第十六章—俺は、このままでいられるのか?
体中が悲鳴を上げていた。
骨も、筋肉も、神経も――すべてが限界だと訴えている。
それでも俺は、看護師のところへ歩いた。
「……サカはどこだ。頼む、教えてくれ」
看護師は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに答えた。
「サカさんなら……今、手術室です」
――手術室?
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
手術室?
じゃあ……
死ぬかもしれないのか?
サカが……
俺を置いていく?
いやだ。
いやだ、いやだ、いやだ。
頼む……
死ぬな。
呼吸が乱れた。
心臓が胸を破りそうなほど強く打ち始める。
視界が揺れた。
足に力が入らない。
そして――
俺の意識は暗闇に沈んだ。
⸻
闇の中で、声が聞こえた。
冷たい声だった。
「弱いな、お前は」
胸の奥に響く。
「他人に頼り、自分を忘れる」
「自分に力があることすら、忘れている」
声は続ける。
「目を覚ませ」
「奴は死んでいない」
「ただ――手術室にいるだけだ」
⸻
ピッ……ピッ……
電子音。
機械の音が耳に入ってきた。
目を開けると、眩しい光が顔に当たった。
俺は大きく息を吸い込んだ。
まるで――
魂が体に戻ってきたようだった。
「目が覚めた!」
看護師が嬉しそうに声を上げる。
すぐに医者を呼びに行った。
だが俺にとって重要なのは、そんなことじゃない。
サカだ。
起き上がろうとした瞬間、気づいた。
ベッドの横に、誰かがいた。
ニノだった。
椅子に座ったまま、俺のベッドに寄りかかって眠っている。
……どうしてここに?
胸の奥が、妙に温かくなった。
こんな感覚……
いつ以来だろう。
いや――
もしかしたら、初めてかもしれない。
⸻
やがてニノが目を覚ました。
そして俺を見るなり――
泣き出した。
そのまま俺に抱きつく。
「……どうした?」
俺は戸惑いながら聞いた。
「なんで泣いてる」
だが彼女の声は涙にかき消され、よく聞こえない。
その時、俺は思い出した。
サカ。
あいつに会わなければならない。
立ち上がろうとした。
だが――
体が動かない。
まるで体そのものが拒否しているようだった。
「……チッ」
俺は舌打ちした。
「俺の体のくせに、命令を聞かないのか」
俺はニノを見た。
「車椅子を持ってきてくれ」
「会いたい奴がいる」
ニノは怪訝そうに眉をひそめた。
だがやがて言った。
「条件があるわ」
「私とショッピングモールに行くこと」
……なんだそれ。
だが構わない。
サカに会えるなら、何でもいい。
「分かった」
⸻
車椅子に座り、ニノに押されながら受付へ向かった。
「サカの病室を教えてくれ」
受付の女性がパソコンを確認する。
「サカ様ですね……」
「手術は終わり、回復室を経て――現在は203号室です」
その言葉を聞いた瞬間、体から力が抜けた。
「……そうか」
「行こう」
⸻
エレベーターの中で、ニノが聞いた。
「タイ……何があったの?」
俺は短く答えた。
「昔から俺をいじめていた連中だ」
彼女は眉をひそめる。
「警察を呼べばよかったじゃない」
俺は首を振った。
「これは俺たちの問題だ」
「心配するな」
ニノは疑うような目で俺を見た。
「……本当に大丈夫?」
俺は小さく笑った。
「俺はまだここにいる」
「お前を置いてどこにも行かない」
ニノは黙った。
その表情の意味を、あの時の俺はまだ理解していなかった。
⸻
203号室の前に着いた。
中から声が聞こえる。
サカの声だ。
俺はニノに言った。
「少し下がっててくれ」
彼女は不思議そうな顔をしたが、従った。
俺はドアに近づいた。
その時――
聞こえてきた言葉。
「懸賞金は8000万だ」
「伝説の殺し屋か……」
……何だって?
サカが?
俺はドアをノックした。
部屋に入る。
サカはベッドに横たわっていた。
血圧計。
輸血パック。
心拍モニター。
機械だらけだ。
そして――
三人の男。
全員スーツ姿。
そのうち一人は銃を持っていた。
サカに向けて。
俺はゆっくり言った。
「……お前ら、誰だ」
部屋に重い沈黙が落ちた。
やがて一人が立ち上がる。
「私は失礼する」
そう言って部屋を出て行った。
その瞬間、空気が変わった。
残った二人が苦笑する。
「気にするな」
「さっきの空気は、あいつのせいだ」
俺はサカを見る。
「あいつは?」
サカは答えた。
「うちの部門の副部長だ」
俺は思わず聞いた。
「ここって……殺し屋の会社なのか?」
サカは笑った。
「バカか」
「殺し屋にライセンスを出す国があると思うか?」
……確かに。
⸻
サカの無事を確認し、俺は部屋を出た。
ニノが腕を組んで待っている。
「遅い!」
「嘘ついたかと思った!」
「子供に嘘つくほど暇じゃない」
バシッ!
頭を叩かれた。
「痛っ!」
「俺ケガ人だぞ!」
「知らない!」
⸻
その後――
一ヶ月が過ぎた。
⸻
退院の日。
ニノが迎えに来た。
だが俺は受付に向かった。
「サカの状態は?」
受付の女性が答える。
「あと一週間入院予定です」
「重度の貧血、内臓の損傷などがあります」
「ですが命に別状はありません」
安心した。
だが次の言葉で固まった。
「あなたの方が重傷ですよ」
「……は?」
「頭部出血、前腕粉砕骨折、手首骨折、肩の脱臼と骨折、頭蓋損傷……」
彼女は呆れた顔をした。
「あなた、本当に人間?」
俺は笑った。
サカより重傷か。
……悪くない。
ゴン!
受付の女性に殴られた。
「自慢することじゃありません!」
⸻
その後、ニノは俺をショッピングモールに連れて行った。
服屋。
宝石店。
人で溢れている。
俺は車椅子のままだ。
「これ、試着して」
服を渡された。
鏡を見る。
……誰だこいつ。
俺か?
「似合ってる」
ニノが笑う。
やめろ。
俺には金がない。
レジに近づく。
心臓が速くなる。
医者の言葉がよぎる。
(心拍数を上げるな)
俺はニノの手を掴んだ。
「聞いてくれ」
「俺……金がない」
ニノは一瞬黙り――
笑った。
「知ってるわ」
「これは退院祝いよ」
⸻
(第十六章・完)
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