第十三章 ― 転換点
家を追い出されてから、俺は暖かい場所の近くで眠るようになった。
眠るたびに、母の声が頭の中で蘇る。
「お前はゴミよ。
生きている価値すらない。
お前が死ねば、私は楽になる。」
あの声は夢の中でも消えなかった。
⸻
最初の夜――
それはただの夜ではなかった。
会社員らしい酔っ払いの男がいた。
ぶつぶつと上司の悪口を言いながら歩いている。
そして突然、俺の方を見た。
目が合った瞬間、男の顔が歪んだ。
「どけ、ガキ。」
俺は何も言わず、その場を離れようとした。
だが次の瞬間、男は俺の腕を掴んだ。
首を絞められ、地面に押し倒される。
そして殴られた。
何度も。
何度も。
俺は理解できなかった。
なぜ殴られているのか。
何をしたのか。
ただ痛みだけがあった。
俺はもう十分ひどい状態だった。
それなのに、この酔っ払いまで俺を殴る。
なんでだ。
どうして俺なんだ。
視界が暗くなっていく。
瞼が重い。
息が苦しい。
……俺は死ぬのか?
こんな場所で?
こんな終わり方なのか?
俺の人生に、安らぎは一度もないのか?
その時だった。
頭の奥から声が聞こえた。
「何をしている?」
低く、冷たい声。
「抵抗しろ。」
⸻
必死に右を向く。
そこには、小さな石があった。
震える手を伸ばす。
指先が地面を掻く。
あと少し。
あと少し。
そして――掴んだ。
次の瞬間、俺はその石を男の目に突き刺した。
「ぎゃああああ!!」
男は悲鳴を上げ、俺から離れた。
目を押さえながら怒鳴る。
「クソガキ……!
ただじゃ済まさねぇ!」
雨が降っていた。
空気は重く、地面は滑る。
俺は逃げた。
だが男は追ってくる。
路地に追い詰められた。
男はバッグを開けた。
そして――ナイフを取り出す。
……なぜ持っている?
なぜだ?
俺はまだ子供だ。
こんな年で死ぬなんて、考えたこともなかった。
逃げ道を探す。
だがどこにもない。
男が近づいてくる。
顔も服も血まみれだ。
周囲を見る。
錆びた鉄パイプが見えた。
だが取るには壊さなければならない。
その瞬間、男が突っ込んできた。
俺は近くにあった巨大なゴミ袋を掴んだ。
持ち上げたわけじゃない。
ただ押しつけた。
男の足元へ。
男は滑った。
計画通りだった。
俺は男を飛び越え、逃げようとした。
だが――
足を掴まれた。
振り返る。
男の顔を見た瞬間、俺は思った。
こいつは本当に人間なのか?
男は笑った。
「終わりだ……クソガキ。」
恐怖で目が見開く。
男はナイフを振り上げた。
それは普通の動きじゃなかった。
そこには怒りと、憎しみが詰まっていた。
俺は左腕を差し出した。
次の瞬間、ナイフが突き刺さる。
肉を裂く感触。
左腕が動かない。
男はナイフを引き抜こうとしている。
その時、俺は横を見た。
ガラス瓶。
俺はそれを掴んだ。
そして全力で振り下ろした。
瓶は男の頭で砕けた。
男は倒れた。
動かない。
俺は顔を蹴った。
何度も。
ナイフはまだ腕に刺さったままだった。
俺は急いで鉄パイプの所へ行く。
錆びていて、濡れていて、臭かった。
それを折る。
そして――
男の頭に振り下ろした。
どこから出たのか分からない力だった。
男は動かない。
俺の顔も服も血まみれだった。
それでも止まらなかった。
もう一度。
もう一度。
また振り下ろす。
やがて男の頭は原形を失った。
俺は止まった。
数秒。
そして――
笑った。
その時、また声が聞こえた。
「どうだ?」
「気分はいいか?」
「満足か?」
「ただの酔っ払いでこれだ。」
「もし相手が、お前の母親の男だったら?」
左腕が激しく痛む。
感覚がない。
俺はナイフを抜かなかった。
そのままにした。
男のバッグを取り、上着を奪う。
鉄パイプも持った。
そして走った。
前へ。
ただ前へ。
俺にはもう帰る場所がない。
⸻
雨の夜、川へ向かった。
寒さで息ができない。
視界もぼやけている。
必死に歩く。
だが橋の下で、俺は意識を失った。
⸻
目を覚ました時、奇妙な感触が頭にあった。
黒い猫だった。
俺の頭の上に乗っていた。
猫をどかす。
水面を見る。
そこに映った自分は――
痩せ細っていた。
息をするのもやっとだ。
俺は川の水を飲んだ。
だがすぐ吐いた。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
顔を洗う。
そしてシャツを破った。
血まみれの服と鉄パイプを川へ捨てる。
男の上着の袖を裂く。
ナイフを腕から抜いた。
血が滝のように流れる。
袖で傷を縛る。
そしてバッグを調べる。
スマホが出てきた。
それを見た瞬間、全身に寒気が走った。
すぐ川へ投げ捨てた。
俺はその場を離れた。
だが、俺の体はまだふらついていた。
大量の血を失ったせいで、強い空腹とめまいが襲ってくる。
バッグの中を探る。
金があるはずだ。
五分ほど歩いた頃、小さな公園を見つけた。
俺は公園の奥にあるベンチへ向かい、座り込んだ。
バッグを何度も探る。
ようやく財布を見つけた。
中の金を取り出し、バッグはその場に捨てる。
金を数える。
……二百。
俺は小さく舌打ちした。
周囲を見渡すと、大きな屋台が見えた。
俺はそこへ歩いていく。
「何がありますか?」
店主は笑って答えた。
「うまい料理なら何でもあるぞ。何がいい?」
「軽い食べ物をください。」
「サンドイッチでいいか?」
「はい。」
店主はサンドイッチを作り始めた。
俺は近くの椅子に座る。
その時だった。
遠くからパトカーと救急車の音が聞こえた。
……まるで俺を探しているかのようだ。
胸が締め付けられる。
逃げるべきか?
だが、腹が減りすぎていた。
俺は動けなかった。
やがて店主が呼ぶ。
「おい、できたぞ。」
俺は立ち上がり、サンドイッチを受け取る。
「いくらですか?」
店主は首を振った。
「タダだ。」
俺は断ろうとしたが、店主は笑いながら無理やり渡してきた。
俺は黙って食べ始めた。
天気は穏やかだった。
晴れているわけでもなく、曇っているわけでもない。
静かな空。
その時、警察が公園へ入ってきた。
恐怖でサンドイッチを喉に詰まらせる。
だが自分に言い聞かせる。
(落ち着け……バレるはずがない。)
パトカーから二人の警官が降りた。
一人は屋台の店主のところへ。
もう一人は……俺の方へ歩いてくる。
俺は急いで食べ終え、立ち上がった。
「トイレに行って手を洗ってきます。」
トイレから出た瞬間、警官に呼び止められる。
「君、名前は?」
「迷子か?」
俺は黙った。
(黙っていれば行くか?)
だが警官は声を強める。
「名前を聞いているんだ。」
……逃げられない。
俺は答えた。
「こんにちは。
俺の名前はタイです。
心配してくれてありがとうございます。でも迷子じゃありません。」
……捨てられただけだ。
警官は俺の腕を見た。
「その腕、どうした?」
予想通りだった。
俺は用意していた嘘を言う。
「ただの軽い怪我です。
友達の真似をしてブランコから飛び降りたら、転びました。」
昨日、人を殺した。
警官は呆れた顔をした。
「バカか?そんなことするな。死ぬぞ。」
知ってるよ。
でも嘘をつくしかない。
警官は去り、もう一人の警官の所へ戻った。
俺は公園を出た。
……どこへ行く?
帰る場所はもうない。
その時、理解した。
ここからが俺の人生の始まりだった。
過酷な人生の。
⸻
俺はあちこちを転々とした。
そしてある公園に落ち着いた。
店の近くにある公園だった。
年月が過ぎた。
俺は十八歳になっていた。
学校には行っていない。
学校は母に連絡したらしい。
だがきっと無視したのだろう。
探そうとも思わなかったのだろう。
⸻
ある日、三人の学生に絡まれた。
顔は覚えていない。
だが言葉は覚えている。
一人が言った。
「金欲しいか?
俺のチ○コ舐めろよ。」
俺は軽蔑の目で見た。
「俺は金なんて頼んでない。」
「俺は弱い奴をいじめるような人間じゃない。」
男は怒った。
そして殴ってきた。
俺は倒れた。
三人は俺を蹴り始めた。
だが俺は考えていた。
(こいつらを殺して何になる?)
(刑務所に行くだけだ。)
その時だった。
少女の声が響く。
「やめて。」
俺は顔を上げた。
見知らぬ少女だった。
まだ若い。
十五歳くらいだろう。
俺を守っていた。
三人の一人が言う。
「どけよガキ。
女は殴りたくない。」
少女は前へ出た。
そして――
男を平手打ちした。
時間が止まったようだった。
男は怒り、彼女を殴った。
少女は地面に倒れる。
頬を押さえ、涙がこぼれそうだった。
俺は怒った。
男の股間を蹴る。
もう一人の顔も蹴り飛ばす。
少女の所へ行く。
「大丈夫か?」
その瞬間――
後ろから石で肩を殴られた。
俺は振り向き、男を殴った。
男は倒れ、仲間に抱えられて逃げた。
「覚えてろ!」
⸻
俺は少女を見る。
「なんで俺を助けた?」
少女は答えた。
「どうしてって?」
「困っている人を助けるのは普通でしょ。」
俺は彼女の顔を見た。
頬は腫れている。
「何が助けただよ。」
「顔見ろよ。腫れてるじゃないか。」
「まあいい。」
「俺はタイだ。
……何もしてないけど、ありがとう。」
少女は言う。
「ごめん。自己紹介してなかった。」
「私はニノ。よろしくね。」
俺は彼女に聞いた。
「今、何年生だ?」
彼女は少し誇らしげに答えた。
「中学生よ。
十五歳。」
俺はため息をついた。
「つまり未成年か。」
少し苛立ちながら言う。
「くそ……
小さな女の子に助けられたってことか。」
次の瞬間――
ゴンッ。
彼女の拳が俺の頭に落ちた。
「それが助けてあげた人への言い方?」
俺は眉をひそめて言い返す。
「助けた?」
「俺が助けたんだろ。」
彼女は腕時計を見る。
そして顔をしかめた。
「最悪……
あなたのせいで遅刻よ。」
そう言って、そのまま去っていった。
⸻
俺はさっき殴った連中を見た。
……ひどい顔だ。
腫れ上がった顔。
痛みに歪んだ表情。
それでもなお、叫んでいる。
「覚えてろ……!
絶対に復讐してやる!」
思わず笑いそうになった。
⸻
その時、一人の男が俺に声をかけた。
「おい。」
振り向く。
男は俺をじっと見ていた。
「仕事に興味あるか?」
俺の心臓が跳ねた。
仕事?
だが警戒して聞く。
「……あんた誰だ?」
男は落ち着いた声で言う。
「お前を助けてやれる。」
「金も稼げるようになる。」
俺は――迷わなかった。
「やる。」
即答だった。
⸻
男に連れられて、建物の中へ入る。
その瞬間、空気が変わった。
重い。
暗い。
息苦しい。
まるで……
ここだけ世界が違うようだった。
男は振り返って言った。
「これからお前は、身の守り方を学ぶ。」
そして静かに続けた。
「ここは――
殺し屋、連続殺人犯、暗殺者が集まる場所だ。」
「俺が、お前に生き残る方法を全部教える。」
俺は目を見開いた。
「……俺を犯罪者にする気か?」
男は大笑いした。
「違う。」
そして指を一本立てる。
「腐った人間だけを殺す。」
「依頼人が金を払う。」
「政府も黙認する。」
「だから安心しろ。」
⸻
だが、俺はその前に頼みがあった。
「一つ頼みがある。」
男は腕を組む。
「何だ?」
俺は言った。
「ネットに動画を投稿したい。」
男は眉を上げる。
「なぜだ?」
俺は静かに答えた。
「過去を壊すためだ。」
男は少し笑った。
「面白いな。」
「俺の名前はサカだ。」
そして言った。
「約束する。」
「お前を――
凶暴な戦士にしてやる。」
⸻
動画を投稿した後、サカが言った。
「お前の人生を壊した男を殺せ。」
俺は頷いた。
⸻
俺はその男を何日も監視した。
行動。
習慣。
時間。
すべて覚えた。
そして――
ある日、男は家を出た。
俺は後をつけた。
男は別の家へ入った。
俺も静かに侵入する。
そして――
背中にナイフを突き刺した。
⸻
……だが。
それだけじゃなかった。
部屋の奥で見た光景に、俺は凍りついた。
男は――
俺の母親と浮気していた。
その瞬間、俺は思った。
(ああ……)
(こいつは死ぬべき人間だ。)
⸻
男の妻が俺を見た。
悲鳴を上げる。
電話に手を伸ばす。
彼女は信じられなかったのだろう。
痩せた少年が――
ナイフで男を殺している光景を。
俺は言った。
「あなたの夫は浮気していた。」
「この動画を見ろ。」
彼女は震えながら動画を見た。
そして――
信じられないことに言った。
「……ありがとう。」
俺は固まった。
夫を殺した俺に……
感謝している。
⸻
その時。
部屋のドアが開いた。
一人の少年が出てきた。
俺を見る。
顔が一瞬で青くなる。
「母さん……!」
震えながら指をさす。
「こいつだ……!」
「俺を殴った奴!」
母親は俺を見る。
「本当?」
俺は答えた。
「先に喧嘩を売ったのはそいつだ。」
少年は父親を見る。
次に――俺の手を見る。
そして絶叫した。
電話に走る。
警察を呼ぼうとした。
俺はナイフを投げた。
刃は真っ直ぐ飛び――
少年の首に突き刺さった。
その場で倒れた。
動かない。
⸻
俺は母親を見る。
「警察に電話するか?」
彼女の目から涙が流れる。
「しない……」
震える声で言った。
「約束する……」
「何でもする……」
「だから……殺さないで……」
俺は彼女を見つめた。
その目は――
昔の俺と同じだった。
俺は頭を抱える。
世界が回る。
足がふらつく。
ナイフに向かって歩く。
だが――
そのまま倒れた。
⸻
目を覚ました。
「……警察?」
慌てて周りを見る。
知らない部屋。
ベッドの上だった。
……つまり。
警察は呼ばれていない。
俺は自分の手を見る。
そして――
泣いた。
⸻
その時、ドアが開いた。
女が入ってくる。
俺を見て驚いた。
「どうしたの?」
「どこか痛い?」
彼女は近づいてくる。
俺は――
彼女を抱きしめた。
「ごめん……」
「あなたをこんな目に遭わせるつもりじゃなかった。」
彼女は俺の頭に手を置いた。
優しく撫でる。
子供をあやすように。
しばらくして、俺は落ち着いた。
彼女は料理を持ってきた。
俺は食べながら泣いた。
俺は思った。
(俺はこの食事を食べる資格なんてない。)
(夫と息子を殺したのに。)
それでも彼女は優しかった。
⸻
彼女は言った。
「ここを出る前に、あなたがやったことを片付けなさい。」
俺は頷いた。
「分かった。」
「でも……先にシャワーを浴びたい。」
彼女は言った。
「一緒に行こうか?」
俺は驚いた。
「なぜ?」
「母親でもそんなことしなかった。」
彼女は優しく笑った。
「あなたを子供だと思ってるから。」
「大人には見えない。」
⸻
「……何歳だ?」
彼女の顔が赤くなる。
「え?」
「結婚したいの?」
俺は即答する。
「結婚?」
「ありえない。」
「ただ聞いただけだ。」
彼女は笑った。
「冗談よ。」
「夫と息子を殺した人と結婚すると思う?」
俺は下を向く。
「……ごめん。」
彼女は肩をすくめる。
「冗談だってば。」
「私は四十一歳。」
「名前は花。」
「あなたは?」
俺は言った。
「タイだ。」
「よろしく。」
彼女は微笑む。
「タイ……」
「太陽みたいな名前ね。」
俺は悲しく笑った。
「でも――」
「太陽はもう輝いてない。」
⸻
その後、俺は家を掃除した。
いじめっ子の死体は燃やした。
だが――
夫の死体がない。
花がウインクする。
「私が処理しておいた。」
⸻
その後、俺は風呂に入った。
だが――
花も入ってきた。
「背中洗ってあげる。」
俺は断らなかった。
彼女は俺の背中を見る。
そして凍りついた。
無数の傷。
痣。
彼女の声が震える。
「……何これ?」
「誰がやったの?」
俺は目を伏せる。
過去を思い出す。
「ただの喧嘩だ。」
彼女は泣き始めた。
「息子が……こんなことを……」
俺は言った。
「背中を洗ってくれ。」
「思い出させないでくれ。」
彼女は黙って背中を洗った。
⸻
風呂を出た後、俺は思った。
(夫と息子を殺したのに)
(それでも助けてくれた)
(俺は……本当に冷たい人間だ)
手を見る。
血で汚れている気がした。
⸻
俺は家を出る。
ドアの前で花が言った。
「気をつけてね。」
その一言は――
信じられないほど暖かかった。
俺は微笑んだ。
「ありがとう。」
⸻
家を出ると、地面に男の死体が転がっていた。
俺はそれを見る。
そして――
笑った。
あの殺人の後――
ネットには一本の動画が広がっていた。
俺の母親が、別の男と浮気している映像だ。
俺はサカの元へ戻った。
そして言った。
「……今度はあんたの番だ。」
「俺を鍛えろ。」
サカは何も言わず、俺を見つめた。
そして大きな部屋へ連れて行く。
広い。
何もない。
ただ冷たい空気だけが漂っていた。
サカが聞く。
「準備はできてるか?」
俺は即答した。
「お前に会う前からできてる。」
⸻
初日の訓練は、たった二時間半だった。
だが――
それだけで体は限界だった。
内容は単純だった。
ただひたすら反射神経を鍛える訓練。
だが地獄だった。
終わる頃には体が動かなかった。
床に倒れ込む。
サカはこの仕事を二十年近く続けている。
俺は息を切らしながら聞いた。
「……いつ武器を教えてくれる?」
サカは俺を見下ろした。
そして質問で返す。
「銃を持てば強くなると思うか?」
俺は黙る。
サカは続けた。
「弾を撃った後、次の弾を装填するまでに――」
「お前は生きていられるのか?」
……その瞬間、理解した。
俺は何も言えなかった。
⸻
俺は部屋を出てトイレへ向かう。
その途中で気づいた。
罠だ。
床の角度。
扉の位置。
違和感。
サカの言葉が頭に浮かぶ。
(反射だ。)
俺はそのまま戻った。
サカの前に立つ。
「……もう一回だ。」
サカは笑った。
「それが始まりだ。」
⸻
その日一日は――
まるで信号を通り過ぎる車のように早く過ぎた。
訓練が終わった時、俺は限界だった。
その場で倒れ、そのまま眠った。
⸻
(次の日)
衝撃で目が覚めた。
サカが俺を蹴り飛ばしていた。
俺は怒鳴る。
「サカ、この野郎!」
サカは冷たく言った。
「サカじゃない。」
「先生だ。」
俺はため息をつく。
「……はいはい、先生。」
それでもサカはしつこく言い続けた。
「先生だ。」
「俺はお前の先生だ。」
⸻
その後、サカは俺を朝食に連れて行った。
レストランの中。
そこで――
俺は彼女を見た。
あの時、俺を助けた少女。
ニノだった。
俺は立ち上がりかけた。
だが止まった。
彼女は友達と一緒だった。
俺は自分を見る。
ボロボロの服。
汚れた靴。
そしてまだ痛む腕。
……近づけなかった。
ただ遠くから見ていた。
サカが笑う。
「若いな。」
俺は眉をひそめる。
「何が言いたい?」
サカはニヤリと笑った。
「好きなんだろ?」
「でもお前――」
「服はボロボロ、匂いも最悪。」
俺は顔をしかめる。
「……悪口か?」
サカの顔が急に真剣になる。
「タイ。」
「強くなりたいなら――」
「守りたいものがあるなら――」
「俺が手伝ってやる。」
「だが訓練は増える。」
俺は笑った。
「それでいい。」
「それが望みだ。」
⸻
朝食の後、サカは真剣な目で聞いた。
「武器は何を使う?」
俺は笑った。
「全部試したい。」
「一つには決められない。」
サカは頷く。
「いい答えだ。」
「食後はサプレッサー付きの拳銃を教える。」
「その後、俺と仕事だ。」
「金を回収する。」
俺は肩をすくめた。
「問題ない。」
⸻
レストランを出た瞬間だった。
遠くから悲鳴が聞こえる。
サカは即座に走り出した。
その動きは――
人間じゃなかった。
まるで獲物を追う捕食者。
俺も追う。
だが追いつけない。
その時理解した。
(訓練の意味を。)
(そして種類を。)
⸻
近づくほど声が増える。
そして現場に着いた。
そこにいたのは――
ニノと、その友達だった。
俺は息を止めた。
その瞬間――
サカが叫ぶ。
「タイ!」
「後ろだ!」
俺が振り向いた瞬間――
巨大な石が迫っていた。
避けようとした。
だが間に合わない。
石は右肩に直撃した。
骨が外れる。
視界が揺れる。
腕が動かない。
体が震える。
呼吸が荒い。
気づけば――
六人に囲まれていた。
⸻
一人が前に出る。
その瞬間。
俺の中で何かが切り替わった。
……この感覚。
思い出した。
あの酔っ払いを殺した時の感覚だ。
男が一歩踏み出す。
次の瞬間――
俺の拳が動いた。
速い。
短い。
正確。
顔。
喉。
二撃。
男は息を詰まらせて倒れた。
動かない。
⸻
残りの五人は一瞬固まる。
だが一人が突っ込んできた。
同じ結果だった。
数秒で倒れる。
恐怖が広がる。
⸻
その時だった。
一人の男がニノを捕まえる。
腕で首を締める。
ナイフを首に当てた。
「動くな!」
その瞬間――
俺の視線はそいつに固定された。
空気が凍る。
心臓の音が消える。
俺の目は――
ただそいつだけを見ていた。
⸻
(第十三章・完)




