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タイの物語  作者: Shadow
第I部:第II部:過去の根源と真実
13/33

第十三章 ― 転換点

家を追い出されてから、俺は暖かい場所の近くで眠るようになった。


眠るたびに、母の声が頭の中で蘇る。


「お前はゴミよ。

生きている価値すらない。

お前が死ねば、私は楽になる。」


あの声は夢の中でも消えなかった。



最初の夜――

それはただの夜ではなかった。


会社員らしい酔っ払いの男がいた。

ぶつぶつと上司の悪口を言いながら歩いている。


そして突然、俺の方を見た。


目が合った瞬間、男の顔が歪んだ。


「どけ、ガキ。」


俺は何も言わず、その場を離れようとした。


だが次の瞬間、男は俺の腕を掴んだ。


首を絞められ、地面に押し倒される。


そして殴られた。


何度も。


何度も。


俺は理解できなかった。


なぜ殴られているのか。

何をしたのか。


ただ痛みだけがあった。


俺はもう十分ひどい状態だった。

それなのに、この酔っ払いまで俺を殴る。


なんでだ。


どうして俺なんだ。


視界が暗くなっていく。


瞼が重い。


息が苦しい。


……俺は死ぬのか?


こんな場所で?


こんな終わり方なのか?


俺の人生に、安らぎは一度もないのか?


その時だった。


頭の奥から声が聞こえた。


「何をしている?」


低く、冷たい声。


「抵抗しろ。」



必死に右を向く。


そこには、小さな石があった。


震える手を伸ばす。


指先が地面を掻く。


あと少し。


あと少し。


そして――掴んだ。


次の瞬間、俺はその石を男の目に突き刺した。


「ぎゃああああ!!」


男は悲鳴を上げ、俺から離れた。


目を押さえながら怒鳴る。


「クソガキ……!

ただじゃ済まさねぇ!」


雨が降っていた。


空気は重く、地面は滑る。


俺は逃げた。


だが男は追ってくる。


路地に追い詰められた。


男はバッグを開けた。


そして――ナイフを取り出す。


……なぜ持っている?


なぜだ?


俺はまだ子供だ。


こんな年で死ぬなんて、考えたこともなかった。


逃げ道を探す。


だがどこにもない。


男が近づいてくる。


顔も服も血まみれだ。


周囲を見る。


錆びた鉄パイプが見えた。


だが取るには壊さなければならない。


その瞬間、男が突っ込んできた。


俺は近くにあった巨大なゴミ袋を掴んだ。


持ち上げたわけじゃない。


ただ押しつけた。


男の足元へ。


男は滑った。


計画通りだった。


俺は男を飛び越え、逃げようとした。


だが――


足を掴まれた。


振り返る。


男の顔を見た瞬間、俺は思った。


こいつは本当に人間なのか?


男は笑った。


「終わりだ……クソガキ。」


恐怖で目が見開く。


男はナイフを振り上げた。


それは普通の動きじゃなかった。


そこには怒りと、憎しみが詰まっていた。


俺は左腕を差し出した。


次の瞬間、ナイフが突き刺さる。


肉を裂く感触。


左腕が動かない。


男はナイフを引き抜こうとしている。


その時、俺は横を見た。


ガラス瓶。


俺はそれを掴んだ。


そして全力で振り下ろした。


瓶は男の頭で砕けた。


男は倒れた。


動かない。


俺は顔を蹴った。


何度も。


ナイフはまだ腕に刺さったままだった。


俺は急いで鉄パイプの所へ行く。


錆びていて、濡れていて、臭かった。


それを折る。


そして――


男の頭に振り下ろした。


どこから出たのか分からない力だった。


男は動かない。


俺の顔も服も血まみれだった。


それでも止まらなかった。


もう一度。


もう一度。


また振り下ろす。


やがて男の頭は原形を失った。


俺は止まった。


数秒。


そして――


笑った。


その時、また声が聞こえた。


「どうだ?」


「気分はいいか?」


「満足か?」


「ただの酔っ払いでこれだ。」


「もし相手が、お前の母親の男だったら?」


左腕が激しく痛む。


感覚がない。


俺はナイフを抜かなかった。


そのままにした。


男のバッグを取り、上着を奪う。


鉄パイプも持った。


そして走った。


前へ。


ただ前へ。


俺にはもう帰る場所がない。



雨の夜、川へ向かった。


寒さで息ができない。


視界もぼやけている。


必死に歩く。


だが橋の下で、俺は意識を失った。



目を覚ました時、奇妙な感触が頭にあった。


黒い猫だった。


俺の頭の上に乗っていた。


猫をどかす。


水面を見る。


そこに映った自分は――


痩せ細っていた。


息をするのもやっとだ。


俺は川の水を飲んだ。


だがすぐ吐いた。


一回。


二回。


三回。


四回。


五回。


顔を洗う。


そしてシャツを破った。


血まみれの服と鉄パイプを川へ捨てる。


男の上着の袖を裂く。


ナイフを腕から抜いた。


血が滝のように流れる。


袖で傷を縛る。


そしてバッグを調べる。


スマホが出てきた。


それを見た瞬間、全身に寒気が走った。


すぐ川へ投げ捨てた。


俺はその場を離れた。


だが、俺の体はまだふらついていた。

大量の血を失ったせいで、強い空腹とめまいが襲ってくる。


バッグの中を探る。

金があるはずだ。


五分ほど歩いた頃、小さな公園を見つけた。


俺は公園の奥にあるベンチへ向かい、座り込んだ。


バッグを何度も探る。

ようやく財布を見つけた。


中の金を取り出し、バッグはその場に捨てる。


金を数える。


……二百。


俺は小さく舌打ちした。


周囲を見渡すと、大きな屋台が見えた。


俺はそこへ歩いていく。


「何がありますか?」


店主は笑って答えた。


「うまい料理なら何でもあるぞ。何がいい?」


「軽い食べ物をください。」


「サンドイッチでいいか?」


「はい。」


店主はサンドイッチを作り始めた。


俺は近くの椅子に座る。


その時だった。


遠くからパトカーと救急車の音が聞こえた。


……まるで俺を探しているかのようだ。


胸が締め付けられる。


逃げるべきか?


だが、腹が減りすぎていた。


俺は動けなかった。


やがて店主が呼ぶ。


「おい、できたぞ。」


俺は立ち上がり、サンドイッチを受け取る。


「いくらですか?」


店主は首を振った。


「タダだ。」


俺は断ろうとしたが、店主は笑いながら無理やり渡してきた。


俺は黙って食べ始めた。


天気は穏やかだった。

晴れているわけでもなく、曇っているわけでもない。


静かな空。


その時、警察が公園へ入ってきた。


恐怖でサンドイッチを喉に詰まらせる。


だが自分に言い聞かせる。


(落ち着け……バレるはずがない。)


パトカーから二人の警官が降りた。


一人は屋台の店主のところへ。


もう一人は……俺の方へ歩いてくる。


俺は急いで食べ終え、立ち上がった。


「トイレに行って手を洗ってきます。」


トイレから出た瞬間、警官に呼び止められる。


「君、名前は?」


「迷子か?」


俺は黙った。


(黙っていれば行くか?)


だが警官は声を強める。


「名前を聞いているんだ。」


……逃げられない。


俺は答えた。


「こんにちは。

俺の名前はタイです。

心配してくれてありがとうございます。でも迷子じゃありません。」


……捨てられただけだ。


警官は俺の腕を見た。


「その腕、どうした?」


予想通りだった。


俺は用意していた嘘を言う。


「ただの軽い怪我です。

友達の真似をしてブランコから飛び降りたら、転びました。」


昨日、人を殺した。


警官は呆れた顔をした。


「バカか?そんなことするな。死ぬぞ。」


知ってるよ。


でも嘘をつくしかない。


警官は去り、もう一人の警官の所へ戻った。


俺は公園を出た。


……どこへ行く?


帰る場所はもうない。


その時、理解した。


ここからが俺の人生の始まりだった。


過酷な人生の。



俺はあちこちを転々とした。


そしてある公園に落ち着いた。


店の近くにある公園だった。


年月が過ぎた。


俺は十八歳になっていた。


学校には行っていない。


学校は母に連絡したらしい。


だがきっと無視したのだろう。


探そうとも思わなかったのだろう。



ある日、三人の学生に絡まれた。


顔は覚えていない。


だが言葉は覚えている。


一人が言った。


「金欲しいか?

俺のチ○コ舐めろよ。」


俺は軽蔑の目で見た。


「俺は金なんて頼んでない。」


「俺は弱い奴をいじめるような人間じゃない。」


男は怒った。


そして殴ってきた。


俺は倒れた。


三人は俺を蹴り始めた。


だが俺は考えていた。


(こいつらを殺して何になる?)


(刑務所に行くだけだ。)


その時だった。


少女の声が響く。


「やめて。」


俺は顔を上げた。


見知らぬ少女だった。


まだ若い。


十五歳くらいだろう。


俺を守っていた。


三人の一人が言う。


「どけよガキ。

女は殴りたくない。」


少女は前へ出た。


そして――


男を平手打ちした。


時間が止まったようだった。


男は怒り、彼女を殴った。


少女は地面に倒れる。


頬を押さえ、涙がこぼれそうだった。


俺は怒った。


男の股間を蹴る。


もう一人の顔も蹴り飛ばす。


少女の所へ行く。


「大丈夫か?」


その瞬間――


後ろから石で肩を殴られた。


俺は振り向き、男を殴った。


男は倒れ、仲間に抱えられて逃げた。


「覚えてろ!」



俺は少女を見る。


「なんで俺を助けた?」


少女は答えた。


「どうしてって?」


「困っている人を助けるのは普通でしょ。」


俺は彼女の顔を見た。


頬は腫れている。


「何が助けただよ。」


「顔見ろよ。腫れてるじゃないか。」


「まあいい。」


「俺はタイだ。

……何もしてないけど、ありがとう。」


少女は言う。


「ごめん。自己紹介してなかった。」


「私はニノ。よろしくね。」


俺は彼女に聞いた。


「今、何年生だ?」


彼女は少し誇らしげに答えた。


「中学生よ。

十五歳。」


俺はため息をついた。


「つまり未成年か。」


少し苛立ちながら言う。


「くそ……

小さな女の子に助けられたってことか。」


次の瞬間――


ゴンッ。


彼女の拳が俺の頭に落ちた。


「それが助けてあげた人への言い方?」


俺は眉をひそめて言い返す。


「助けた?」


「俺が助けたんだろ。」


彼女は腕時計を見る。


そして顔をしかめた。


「最悪……

あなたのせいで遅刻よ。」


そう言って、そのまま去っていった。



俺はさっき殴った連中を見た。


……ひどい顔だ。


腫れ上がった顔。

痛みに歪んだ表情。


それでもなお、叫んでいる。


「覚えてろ……!

絶対に復讐してやる!」


思わず笑いそうになった。



その時、一人の男が俺に声をかけた。


「おい。」


振り向く。


男は俺をじっと見ていた。


「仕事に興味あるか?」


俺の心臓が跳ねた。


仕事?


だが警戒して聞く。


「……あんた誰だ?」


男は落ち着いた声で言う。


「お前を助けてやれる。」


「金も稼げるようになる。」


俺は――迷わなかった。


「やる。」


即答だった。



男に連れられて、建物の中へ入る。


その瞬間、空気が変わった。


重い。


暗い。


息苦しい。


まるで……

ここだけ世界が違うようだった。


男は振り返って言った。


「これからお前は、身の守り方を学ぶ。」


そして静かに続けた。


「ここは――

殺し屋、連続殺人犯、暗殺者が集まる場所だ。」


「俺が、お前に生き残る方法を全部教える。」


俺は目を見開いた。


「……俺を犯罪者にする気か?」


男は大笑いした。


「違う。」


そして指を一本立てる。


「腐った人間だけを殺す。」


「依頼人が金を払う。」


「政府も黙認する。」


「だから安心しろ。」



だが、俺はその前に頼みがあった。


「一つ頼みがある。」


男は腕を組む。


「何だ?」


俺は言った。


「ネットに動画を投稿したい。」


男は眉を上げる。


「なぜだ?」


俺は静かに答えた。


「過去を壊すためだ。」


男は少し笑った。


「面白いな。」


「俺の名前はサカだ。」


そして言った。


「約束する。」


「お前を――

凶暴な戦士にしてやる。」



動画を投稿した後、サカが言った。


「お前の人生を壊した男を殺せ。」


俺は頷いた。



俺はその男を何日も監視した。


行動。

習慣。

時間。


すべて覚えた。


そして――


ある日、男は家を出た。


俺は後をつけた。


男は別の家へ入った。


俺も静かに侵入する。


そして――


背中にナイフを突き刺した。



……だが。


それだけじゃなかった。


部屋の奥で見た光景に、俺は凍りついた。


男は――


俺の母親と浮気していた。


その瞬間、俺は思った。


(ああ……)


(こいつは死ぬべき人間だ。)



男の妻が俺を見た。


悲鳴を上げる。


電話に手を伸ばす。


彼女は信じられなかったのだろう。


痩せた少年が――


ナイフで男を殺している光景を。


俺は言った。


「あなたの夫は浮気していた。」


「この動画を見ろ。」


彼女は震えながら動画を見た。


そして――


信じられないことに言った。


「……ありがとう。」


俺は固まった。


夫を殺した俺に……

感謝している。



その時。


部屋のドアが開いた。


一人の少年が出てきた。


俺を見る。


顔が一瞬で青くなる。


「母さん……!」


震えながら指をさす。


「こいつだ……!」


「俺を殴った奴!」


母親は俺を見る。


「本当?」


俺は答えた。


「先に喧嘩を売ったのはそいつだ。」


少年は父親を見る。


次に――俺の手を見る。


そして絶叫した。


電話に走る。


警察を呼ぼうとした。


俺はナイフを投げた。


刃は真っ直ぐ飛び――


少年の首に突き刺さった。


その場で倒れた。


動かない。



俺は母親を見る。


「警察に電話するか?」


彼女の目から涙が流れる。


「しない……」


震える声で言った。


「約束する……」


「何でもする……」


「だから……殺さないで……」


俺は彼女を見つめた。


その目は――


昔の俺と同じだった。


俺は頭を抱える。


世界が回る。


足がふらつく。


ナイフに向かって歩く。


だが――


そのまま倒れた。



目を覚ました。


「……警察?」


慌てて周りを見る。


知らない部屋。


ベッドの上だった。


……つまり。


警察は呼ばれていない。


俺は自分の手を見る。


そして――


泣いた。



その時、ドアが開いた。


女が入ってくる。


俺を見て驚いた。


「どうしたの?」


「どこか痛い?」


彼女は近づいてくる。


俺は――


彼女を抱きしめた。


「ごめん……」


「あなたをこんな目に遭わせるつもりじゃなかった。」


彼女は俺の頭に手を置いた。


優しく撫でる。


子供をあやすように。


しばらくして、俺は落ち着いた。


彼女は料理を持ってきた。


俺は食べながら泣いた。


俺は思った。


(俺はこの食事を食べる資格なんてない。)


(夫と息子を殺したのに。)


それでも彼女は優しかった。



彼女は言った。


「ここを出る前に、あなたがやったことを片付けなさい。」


俺は頷いた。


「分かった。」


「でも……先にシャワーを浴びたい。」


彼女は言った。


「一緒に行こうか?」


俺は驚いた。


「なぜ?」


「母親でもそんなことしなかった。」


彼女は優しく笑った。


「あなたを子供だと思ってるから。」


「大人には見えない。」



「……何歳だ?」


彼女の顔が赤くなる。


「え?」


「結婚したいの?」


俺は即答する。


「結婚?」


「ありえない。」


「ただ聞いただけだ。」


彼女は笑った。


「冗談よ。」


「夫と息子を殺した人と結婚すると思う?」


俺は下を向く。


「……ごめん。」


彼女は肩をすくめる。


「冗談だってば。」


「私は四十一歳。」


「名前は花。」


「あなたは?」


俺は言った。


「タイだ。」


「よろしく。」


彼女は微笑む。


「タイ……」


「太陽みたいな名前ね。」


俺は悲しく笑った。


「でも――」


「太陽はもう輝いてない。」



その後、俺は家を掃除した。


いじめっ子の死体は燃やした。


だが――


夫の死体がない。


花がウインクする。


「私が処理しておいた。」



その後、俺は風呂に入った。


だが――


花も入ってきた。


「背中洗ってあげる。」


俺は断らなかった。


彼女は俺の背中を見る。


そして凍りついた。


無数の傷。


痣。


彼女の声が震える。


「……何これ?」


「誰がやったの?」


俺は目を伏せる。


過去を思い出す。


「ただの喧嘩だ。」


彼女は泣き始めた。


「息子が……こんなことを……」


俺は言った。


「背中を洗ってくれ。」


「思い出させないでくれ。」


彼女は黙って背中を洗った。



風呂を出た後、俺は思った。


(夫と息子を殺したのに)


(それでも助けてくれた)


(俺は……本当に冷たい人間だ)


手を見る。


血で汚れている気がした。



俺は家を出る。


ドアの前で花が言った。


「気をつけてね。」


その一言は――


信じられないほど暖かかった。


俺は微笑んだ。


「ありがとう。」



家を出ると、地面に男の死体が転がっていた。


俺はそれを見る。


そして――


笑った。


あの殺人の後――


ネットには一本の動画が広がっていた。


俺の母親が、別の男と浮気している映像だ。


俺はサカの元へ戻った。


そして言った。


「……今度はあんたの番だ。」


「俺を鍛えろ。」


サカは何も言わず、俺を見つめた。


そして大きな部屋へ連れて行く。


広い。


何もない。


ただ冷たい空気だけが漂っていた。


サカが聞く。


「準備はできてるか?」


俺は即答した。


「お前に会う前からできてる。」



初日の訓練は、たった二時間半だった。


だが――


それだけで体は限界だった。


内容は単純だった。


ただひたすら反射神経を鍛える訓練。


だが地獄だった。


終わる頃には体が動かなかった。


床に倒れ込む。


サカはこの仕事を二十年近く続けている。


俺は息を切らしながら聞いた。


「……いつ武器を教えてくれる?」


サカは俺を見下ろした。


そして質問で返す。


「銃を持てば強くなると思うか?」


俺は黙る。


サカは続けた。


「弾を撃った後、次の弾を装填するまでに――」


「お前は生きていられるのか?」


……その瞬間、理解した。


俺は何も言えなかった。



俺は部屋を出てトイレへ向かう。


その途中で気づいた。


罠だ。


床の角度。

扉の位置。

違和感。


サカの言葉が頭に浮かぶ。


(反射だ。)


俺はそのまま戻った。


サカの前に立つ。


「……もう一回だ。」


サカは笑った。


「それが始まりだ。」



その日一日は――


まるで信号を通り過ぎる車のように早く過ぎた。


訓練が終わった時、俺は限界だった。


その場で倒れ、そのまま眠った。



(次の日)


衝撃で目が覚めた。


サカが俺を蹴り飛ばしていた。


俺は怒鳴る。


「サカ、この野郎!」


サカは冷たく言った。


「サカじゃない。」


「先生だ。」


俺はため息をつく。


「……はいはい、先生。」


それでもサカはしつこく言い続けた。


「先生だ。」


「俺はお前の先生だ。」



その後、サカは俺を朝食に連れて行った。


レストランの中。


そこで――


俺は彼女を見た。


あの時、俺を助けた少女。


ニノだった。


俺は立ち上がりかけた。


だが止まった。


彼女は友達と一緒だった。


俺は自分を見る。


ボロボロの服。


汚れた靴。


そしてまだ痛む腕。


……近づけなかった。


ただ遠くから見ていた。


サカが笑う。


「若いな。」


俺は眉をひそめる。


「何が言いたい?」


サカはニヤリと笑った。


「好きなんだろ?」


「でもお前――」


「服はボロボロ、匂いも最悪。」


俺は顔をしかめる。


「……悪口か?」


サカの顔が急に真剣になる。


「タイ。」


「強くなりたいなら――」


「守りたいものがあるなら――」


「俺が手伝ってやる。」


「だが訓練は増える。」


俺は笑った。


「それでいい。」


「それが望みだ。」



朝食の後、サカは真剣な目で聞いた。


「武器は何を使う?」


俺は笑った。


「全部試したい。」


「一つには決められない。」


サカは頷く。


「いい答えだ。」


「食後はサプレッサー付きの拳銃を教える。」


「その後、俺と仕事だ。」


「金を回収する。」


俺は肩をすくめた。


「問題ない。」



レストランを出た瞬間だった。


遠くから悲鳴が聞こえる。


サカは即座に走り出した。


その動きは――


人間じゃなかった。


まるで獲物を追う捕食者。


俺も追う。


だが追いつけない。


その時理解した。


(訓練の意味を。)


(そして種類を。)



近づくほど声が増える。


そして現場に着いた。


そこにいたのは――


ニノと、その友達だった。


俺は息を止めた。


その瞬間――


サカが叫ぶ。


「タイ!」


「後ろだ!」


俺が振り向いた瞬間――


巨大な石が迫っていた。


避けようとした。


だが間に合わない。


石は右肩に直撃した。


骨が外れる。


視界が揺れる。


腕が動かない。


体が震える。


呼吸が荒い。


気づけば――


六人に囲まれていた。



一人が前に出る。


その瞬間。


俺の中で何かが切り替わった。


……この感覚。


思い出した。


あの酔っ払いを殺した時の感覚だ。


男が一歩踏み出す。


次の瞬間――


俺の拳が動いた。


速い。


短い。


正確。


顔。


喉。


二撃。


男は息を詰まらせて倒れた。


動かない。



残りの五人は一瞬固まる。


だが一人が突っ込んできた。


同じ結果だった。


数秒で倒れる。


恐怖が広がる。



その時だった。


一人の男がニノを捕まえる。


腕で首を締める。


ナイフを首に当てた。


「動くな!」


その瞬間――


俺の視線はそいつに固定された。


空気が凍る。


心臓の音が消える。


俺の目は――


ただそいつだけを見ていた。



(第十三章・完)

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