第282話 「ここに置いておいた筈のローストビーフが無くなってますわ」
そして不味い状況と思える、もう一つの理由。……それは、城の中が静か過ぎる事である。
この様な恐ろしい怪物達が暴れているのだ。深夜とは言え、悲鳴の一つや二つ聞こえて来そうな物である。
それなのにも関わらず、ツインデール城内は異様な静けさに包まれていた。
「……一体、何が起こっていると言うの?」
人が一人も居ないと思える程、静まり返るツインデール城内。……それがラミス姫には、不気味で仕方がなかった。
それにラミス姫が幾ら考えても、このツインデール城内が異常な静けさに包まれている理由に説明が付かないのである。
このツインデール城には一万を超える兵士達が滞在しており、その他にも城内で働く人達が一万人近くは居る筈なのだ。
──そしてツインデール公国が誇る、希望の戦士達。
クリストフ将軍とバラン将軍の二人も怪物達の奇襲に気が付き、今頃牛鬼と剣を交えている筈なのである。
そして公国最強の実力を持つ、姉リンの存在。四神の力を覚醒させ、真の力を解放した白虎の巫女"剣神"リンも戦っている筈なのだから───。
……それなのに、この城内の異様な静けさは一体何だと言うのだろうか?
「まさか───。」
ラミス姫の脳裏に、蛇に石化させられていた人達の姿が過る。
まさか牛鬼が蛇の様に、ツインデール城内の人達を何らかの方法で動けなくしているのだろうか?
……しかし有りと有らゆる知識に長けた姉ナコッタと違い、神話の知識も無ければ怪物の知識も無いラミス姫には、これ以上の答えが見つかる事はなかった。
「キャアアアアアア!?」
突如、薄暗い廊下にロクサーヌの叫び声が響き渡る。
──!?
慌てて後ろに振り返るラミス姫だが……。ラミス姫は背後に、牛鬼の気配など感じてはいなかった。
その為、突然背後から聞こえるロクサーヌの悲鳴にラミスは動揺が隠せなかった。
ラミスが振り返ると、やはりそこには牛鬼所か何の人影も見当たらなかった。
……いや、それは正確に言うと少し違っていた。正しくは、牛鬼の死体が消えて無くなっていたのである。
息を吹き返し、逃げ去って行ったのだろうか?いや、ラミスは確かに牛鬼を仕止めていたのである。……確かに、手ごたえは感じられた。
それにもし、まだ牛鬼が生きていたならば、ラミス姫が気配に気が付く筈なのである。
それならば何故、牛鬼の死体は消えて無くなったのだろうか?……今までに無い出来事に、ラミス姫の表情からは動揺が隠せなかった。




