#4 真夏の海と俺を呼ぶ声
むかーしむかし、この土地では天候が荒れ、食べる物に困った年が続いた。海も荒れて漁にも出られない。
そんな中、浜辺でひとりの旅人が行き倒れていた。優しい住人達は、旅人を助け、貴重な食料も与えた。
旅人は住人達の看病の甲斐あって元気になった。そして、彼等が食糧に困っている事を知り、酷く胸を痛めたそうだ。
旅人は助けてもらった礼に、荒れ狂う海を宥める祠を作った。
海は落ち着きを取り戻し、住人は海の恩恵を受けて命を繋ぐことが出来とさ。めでたしめでたし……
◆
めでたくない。
その話に出てくる祠が破壊されたのだ。冷静な蒼太はスマホを取り出して通話を始めた。
「もしもし、じいちゃん? 僕です。実は浜の祠が壊されていて……」
この祠の管理者である、彼の祖父に報告している。いろんな意味で腰を抜かしそうな内容だ。
辺りには色褪せた朱色の木片が散らばり、石の基礎だけが変わらず在った。台風が来てもここまで壊れる事は無い。これは……人為的なものを感じた。
彩葉が震える声で、恐る恐る尋ねてきた。
「ねぇ、悟? 因習村の話で、よく祠が壊れるじゃない? その後って……どうなるんだっけ?」
「な、なんだよ、オカ研副会長。知ってる癖に白々しいな。それに、よく祠が壊れてたまるか。……大抵、祠に祭られていた『何か』が怒ったり、解き放たれて災いが起るよな?」
彩葉は小さく「ひえっ」と悲鳴をあげた。そして、俺の右肩をがしりと掴み、ガクガクと揺さぶり始めた。やめろ、寝不足の脳が揺れる。
「ねぇっ! この祠っ! 何が祀られていたの?? なにが封印されていたの??」
「俺だって詳しく知らねーよ。海の安寧を守るための祠だ。封じていたとは限らな……」
『ない』と言い切りたかったが、地面に散らばる木片の中に『竜』の文字が見え、背筋がゾッとした。
この青暗い海の中に、何か居るのか?……
『たすけて』
――声?
女性の声が小さく聞こえた……周囲を見渡すが、近くには俺達3人以外は見当たらない。空耳か?
「なぁ、彩葉。今、何か聞こえなかったか?」
「ええっ! 怖い! 冗談はやめてよ」
恐怖でブレーキが壊れた彩葉は、俺の右肩をバシンと叩く。地味に痛い。顔を引きつらせた俺達は再び辺りを見る。なんだろう? 胸騒ぎがする。
『悟くん』
――!!
彩葉の肩越しの海面に、動くものが見えた。白くて細長くて……幽霊? 妖怪? いや!!
「彩葉! あそこ!! 人が溺れてる!!」
「えっ!? 人? えぇ?? ――何もいないけど……」
――嘘だろ? ここからはっきり見えるのに!
しかし彩葉は本当に何も見えない様だった。困惑しながら俺と海を交互に見る。彼女は嘘をつくような器用さを持ち合わせてない。
電話が終った蒼太も「どうした」とこちらに近寄ってきた。俺が指さす方を彼も見るが、反応は彩葉と同じだ。
――二人とも見えていない!? 怪奇現象? いや、人間だったらどうする! ちくしょう!!
俺は走り出していた。
「おい、悟どうした!?」
「待って!? どこ行くの? まさか!! 悟、泳げないでしょ!?」
俺は石段を駆け下り、砂浜を全速力で走った。靴とカバンを砂浜に放り投げ、そのまま海に駆けこみ手で水を掻いた。
確かに水泳は苦手だ。でも、それどころではない。
海面から出た白い手は何かを掴もうと、必死に空を掻く。この浜辺はすこし沖へ向かうと急に深くなり、事故が起こり易い。
俺も9歳の時、ここで溺れた実績有りの浜だ。当時は誰かに助けてもらい、奇跡的に生還した。
そう、誰かが助けないと助からない。
藻掻く手まで数メートルとなった時、溺れている人物の頭が海面から出てきた。女の子だ! ピンク色の長い髪は乱れ、苦しそうに顔を歪めている。しかし、彼女は再び波にのまれ沈んでしまう。
彼女の元にたどり着いた俺は、沈みそうな彼女の手を掴んで引き寄せた。
「おい! 大丈夫か!? 落ち着い――!!」
その時、俺は頭が真っ白になった。
今、目の前で溺れている子は、夢の中に出てきた、ピンク色の人魚にそっくりだった。




