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七月十五日(土) 午後六時十分 参道

二人が部室から出てくるまで少し時間がありそうだったから参道の出店を見てきた。甘いものからがっつりとした食べ物まで幅広く、射的や輪投げなんかの子どもが楽しめる場所もあった。ぼくは二人分のりんご飴を買って、彼女たちを待つことにした。

待ってから十分が経ったあたりで部室の中からふたりがでてきた。花梨の表情が少し赤くなってる?

二人はベンチに座っているぼくに気付き小走りで近づいてくる。ぼくは花梨に持っていたりんご飴を一つ渡す。勝手に買ってきたけど良かったかな。そんな心配も、彼女が破壊力ばつぐんの笑顔を向けてくれたことで消え去る。


「どんな話をしてたの?」


花梨に聞くと少し困ったような顔をしていた。すると横から海瞳さんが


「それは、これからわかることになるよ」


と、にやりとした笑みを浮かべて言った。この人がこんな表情をうかべるときは何か企んでいるときだ。気を付けておかないと……。


「さて、キミたちに会って話すことも済んだし、神楽の準備でもしてくるかな。花梨クンには今日の流れをあらかた伝えたから心配しないでくれたまえ。キミたちは神楽まで一緒に行動するべきだ。……じゃあ、後のことは任せたよ椿クン。キミならこれから起こることも無事に乗り越えてくれるだろう」


そう言うと彼女はぼくらに背を向けて、人の流れのなかへと入っていった。


これから起こること…、つまりこの神社のお宝が奪われること、それだけは阻止しないといけない。昨日までは骨組みがあらわになっていた、神楽殿も今は準備を終えて、静かに巫女を待つだけの状態だ。駿英や山本先輩は、友達と祭りを回りながら不審な人物がいないかの巡回を行い、祭りの実行委員の大人たちに報告をしている。大人たちへの説明は海瞳さんと雪瓜の二人がやってくれた。神主の娘の彼女らの言うことを()()にはできないだろう。

でも実行委員たちはなにが起こるのかはわかっていない。言われたとおりのことをするまでって感じだった。雪瓜や海瞳さんは宝物の最終確認をこれから行う。ぼくたちができる準備は万全なはずだ。

だけど……なんだろう。少し違和感がある。それはここ最近ずっとつきまとっているもの。なにが原因なのかわからなくてムズムズする。このお祭り中になにかわかるといいんだけど……。


「――つばき君、わたしたちも神楽殿に行かない?」


「……うん、そうだね。そろそろ行こうか」


ぼくらは屋台をあとにして、神楽殿へと向かった。花梨はぼくが渡したりんご飴を一瞬で食べ終えて、わたがしやベビーカステラを買っていた。ぼくは焼きそばを買ったけど、量が多くて食べきるのに苦労した……。


 屋台の並ぶ参道からまっすぐ拝殿へと向かう。拝殿の周りの廊下から神楽殿へは渡れるようになっている。そこは舞のための巫女と神主しか入ることはできない。ぼくたちが神楽殿の近くに到着するとすでに数人の大人たちが集まっていた。

その中には駿英や山本先輩の姿もある。どうやら巡回は終わったようだ。海瞳さんはというと……まだ来ていないらしい。その代わり、巫女装束に着替えた雪瓜と神主姿のお父さんが神楽殿の裏でなにやら話していた。ぼくと花梨は何を話しているのか、近づいて聞いてみる。


「どうだい雪瓜……神楽の舞は」


「完璧よ、お姉ちゃんに教えてもらったんだから」


「そうか。なんとしてでも神楽を成功させてくれ。もしも失敗するようなことがあったら私は……」


「……」


どうやら神楽のことについて話しているみたいだ。話し終わったのか二人ともこちらに向かって歩いてくる。雪瓜の表情はどことなく寂しさを感じさせた。


「……あのー、すいません」


「おや、君は? たしか椿くんだったかな?」


ぼくが話しかけると、雪瓜のお父さんはにこやかに笑いかけてくれた。名前で呼ばれてびっくりしちゃった。どっちかが教えたのかな?


「はい、そうです。……えっと、雪瓜とは神楽の舞について話していたんですか?」


「ああ、そうだよ。もうそろそろ始まるから君たちも舞台がよく見える場所に移動しておくといいよ。防犯対策にもなるしね」


「わかりました。ありがとうございます」


雪瓜のお父さんはそう言うと、拝殿の中へと入っていった。あの中には神楽の最中に使用される二つの至宝がすでに宝物殿から運ばれている。神楽がどういったもので、二つの至宝は神楽の最中にどうやって使うのか、聞いたときはとても悲しい気持ちになったっけ。そんなことを考えながら周囲をなんとなく見回していたら雪瓜がさっきの場所から動かずにじっと立っていた。


「どうしたの? もうそろそろ始まるんじゃないの」


ぼくが聞くと彼女は小さな声でぽつりと言った。


「……なんでもない。ほら、椿も花梨も早く行きなさいよ」


「あ、うん……わかった」


そう言うと彼女も拝殿の中へと入っていく。すれ違いざまに聞こえた恨みごとは夏木家の複雑な関係を表しているものだった。

ぼくらは雪瓜に言われた通り参道側へと戻る。すると山本先輩がこっちに気付いてやってきた。舞台の周りは人が密集している。この中に至宝を盗もうとする悪いやつ、【魑魅魍魎の主】がいるんだろうか。


「よう、お前ら」


浴衣を着た彼は元気に右手を振っている。どうやら怪我はそこまで大きいものじゃなかったようだ。


「あ、山本先輩。巡回は終わったんですか?」


「ああ、何事もなかったよ。いよいよ始まるな」


「はい。このまま何事もなければいいんですけど……」


ぼくもその横に並ぶようするとすぐに舞台の方から笛の音や太鼓の音が聴こえてきた。どうやらもう始まるらしい。ぼくたちが舞台の方を見ていると、拝殿の扉が開き中から神楽殿へと神楽の関係者がぞろぞろと入ってきて舞台の後ろで正座をして頭を下げている。その中には海瞳さんの姿もある。

そして、舞台の袖から一拍置いて雪瓜がでてきた。彼女は舞台の中央まで歩くと、皆と同じようにその場で正座をし頭を下げる。そしてそのままピタリと動きが止まった。神楽が始まるのを静かに待っているんだ。

笛の音や太鼓の音が大きくなっていくにつれて、観客たちの声も大きくなる。神楽がいよいよ始まったのだ。


 笛の音とともに雪瓜が顔をあげゆっくりと立ち上がる。そして、彼女は舞台の中央で舞を始めた。滑らかで、流れるように次から次へと動いていてとても今年が初めてとは思えないものだった。神楽が始まった瞬間から観客たちは静かになり、ただ彼女の舞いを見つめていた。ぼくもその一人だ。花梨も駿英も山本先輩も皆黙って見ていた。彼女が舞うたびに鈴の音が辺りに響く。太鼓と笛の音がそれに合わさるかのように響く。雪瓜の舞はあっという間に終わってしまった。雪瓜は一度拝殿まで下がり、次の舞まで待機する。


「すごいな、雪瓜のやつ」


山本先輩が感心したように呟いた。ぼくも同感だ。一体どれだけの練習を積み重ねたんだろう。これの練習に加えて、彼女は前回の中間テストで学年一位を取っている。なにが彼女をそこまで突き動かすんだろう。


「とっても綺麗だね!」


「昨日の夕方にあった奴と同じだなんて信じられないぜ」


花梨も駿英も驚いているようで、口々に雪瓜を褒めている。笛の音が止むのと同時に雪瓜の動きも終わり、こちらに向かって一礼して拝殿のほうへとはけていった。いつものように表情に変化はなかったけど……っていうか舞うときですら笑ってなかったな……。すこし体が弾んでいるかな、無事に終えてホッとしているみたいだ。

そして次はいよいよ海瞳さんの番だ。舞台袖から彼女が出てきた瞬間、観客たちは歓声をあげた。それもそのはずだ、彼女は中学生離れした美しさと妖艶さを併せ持っている。そこに、陶器のように白い肌に赤を基調としたメイクが合わさり、彼女の美しさをさらに際立たせていた。彼女は舞台の中央に立つと雪瓜と同じように神楽が始まるのを待っている。そして、笛の音が鳴りやむと同時に彼女は舞を始めた。雪瓜の舞いが静の美しさだとしたら、海瞳さんの舞いは動の美しさだ。まるで、舞台の上で踊っているかのように激しく、そして美しく舞っている。観客たちは歓声をあげるのも忘れて、ただ彼女の舞に見とれていた。


そして、海瞳さんの舞いもすぐに終わってしまった。彼女が舞台の中央から退いた瞬間、観客たちから一斉に拍手が沸き起こった。


「あの人…ただ面白いだけの人じゃないんだな」


駿英が呆然とした感じでつぶやく。それに山本先輩が答える。


「あいつのすごさはこういうとこなんだろうな。誰よりも自由に生きながら、誰よりも責任の重圧と戦っている。こんなにメリハリを持った人間、めったにいないぜ」


「うみ先輩はすごいな……」


花梨が感心したように言った。ぼくもそう思う。彼女はこの祭りのことを誰よりも真剣に考えていた。大事にならないように使えるものは使って最善を尽くしている。ぼくたちが出来ることは彼女の気持ちに答えて、祭りを平和に終わらすことだけだ。


「さてここからだな……。みんな周りをちゃんと見とけよ」


「はい!」


これから海瞳さんと雪瓜が登場する最後の舞が始まり、二つの至宝も登場する。二つの至宝は、神主が拝殿から神楽舞台の下へと持ってきて、二人の巫女のいる場所へと投げ入れられる。最初に聞いたとき、至宝なのに扱いが雑過ぎるんじゃないかと思ったけど、どうやらこれには、この神社の過去が関係があるみたいなんだ。

この神社の西側、つまり学校の左側なのだがそこには川が流れている。

むかし、この川で赤ん坊が流されるという不幸な事故があった。母親は必死になって赤ん坊を探したが、ついに見つけることが出来ずその場に櫛と簪が上流から流れてきた。後に母親は財を成したが我が子を失った悲しみを癒えることなく、その櫛と簪を赤ん坊の代わりに供養するためにこの神社に持ってきた。至宝は川の流れに乗って神社まで流れ着いた。子どもの代わりなのだと当時の神主は考え、川に見立てた神楽舞台へと至宝を投げ入れ、子どもの魂を水神様から返してもらおうと考えた。だから、至宝は投げ入れられるんだ。

そのこともあって、この神社では水子供養を始め、気付けば毎年行うようになっていったらしい。とくに子どもを多く扱った神事を行っていたことは今もなお残っている、神社の名前からも推測できたようだ。月牟呂神社の牟呂をカタカナに直し、月の左側に立てて並べると『胎』の文字が出来上がる。『胎』の意味には母体に子どもが宿るといった意味がある。昨日このことを知ったときは声も出なかった。


昨日、聞いたことを思い返している間に舞台の上に海瞳さんと雪瓜が出てきた。

おっとっと……、集中しておかないとマズいな。

ふたりは舞台の上から参道の方へと出来るだけ近づき、投げ入れられる至宝を落とさないようにキャッチしないといけない。むかし、至宝に傷がつくと危ないという理由でレプリカを用いたことがあったが、その日の夜に事件が起きてから、本物を使い続けているらしい。

拝殿の入り口から神主が出てくる。両手にそれぞれの至宝を持っている。それは舞台の上にいる海瞳さんと雪瓜に一緒のタイミングで投げ入れられる。いよいよ始まる。観客たちは固唾を飲んで見守っている。神主の後ろについていた二人の巫女さんがそれぞれ拝殿の扉を閉める。神主が神楽舞台の真下へつき、二人の方を向いた瞬間、バチンッと大きな音が鳴り、周囲の電気が一斉に消えた。周囲からは白い煙が上がっている。

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