第9話 「推しと同居中(ただし中身)」
コンビニの明かりを背に夜風を浴びながら淡々と歩く。手にしたビニール袋の中で、ペットボトルのお茶と肉まんの温かさがアンバランスに混じり合っていた。
外の冷たい空気を吸っているはずなのに、俺の頭の中の霧はまったく晴れなかった。
部屋へ戻る。
玄関の鍵を閉めた瞬間、またあのノートの存在が頭を支配してくる。
――お前は誰だ
ページに残された可愛らしい丸文字が、脳裏にこびりついて離れない。
俺は俺として生きるべきなのか。それとも……雨宮莉の“中身”として振る舞わなきゃいけないのか。
どっちを選んでも、もう元の場所には戻れない気がして、胸の奥が締めつけられた。
机の上に視線をやる。
さっき見たノートは、まるで何事もなかったかのように無造作に置かれている。
その静けさが、逆に恐ろしい。
コンビニの袋を机に置いた。お茶のボトルが小さく転がり、肉まんの包み紙からじんわりと湯気が漏れる。
椅子に腰を下ろす。視線の先には、あのノート。
「俺」が読んだのか、「雨宮莉」が読んだのか。思い返そうとしても、輪郭がぼやける。 ページをめくった感触は確かに手に残っているのに、 それが俺の指だったのかどうか、ふいに自信がなくなった。
俺は誰だ?
引きこもりで高校を中退した、何者でもない「俺」か。
それとも人気配信者、雨宮莉としての「日常」を演じるべき存在なのか。
机の上に置かれたノートの無地の表紙が、まるで鏡のように無言で問いかけてくる。
「お前は、どっちだ」と。
気づけば、肉まんを食べる気力さえなくなっていた。




