七月十五日(土) 午後五時半 校門前
午後五時半、校門前で待っているぼくのもとに一人の少女が小走りで向かってくる。紺色の生地に白いひまわりを咲かせた浴衣を身にまとう、少女の顔はどことなく緊張しているようだ。
「ごめん、つばき君っ! 待たせちゃったかな……?」
「気にしないで。ぼくも今来たばっかりだからさ。」
そう言うと少し彼女はホッとしたような表情を浮かべた。校門の前で少し話してから祭りの会場に向かって歩き始める。会場はもちろん月牟呂神社だ。
手紙の内容について話し合った後、祭りでのそれぞれの立ち回りを決めて、ぼくたちは帰路についた。結局昨日は、家に帰ってから姉ちゃんと一緒に母さんにすこし怒られた。最近帰りが遅くなってたからこっぴどく叱られるかと思ったが、どうやら姉ちゃんがスマートフォンで連絡してくれていたようですこしで済んだみたいだ。けど姉ちゃんはこの機会を見逃すまいとこっちにあることを要求してきた……うぅ、二週間の風呂掃除かぁ……。
「どうしたのつばき君? ちょっと顔色が悪いみたいだけど」
「いや……だいじょうぶだよ」
昨日と同じ山道を、趣味のことや好きなものなんかの話題で会話に花を咲かせながら登っていく。ただ昨日とは違って神社の近くの広場からは、参道まで赤い提灯がつるされている。広場ではお祭りが始まるまで暇を持て余している子どもたちが遊具で遊んでいる。子どもたちだけで来ているグループも何組かいて(ぼくたちもだけど)、ここは誰でも安心して来れる場所なんだと感じた。
昨日の非現実的な状況から目をそらしながら……うん、あんぜん、安全。
ここまで歩いてきて少し疲れた。ぼくたちもベンチに座ろうと辺りを見回す。ちょうど人が集まらないようなところにポツンと置いてあったベンチに座ることにした。その間にもお年寄りから子どもまで多くの人が鳥居のなかへと入っていく。鳥居の奥から聞こえてくる音や声から察するにかなりの量の露店が出ていることがわかる。あとで見て回ろーっと。……さてと、
「――花梨。一つ聴きたいことがあるんだけどいいかな?」
発する声が震えないように気を付けながら隣に座る彼女に話しかける。周囲の声が段々と多くなる感じがした。
「全然いいよ! でもつばき君がわたしに聞きたいことってなんだろ?」
昨日の夕方、神社に向かう途中に駿英と話していたことを思い出す。いまさらだけど聞いてもいいことなのだろうか?……いや、どのみちわかることだ。聞いても問題ないだろう。
「花梨……この間、図書館に閉じ込められたの覚えてる?」
「うんっ覚えてるよ。あのときは色々なことがあったけど、今考えたらなかなか濃い体験だったねー」
確かにそうだ。閉館後の図書館を探検なんて、めったにできることじゃない。それについても話してみたいけど…今は持った大事なことがある。
「図書館がどうかしたの? まさか、新しい発見でもあったの!?」
夕焼けに照らされる彼女の顔は、どこか今までの彼女とは違う表情を映し出しているみたいだった。……言うしかないよな。
「 いや、そうじゃないんだけど……。あのさ、図書館の地下を歩くとき花梨はスマートフォンを出してくれたよね……でもそれは、真っ暗な廊下を照らすだった。……どうして、あのとき外と連絡を取ろうと思わなかったの?」
「……あー、えーっと、なんていうか、その……」
花梨はぼくの話を聞くとさっきまでの朗らかな様子から一変して目を泳がせたり、指をもじもじと絡ませたりと明らかに動揺した態度をとった。
「……そういえばつばき君は昨日、駿英と一緒に月牟呂神社まで行ったんでしょ? どうだった?」
「え?」
質問をされる側にいきなりなってびっくりした。彼女はぼくにやさしく微笑むだけで何も話そうとはしない。どうやら先に答えないといけないみたいだ。
「とっても面白かった! 最初は二人で行ったはずなのに、途中から学年も超えて山本先輩や海瞳さんともわいわい遊んだんだ。海瞳さんや雪瓜ともいろいろと話して、山本先輩はトランプゲームで強かった。……彼らとあんなに話せるようになるまで仲良くなるなんて思ってなかったよ」
「うみ先輩たちとも、もうすっかり仲良くなったんだね。……ねぇ、つばき君。つばき君は好きな子とかいるの?」
真っ直ぐな視線で見られて、思わず目をそらしそうになる。
「え? ……いや」
「そっか。よかった……」
彼女はほっとしたように胸を撫で下ろした。そしてすこしだけ間を開けてから話し出す。
「つばき君。わたしね、このお祭りで好きな人に告白するつもりなの」
「…………うん」
「だから……好きな子がいるかどうか聞きたかったの。それで、もし、いないって言われたら……告白しようって決めてたの」
彼女はベンチから立ち上がるとぼくを正面に見据える。ぼくも彼女の方を向き、見つめ返す。辺りはいつの間にか薄暗くなっていた。さっきまで遊んでいた子どもたちはもう境内に向かったみたい。代わりに屋台の準備をしていた大人たちがちらほらと見受けられるようになっていた。
「うみ先輩にはだいぶ迷惑かけちゃったかな。あの人がいなかったら、わたしここまで来れてない思うの」
「やっぱり、きみが関わってたんだね」
「うん。踊り場に貼られる紙から、夜の図書館での出来事、私は全部うみ先輩の言うとおりに行動してたんだ。貼られていた紙は、わたしが教えてもらった内容とちょっと違かったけどね」
花梨はそう言うとぼくに背を向けて鳥居の方に向かって歩き始める。ぼくもそのあとを追うようにベンチから立ち上がり彼女の隣へと並ぶ。
「ねぇ、つばき君。……わたしはね――あなたの優しさに救われたんだよ。わたしね、つばき君のことが……」
「花梨……」
ぼくは彼女の方を向く。彼女はぼくに背を向けたままだ。少しの間沈黙が続いた。
「……わたしたちも神社のなかに入ろっか?」
彼女はくるりとぼくの方を向いて、笑顔でそう言った。ぼくも彼女に笑いかける。
ぼくたちは鳥居をくぐり、境内へと入っていった。
赤い提灯が参道に吊るされ、その明かりで辺りをぼんやりと照らしている。屋台の鉄板の上で焼かれたお好み焼きや焼きそばなどのソースの匂いが鼻腔を刺激する。ぼくたちは参道を歩きながら屋台を見て回った。すると一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。海瞳さんだ。
「おつかれさまです」
「こんばんは!」
「やあ、こんばんは」
彼女は手に白いビニール袋をぶら下げていた。どうやらお好み焼きを買ったらしい。だいぶ祭りを楽しんでいるようだ。
「なにかあったんですか?」
「いや、なにも。今のところは平和なお祭りさ。ちょっと花梨クンを貸してもらうよ」
そういうと海瞳さんは花梨の手をつかんで『部室』の中へと入っていった。




