第十九章 ― 俺は来た
あの場所に辿り着いてから、一時間半が経っていた。
俺は探し続けていた。
冷気が肌を刺す。
まるで無数の針が肉を貫くように。
白い息が、途切れた霧のように空へ溶ける。
指はかじかみながらも、機関銃を強く握り締めていた。
狭い路地を駆け抜ける。
そして――見つけた。
地面すれすれの、小さな鉄格子の窓。
迷いなくしゃがみ、ゆっくり持ち上げる。
そのまま中へ――降りた。
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着地と同時に、冷たい空気が肺を焼いた。
細い通路。
湿った壁。
光を拒む闇。
……迷路だ。
道も、出口も、救いもない。
だが関係ない。
俺は――サカのためにここにいる。
あのクソどもに奪われたあいつを、取り返す。
もう後戻りはない。
いや――最初から、戻る場所などなかった。
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拳銃を内ポケットへ滑り込ませる。
手榴弾は四つ、ベルトに固定。
ナイフは腰へ。
そして――機関銃は、離さない。
一歩踏み出す。
上の細い隙間から雪が落ち、肩で溶ける。
……時間が、俺を嘲笑っている。
「遅い」とでも言いたげに。
⸻
分岐点。
三つの道。
どれも、獣の喉の奥のように暗い。
俺は息を吐き、跳び上がる。
だが――何も見えない。
全部同じだ。
目印もない。
なら――
俺は拳銃を引き抜いた。
一発。
轟音が迷路全体を揺らす。
静寂が、粉々に砕け散った。
いい。
これでいい。
「来いよ……」
「その顔、見せてみろ」
「ここで全部――終わらせてやる」
⸻
俺は罠を張った。
細いワイヤー。
張り詰めた糸に繋いだ手榴弾。
床に散らした砕けたガラス。
一歩ごとに死。
一つ一つが、確実に命を奪う配置。
すべて――計算済みだ。
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……来た。
足音。
二十人。
怒号。命令。金属音。
俺は笑った。
冷たく。
「ここはもう――俺の迷路だ」
「誰一人、生きて出られない」
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一人、前に出る。
動きが違う。
ワイヤーに気づき、避けた。
……いい判断だ。
だが――
「最初を越えた程度で、生き残れると思うな」
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別の通路。
俺は静かにサプレッサーを装着する。
呼吸は荒い。
だが意識は異様に澄んでいる。
額から血が流れ落ちる。
冷気と混ざり、感覚が鈍る。
心臓が狂ったように打っている。
それでも――止まらない。
⸻
音が近づく。
罵声。
鉄を引きずる音。
武器。
「群れか……」
「なら、恐怖を教えてやる」
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天井のワイヤーを確認。
距離――完璧。
息を吐く。
引き金を引く。
乾いた銃声が、合図になる。
「近いぞ!散開しろ!」
……始まった。
「さあ――狩りの時間だ」
⸻
爆発。
轟音が迷路を揺らす。
一瞬で三人が吹き飛ぶ。
炎。肉片。血。
焼けた匂いが満ちる。
悲鳴。
「三人……」
「残り、十七」
⸻
止まらない。
影の中を滑るように進む。
一人目――頭を撃ち抜く。
崩れる。
二人目――
鉄棒を振るう前に腕を掴む。
ナイフを引き抜き、顎下から突き上げる。
刃が頭を貫いた。
押し倒す。
「十五」
⸻
「撃て!!」
銃声。
火花。
俺は転がる。
そして――撃つ。
喉。
額。
血が弾ける。
一瞬の躊躇。
それで終わりだ。
⸻
踏み込む。
狼のように。
喉を裂く。
腹を貫く。
胸を撃つ。
悲鳴が重なる。
命が消えていく。
逃げる者も、叫ぶ者も――関係ない。
全員、殺す。
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胸が焼ける。
傷が開く。
血が滴る。
それでも――止まらない。
今日――
助けるか、死ぬかだ。
⸻
最後の一人。
震えている。
銃を構えるが――遅い。
腕を掴む。
関節を砕く。
ナイフを心臓へ――突き刺す。
鼓動が止まるのを、この手で感じた。
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刃を引き抜く。
血が手を伝う。
それを――顔に塗りつける。
頬に。髪に。
笑う。
歪んだ笑み。
……もう俺じゃない。
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「終わりだ」
「全員――死んだ」
⸻
荒い呼吸だけが響く。
静寂。
戦いの残響が、闇に溶けていく。
俺は振り向く。
奴らが来た場所。
錆びた鉄の扉。
半開き。
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足を引きずる。
限界だ。
だが――進む。
手をかける。
押す。
軋む音が響く。
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「この先に――サカがいる」
「もう……戻れない」
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そして俺は――
中へ踏み込んだ。
⸻
(第十九章・完)




