#6 無くした記憶はブラとパンツと共に
今日は事件が多すぎる。
変な夢を見るし、自転車は意図しない場所にワープする。それに海辺の祠は壊れるわ、溺れる人魚を助けるわ。
浜辺で気絶したと思ったら、自宅でオカルト研のメンバー3人でカップラーメンをすすっている。
うまい。空腹の胃に沁みる!!
もちろん、俺も蒼太もカップラーメン代を彩葉に支払った。少し色を付けて渡しているので安心してほしい。彼女の気遣いに感謝感謝。
「なぁ、俺……あの子を助けてから、眩暈がして横になったんだよ。そこから記憶が飛んでいるんだ」
俺の言葉を聞いた2人は「あの時から?」といった表情で驚いた。彩葉が箸をおいて麦茶を飲む。彼女は「う~ん」と首を捻りながら説明を始める。
「確かに悟は一瞬寝転がった。けど、直ぐに起き上がって『この子は、俺の家に連れて帰る!』って言ったの。覚えてない?」
俺は真剣な顔で「覚えてない、覚えてない」と首を振って答えた。蒼太が補足する。
「悟は、『救急にも警察にも、この子の存在を知られちゃダメなんだ』って、すごい剣幕だったよ」
「そうそう。あの時の悟、暑さで変になっちゃたかもって怖かった。『俺達以外に人魚の存在がバレたら、バッドエンドだ』って。高橋君の一輪車にあの子を乗せてここまで運んだのよ?」
俺は、運搬用一輪車にちょこんと乗る人魚の画を想像した。可愛い。いやいやいや、可愛いけど目立たないか?
「いくら田舎とはいえ、誰かに見られて話しかけられるだろ?」
「それが誰とも合わなかったんだよ。悟が細かく指示したんだ。30秒待てとか、この道はダメだから迂回しようとか」
「そうそう、少し遠回りしたけど、本当に誰とも遭わなくて私達驚いたの! まるで知っていたみたいだって。あっ! 悟の自転車も家まで運んであるわよ?」
おっ! 自転車まで。たすかる!!
「ここに着いてからは、一階の和室に布団を敷いて、あの子はそこで眠ってる」
「3人とも海水と汗でベトベトだったから、2人は悟の家で着替えて、私は一度家に戻ったの。じゃあ、あの件も覚えてないわね?」
「あの件って?」
彩葉はトートバックから、某有名衣料品店の名前が書かれたビニール袋をしずしずと取り出した。
彼女の家が有る区画は、一本通りを越えると大通りに出る。なので衣料品店やスーパーが近い。そこで買ったのだろう。俺が袋に触ろうとすると、彩葉はそれをサッと遠ざけた。
「なんででだよ。中、見てもいいだろ?」
それを聞くと彩葉は顔を赤くして袋を胸に抱えた。何で赤くなってるんだコイツ。彩葉の代わりに蒼太が説明してくれた。
「悟が森宮さんに、お遣いを頼んだんだよ。あの子の服と下着を買ってきて欲しいって。下着は上下って指定付きで」
下着。しかも上下。あー……彩葉様、申し訳ない。それは見せられないな。
「彩葉さま。覚えていないとはいえ、ありがとうございました……」
「うむっ。くるしゅうない。サイズも問題ないと思うわ」
「……ちなみに、その金はどうしたんだ?」
「悟が出したじゃない」
「悟が出したんだよ?」
二人同時に同じ答えを返された。俺は、慌ててカバンの中の財布を確認する。――!! 確かに! 額がガッツリ減ってる!!
俺の胃袋は満たされたのに、心と財布はしおしおだ。
「……他に奇行はしていたか? 俺」
「奇行というか……いつもより、テキパキしてたくらいかな?」
「そうだね。あの子の事いろいろ知っている風では有ったけど……今の悟は元に戻ったから、聞いても無駄そうだね」
奇行なしと。
話しているうちに3人ともラーメンを完食した。胃袋が落ち着いた彩葉が質問を投げかける。
「悟、これからあの子をどうするの?」
一番重要な話である。今は良く言えば保護、悪く言えば拉致だ。連れて来て勝手だが、ずっとこの家に置いておく訳にもいかない。
「う~ん……元気になったら、海に帰すでいいんじゃないか?」
「でもあの子、溺れてたよね? 帰れるのかな?」
「はっ――!!」
確かに。
人魚は日本書紀にも出てくる古い妖怪だ。日本だけでなくヨーロッパでもマーメイドやセイレーンといった類似の伝説がある。
彼等の共通項は、海に棲む半人半魚。古今東西多くの伝説が有るのに、海で溺れる人魚なんて初めて聞いた。
でも、なんで溺れていたんだ? 体調が悪かった? 事故?……原因は目が覚めた本人に聞いてみないと分からない。そもそも、言葉は通じるのか??
俺は頭を抱えた。蒼太は天井の隅を見つめながら考えていた。
「祠と人魚、なにか関係があるのかな?」
おお! さすが蒼太。日が浅いとはいえ、目の付け所がオカルト! あれ?
俺の目にはぼやけた彩葉の横顔が見えていた筈なのに、一瞬で世界が白く染まった。だが白い世界は右から左へと流れ、再び彩葉の横顔が見えた。
そう言えば……今日は海から上がってから、常に視界の端で白いものが動いている。疲れ目か? 目頭をつまんで揉んでみたが、改善されない。
「悟、どうしたの? 目痛い? 目薬さした方がいいんじゃない? それに眼鏡も予備があったでしょ?」
「ああ、そうだな……」
俺は彩葉のアドバイス通り、リビングの棚に置いてある薬箱から目薬を取り出して点眼した。ひんやりとした刺激が目に走る。
予備の眼鏡も戸棚から取り出した。先代の眼鏡なのでフレームは一昔前の流行り物だ。度数も若干弱いが、ないよりマシだろう。
スッキリしたので、眼鏡を掛けて振り返ると……
「……うぁぁぁっぁぁ!!!」
俺は思わず叫んで腰を抜かしてしまった。
「びっくりした。もうっ! 大きな声出さないでよっ」
「そんなに驚いてどうしたの? お化けでも見えた?」
蒼太はいたって冷静に、真面目に尋ねる。悔しいが……
「そうだよ! そこに、なんか居る!!」
天井付近で、白く薄い帯状の何かがフワフワと漂っていた。俺が指さす方を二人も見るが。直ぐに俺とその空間を見比べる……彩葉が口を開いた。
「演劇部からスカウトされそう」
「ちげーよ! 本当に!! い・る・の!」
その布のような存在は、ふよふよと俺に近寄ってきた。俺の周りをゆっくりしたスピードでぐるぐると泳ぐ。
なんだ? この一反木綿みたいな布!? 俺にしか見えないって何だよ!!
俺は一反木綿(仮)を振り払おうと、手をぶんぶん振った。
「高橋君、どうしよう……」
「森宮さん。悟、本当にまずいかも……」
バタバタしていると、背後で空気が動く気配がした。二人もそれに気づいて部屋が静まりかえる。
一反木綿(仮)は空気を読んだように俺から離れた。リビングの扉がゆっくりと開くと……ドア枠にしがみつくように、女の子が立っていた。困り顔の女の子は申し訳なさ実に口を開く。
「あの……」
ピンクのロングヘアーと濃いブルーの瞳。ネコが描かれた俺のTシャツを着た少女。それは先ほど俺達が助けた人魚だ。
だが、視線を下へと移動すると……ダブダブのTシャツの裾から二本の脚が生えていた。煩悩なんてすっ飛ぶ。俺と彩葉は叫んだ。
「「に、人魚が立ったぁ!?!?」」




