第二十章 ― サカの奪還
全てを始末し、扉を開けた。
踏み込んだ瞬間――
膝がわずかに崩れた。
一歩進むたびに、身体の均衡が壊れていく。
このまま倒れても、おかしくはない。
静かに扉を閉める。
振り返る余裕すらない。
視線だけを前へ。
長い廊下。
白すぎる壁は、まるで無菌室のように現実感を奪う。
冷たい光が、血に濡れた俺の影を歪ませていた。
歩くたびに――
傷が、存在を主張してくる。
重い。
鈍い。
だが確実に、俺を削っていく。
⸻
その時――
十メートル先の扉が開いた。
二人。
一人は異様な巨体。
二メートル近い身長。
武器はない。
だが、必要ない。
あれ自体が――暴力だ。
もう一人は細身。
手には長い刀身。
光を反射し、冷たく瞬く。
⸻
巨体が笑った。
確信に満ちた、勝者の笑み。
ゆっくりと歩いてくる。
床が軋むような重さ。
俺は即座に機関銃を構えた。
短く撃つ。
弾丸が肉を裂く。
血が飛び散る。
だが――止まらない。
痛覚が存在しないかのように。
ただ前へ。
⸻
額を冷たい汗が伝う。
後方へ飛び、拳銃を抜く。
サプレッサーを装着したまま、照準を頭へ。
発砲。
――外れた。
あり得ない速度で、軌道を外される。
⸻
次の瞬間。
目の前。
拳が振り下ろされる。
岩塊のような質量。
咄嗟に身を沈める。
衝撃。
背後の壁が砕けた。
紙のように。
⸻
残された力を脚に込め、蹴りを叩き込む。
反応は――薄い。
効いていない。
肩が悲鳴を上げる。
外れた関節が軋む。
それでも――撃つ。
今度は、喉と胸。
血管を断ち切る。
それでも、一歩。
さらに――一歩。
そしてようやく、
崩れた。
遅すぎる死。
⸻
間髪入れず、もう一人。
速い。
異常な速度。
最初の一撃で――終わっていたはずだった。
首が飛ばなかったのは、偶然に近い。
転がるように回避。
拳銃を向け、撃つ。
だが――
刃が弾いた。
火花。
金属音。
⸻
呼吸が乱れる。
視界が歪む。
痛みが増幅する。
だが――倒れない。
倒れるという選択肢が、もう存在しない。
⸻
刃が腹を狙う。
避けきれない。
左腕を差し出す。
貫通。
熱と痛覚が同時に爆ぜる。
だが、そのまま掴む。
逃がさない。
力任せに腕を固定する。
拳銃を胸に押し当てる。
「終わりだ」
引き金。
心臓を撃ち抜く。
目が見開かれ、
力が抜ける。
刃が手から滑り落ちる。
そのまま崩壊した。
⸻
……立っているのが、不思議だった。
腕から刃を引き抜く。
血が溢れる。
止まらない。
神経が焼けているような感覚。
痛みが、もはや輪郭を持たない。
⸻
数秒。
武器を下ろす。
呼吸を整えようとするが、うまくいかない。
血に濡れた自分の身体を見下ろす。
これは――本当に俺か?
⸻
廊下は、まだ続いている。
次の扉が、そこにある。
だが身体は限界を超えている。
それでも――
一歩。
また一歩。
意地だけが、俺を動かしていた。
⸻
戦いは終わった。
だが――
俺はもう、自分の身体を感じていない。
剣を拾う。
歩く。
意識が削れていく。
白い廊下が歪む。
終わりのない円環の中を、彷徨っているようだった。
⸻
前方に扉。
だが、身体が追いつかない。
意識よりも遅い。
いや――
身体の方が、先に壊れている。
⸻
崩れ落ちた。
動けない。
呼吸が重い。
肺が焼ける。
それでも――
サカのためだ。
⸻
ポケットに手を伸ばす。
震える指。
アドレナリン注射。
時間が引き延ばされる。
一瞬が、永遠のように長い。
それでも――
太ももに突き刺した。
⸻
冷たい液体が血管を走る。
全身に拡散する。
⸻
変化。
痛みが消える。
身体が軽い。
だが――代償が来る。
視界が歪む。
像が重なる。
平衡感覚が崩れる。
酩酊。
だが止まらない。
⸻
ふらつきながら進む。
扉が近づく。
近づく。
⸻
そして――
意識が戻りかけた、その時。
⸻
声。
壁の奥から。
どこでもない場所から。
⸻
「素晴らしい……」
「実に興味深い」
「その殺し方……無駄がない」
⸻
「欲しいな、お前を」
⸻
「必ず手に入れる」
⸻
(第二十章・完)
お待たせして申し訳ありませんでした。




