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サマー・マーメイド・ループ ~溺れる人魚にハッピーエンドを見せたい俺は、夏休みを繰り返す~  作者: 雪村灯里


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#5 壊れた祠と溺れる人魚

 海で溺れていた人物が、夢に出てきた人魚によく似ていた。


 ――嘘だろ? まさか本当にいるなんて!


 腕の中の女の子と目が合った。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに安心したように微笑む。だが、彼女の体が急にガクンと沈んだ。まるで海の中から引っ張られるように。


 俺も一緒に海に引きずり込まれ、その拍子に眼鏡が外れてしまった。


 ぼんやりとした青い世界。


 俺達の足元に(まと)わりつく、青白い影が見えた。普通なら驚くだろう。でも、彼女を助けて生還することが第一優先の俺は、その影を思いっきり蹴とばした。


 足に確かな手応えを感じたと同時に、海の底へ引き寄せる力が消えた。

 俺は水を蹴って再び海面に浮上した。


 ぷはぁ!!


(さとる)! これに捕まれ!」


 蒼太(そうた)の声だ! 叫び声と一緒に、俺の近くに何か飛んで来た。

 プカプカと水面を漂うソレは、色あせた救助浮き輪だ。


 ――グッジョブ! バスケ部の応援に駆り出されるだけあって、いい肩してる!!


 俺は浮き輪に右腕をかけ、左腕でぐったりとした彼女の体を支える。一刻も早く海から出ないと!!


 蒼太は腰まで海につかりながら、浮き輪に繋がるロープを手繰り寄せている。俺も必死に泳ぎ、やっと足が付く深さまでたどり着いた。


 ――あと少し、あと少しだ。どうか間に合ってくれ!


 海面が胸の高さになる場所までたどり着くと、彩葉(いろは)にロープを託した蒼太と合流した。


「二人とも大丈夫?」

「蒼太、ありがとう。でもこの子意識が無い!」

「――! わかった。早く浜に、呼吸と脈を確認しよう」


 2人で、彼女を海から引き上げようとした時だった。白い波が海へ帰ると同時に、彼女の全貌が現れる。俺達は、助けた少女を見て言葉を失った。


 上半身は、様々な種類の網で作られた、変わった水着を着ていた彼女。だが、腰から下に人間の足が無い。その代りにあったのは、ピンク色の鱗が生えた魚のような下半身。


 それは、お伽噺で聞く人魚そのものだった。前方の砂浜から、彩葉の声が聞こえた。


「うそ……」


 目を丸くした彩葉が、ぽかんと口を開けたまま固まり、手に持っていたスマホがぼとりと砂の上に落ちる。波の音だけがその場を支配した。しかし俺は、人魚の蒼白い顔を見て我に帰る。


「おい! 大丈夫か!?」


 人魚の頬を叩くが反応が無い。彼女を仰向けに寝かせて、口の近くに耳を寄せた。首に指を添えて脈を探すが……


「この子、呼吸と脈が無い!」


 俺と蒼太は視線を合わせて無言でうなずくと、行動に移った。


 授業で教わった人命救助を思い出しながら、人魚の顎を少し上げて気道を確保した。蒼太が数えながらリズミカルに心臓マッサージを始める。30回ほど行い、蒼太は一度手を止めて人魚の様子を確認した。


 だが彼女に呼吸は戻らない。


 俺は彼女の鼻をつまみ、息を長く吹き込んだ。空気が彼女の肺に入り胸が上がる。しかし、まだ彼女に変化はない。


 ――頼む! 目を覚ましてくれ……


 俺は祈るようにもう一度息を吹き込んだ。すると……人魚はゴホゴホとせき込み、

 飲み込んでいた海水を吐きだした。


「大丈夫? わかるか?」


 虚ろな人魚は俺の声に反応してこくりと頷いた。彼女は荒い呼吸を繰り返した後、段々と呼吸が落ち着いてくる。


 ――良かった。


 俺はその場に座り込んで安堵の息を吐いた。安心したら、自分の視界がぼやけていることに気付いた。海の中に眼鏡を落したのだった。


 ――まぁ、仕方がない。人魚が助かったから良しとしよう。


 それにしても、周囲が白すぎる。宙に何か浮いているように見えた。海に入った後って、こうなるモノだろうか? 目も問題だけど、体も悲鳴を上げていた。


 眠りが浅かったのと、家から海岸までのダッシュ。それに、この救出で俺の体力がガッツリ削られたのがよく分かる。眩暈に耐え切れなくなった俺は、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「ちょっと、悟!! どうしたの!? 大丈夫??」


 心配した彩葉が、俺の肩をバシバシと叩く。


 ――痛い、脱臼する。 疲れただけだから、少し休憩させてくれ。

 

 そんな心の声は、言葉に出来なかった。そのまま、俺の意識は途絶えた。 


 ◆


 ――涼しい。


 周囲の空気が、ひんやりと冷たくて気持ち良かった。口の中に冷たい液体が入ってくる。それをゴクリと飲み込んだ所で目が覚めた。


「んお?」


 ここは、ウチのリビングだった。


 エアコンからは涼しい風がそよぎ、先ほどまでの暑さが嘘のようだ。濡れた服も着替えたようで、今はお気に入りの『ツチノコ』Tシャツを着ている。


 更には、テーブルの上に置かれたグラスに手を添えていた。今、喉を通ったのは麦茶のようだ。


 リビングに居たのは俺だけでは無い。俺の斜め前の席には『おいでやすUFO』Tシャツを着た蒼太がいる。ちなみにそのTシャツ、俺のコレクションである。


「『んお?』 じゃなくて、はぐらかさないでよ。悟」


 蒼太は、表情こそ真顔に近いものの、少しムッとしていた。


 ――はぐらかすって何をだ? それより何より……


「え? ここウチ? なんで!? あの人魚どうした!?!? 彩葉は!?」


 状況が分からない! 目覚めてベッドの上ならまだ分かる。なぜ俺は冷房が効いた部屋で蒼太と麦茶を飲んでるんだ!? 


 その時、リビングの扉が開く音が聞こえた。振り向くと、そこには彩葉が立っていた。彼女は肩が出る、花柄ワンピースを着ている。その肩には、これまた大きなトートバックを提げている。


 彼女はパタパタと、足早に俺の背後に回ると、俺の脳天に鋭くチョップを振り下ろした。


 ぼすっ!


 いつもなら真剣白刀取りの要領で阻止するが、混乱した俺はまともに喰らってしまった。彩葉は「静かに」のジェスチャーのあと、声のボリュームを抑えて注意する。


「もうっ! うるさい! あの子起きちゃうじゃん! それよりも!! ちゃんと説明してくれるんでしょうね!?」


 彩葉の声は小さくても、力が籠ってる。目も真剣そのものだ。彼女の言葉に蒼太も同調して頷いた。


「ま、待ってくれ! まず、この状況を誰か説明してくれ! なんで俺は家にいるんだ? 浜で倒れてから記憶が無いんだって!!」


 ――頼む! 信じてくれよ……!!


 その願いが通じたのか、彩葉が俺の顔をまじまじと見て驚きながら零した。


「悟の鼻、ピクピクしてない……嘘ついてないの?」


 ――俺、そんな癖があったのか!? 嘘つくとき気を付けよう……じゃなくて! 良かった~。


 安心した俺の腹からも「ぐぅ~」とリアクションがあった。壁の時計を見たら12時を回っていた。3時間ほど記憶が無いのだが!? 


 彩葉は小さくため息を吐くと、俺の右斜め前に座った。蒼太の真正面にあたる。彼女はトートバックの中からカップラーメンを3つ取り出し、テーブルの上に置いた。


「お腹減ったでしょ? 食べながら状況を整理しましょう」


『ぐぅ~』


 ――俺の腹よ。俺より先に答えないで欲しい。

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