。
だが――
関係ない。
「……行く」
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俺は――
飛び降りた。
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感覚が消える。
身体の輪郭すら、わからない。
完全な闇。
何も見えない。
何も感じない。
ただ――
心臓の鼓動だけが、異様に響く。
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ドクン。
ドクン。
ドクン。
⸻
その時。
下から風。
そして――
光。
青白い光が、闇を切り裂く。
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落ちながら、理解した。
俺には――
何も残っていない。
ニノに、何も伝えていない。
サカも、救えない。
このまま――終わる。
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地面が迫る。
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目を閉じた。
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「目を開けろ」
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「お前は、まだ死んでいない」
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……は?
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目を開ける。
そこにいたのは――
三十前後の男。
背は平均的。
だが――
最悪なセンス。
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俺は近づいた。
そして言った。
「お前……死んだ方がいい」
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男は首を傾げる。
「なぜだ?」
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「その服のセンスだ」
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沈黙。
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「……何が悪い?」
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「全部だ」
白衣に、緑のズボン、青い靴。
統一感ゼロ。
存在そのものが不快だ。
「ついでに、その髪型もな」
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男は鼻で笑う。
「センスがないのは、お前の方だ」
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「は?」
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気づけば――
言い争いになっていた。
くだらない。
本当に、くだらない。
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やがて男はため息をついた。
「……時間の無駄だな」
視線を向ける。
冷たい。
歪んでいる。
「来い。実験室へ連れていく」
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その瞬間――
理解した。
こいつが。
あの声の主。
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「……さっき、壁越しに話してたのはお前か?」
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男は笑った。
「そうだ」
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一歩、近づいてくる。
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俺はその手を弾いた。
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空気が変わる。
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「……拒否するのか?」
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声が低くなる。
歪む。
狂気が滲む。
「俺が欲しいものは、必ず手に入れる」
「黙って来い」
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イラつく。
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「近づくな」
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「さもないと――床でお前を拭くことになる」
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一瞬、視線を落とす。
白い床。
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「……いや、汚す、か」
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男の顔が歪む。
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足を叩きつける。
苛立ち。
怒り。
「その目……気に入らないな」
「作り直してやる」
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その瞬間――
現れた。
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三体。
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人間の形をした、化け物。
壁のような肉体。
手には鉄のバット。
冷たい光に反射する。
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「……まだ続くのかよ」
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俺は機関銃を構えた。
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戦闘開始。
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一体目が突っ込んでくる。
射撃。
だが――
弾丸は弾かれる。
火花。
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横へ跳ぶ。
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背後。
二体目。
振り下ろし。
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回避。
地面が砕ける。
衝撃が空間を震わせる。
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「クソがッ!」
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拳銃。
発砲。
だが――
効いていない。
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囲まれる。
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動き続ける。
蹴る。
滑る。
撃つ。
避ける。
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終わらない連鎖。
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だが――
限界が近い。
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その時。
思い出す。
太ももに打った、あの一撃。
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アドレナリン。
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身体が燃える。
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「……今度は、こっちの番だ」
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突進。
腕を掴む。
捻る。
骨が砕ける音。
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バットを奪う。
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叩きつける。
頭部粉砕。
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一体、終了。
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二体目。
正面衝突。
金属音。
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押し返す。
拳銃。
連射。
胸部貫通。
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崩れる。
⸻
三体目。
狂気の突進。
⸻
回避。
機関銃。
全弾叩き込む。
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止まる。
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最後に――
首へ一撃。
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沈黙。
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……終わった。
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血の中に立つ。
呼吸が重い。
だが――まだ動ける。
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その時。
奴がいた。
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笑っている。
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「見事だ、タイ」
「だが――次はどうかな?」
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手を振る。
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再び三体。
さらに強い個体。
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……面倒だ。
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「もういい」
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狙う。
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引き金。
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弾丸は――
奴の頭を貫いた。
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血と脳が、白い壁を染める。
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同時に。
三体が崩れ落ちる。
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糸が切れた、人形のように。
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静寂。
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俺は――まだ立っている。
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「……まだ終わってない」
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膝をつく。
血が溢れる。
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その時――
内側から、声。
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「立て」
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「お前は終わらない」
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「サカが待っている」
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⸻
……ああ。
わかってる。
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立ち上がる。
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壊れた身体。
血まみれ。
それでも――進む。
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壁に寄りかかりながら。
何度も倒れ。
何度も立ち上がる。
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やがて――
実験室。
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中へ。
引き出しを漁る。
目的は一つ。
治療。
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見つけた。
アドレナリン。
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一瞬、迷う。
だが――取る。
サカのためだ。
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外へ出る。
使わない。
まだだ。
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進む。
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そして――気づく。
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距離が、おかしい。
すべてが遠すぎる。
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何のためだ?
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考える暇はない。
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扉。
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開ける。
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撃つ。
足場確認。
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……何かに当たった。
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一歩。
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落下。
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「チッ……」
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死体。
無数。
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理解する。
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あの男。
実験。
失敗。
廃棄。
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ゴミのように。
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足を滑らせる。
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落下。
さらに深く。
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痛み。
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水を飲む。
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空になる。
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投げる。
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転がる。
遠くへ。
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そして――
落ちた。
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(第二十一章・完)




