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七月十四日(金) 午後六時 もう一つの建物

「さて……、姉妹喧嘩といこうか」


白い歯を見せ口角は上がっているはいるけど、お姉ちゃんの眼は全く笑ってない。


「へぇ、お姉ちゃんがそんなことを言うなんて……。あたし、悪いことしちゃったかな?」


「あぁ、今回ばかりは許すことはできないな。私の計画を邪魔したばかりではなく、人に対して危害を加えるつもりだったのだからな!」


「そこまでわかっているなんて……さすがお姉ちゃん。それで、後ろの二人はどうしてここに?」


「彼らが私の依頼主の友達だからだ。真相はすべて話終えた。そして、その直後に彼がやってきた」


お姉ちゃんがアイツの方を向く。暗くて表情もあまりわからないが、そこには申し訳なさそうに立っている男がいた。


「どうして、そっちに行ったのかなぁ? あたし、道のりまで教えてあげてたと思うけど?」


「す、すまん。暗くなってたからつい。小屋に明かりが見えた瞬間そっちに引き寄せられたんだ」


「…なんか虫みたいな習性ですね」


そばにいた黒髪の中性的な男子がぼやく。まったくもってその通りだ。彼がここに一人できていれば何も問題はなかったのに。


「いったい、どうしてこんなことをしたんだ。ゆうり。……なにかおねえちゃん、気にさわることでもしたか?」


「――っ」


言葉に詰まる。あの瞳だ。子供のころからお姉ちゃんに向けられてきた瞳だ。お姉ちゃんがあたしを見る目はただひたすらに真っ直ぐだった。眉尻をさげ、キュッと結ばれた口はなにかこちらに訴えてくるものがある。大人たちから向けられてきた、哀れみや憎しみの感情がのった視線とは違う。それが逆に怖かった。あたしがしてきたことをすべて見透かされているような気がして。


「お姉ちゃんは、あたしのそばにずっといてくれた大切な人。それをあなたたちみたいな人に渡したくなかったの!」


動揺したせいか声が大きくなる。それと同時に溢れそうな感情もこみあげてくる。


「三人とも来てもらって申し訳ないが、少し外で待っていてくれないか……二人きりを話したい」


「よしわかった。またあとでな。こっち、ついてこい」


お姉ちゃんが言うと後ろにいた男子三人は小屋の前から消えた。そしてお姉ちゃんが部屋の明かりをつけて扉を閉めた。


「私はいま、キミに怒っている。なぜだかわかるかい?」


お姉ちゃんはめったにあたしのことをキミなんて呼ばないのに。これは相当怒ってるな?

というか、なんか中途半端にすれ違いが起きている気がする。これってそんなに危ないものなのかな?


「お姉ちゃんのやることを邪魔したから?」


「そんなことはいい。違うだろ? 奈波クンと響クンの前に現れたとき、なぜ鉈なんか持っていたんだ」


あぁ、あの二人はそういう名前だったっけ。クラスで見たことがある程度の認識だから名前なんて覚えてもいなかった。


「あれのこと? あれは脅かしの意味を込めてやっただけだよ。別に直接攻撃するつもりはなかったし、お姉ちゃんの近くにいてうらやましいなぁ、ねたましいなぁ、ってくらいの感覚かな?」


「ほぉ……その割には山本クンに対しては殺意が高かった気がするが」


お姉ちゃんの口からアイツの名前が出てくるだけで虫唾が走る。


「だって! アイツ、ここのところずっとお姉ちゃんと一緒にいたじゃん! それも毎日!! あんなの見てたら誰だって嫉妬するでしょ!? 顔立ちが整ってて性格も悪くない、けど、ああいう男は裏があるんだよ! あたしにはお姉ちゃんしかいないの……。だからっ…だからこのあと、アイツが来たらとっ捕まえて、椅子に座らせて縄でぐるぐる巻きにして逃げられないようにしたうえで、とっても苦いジュースとレモン果汁を混ぜた飲み物を飲ませて悶絶させるつもりだったのに!!!」」


その人物の名に反応して語気が荒くなるのを自分でも感じた。机の上に置かれている不気味な色をしたどろどろの液体は憎きあの男にのませるためにいろいろと混ぜ込んだものだ。


「そんなことをしようとしていたのか。……雪瓜が私のことをそれだけ思ってることはとても嬉しいよ。それに妹の想いにも気づけなかった私にも非がある。……だがいくらなんでも刃物を使った攻撃は人としてダメじゃないか! 少しでもズレていたら命が危なかったかもしれないんだぞっ!」


あたしは、お姉ちゃんが言っていることが理解できなかった。()()()()()()()()()()()()()()()


「え……? ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃんっ。確かにクラスメイトを追いかけるときは鉈を持ってたよ。でもね、お姉ちゃんたちがこの神社に来るのを確認してからは、あたし、鉈はあの近くの倉庫において山本さんを待ってたよっ?」


「なんだと!?  れは本当なのか……ウソをついてたらお姉ちゃん怒るよ?」


「ほんとだよ! どれだけ嫌いな人が相手でも暴力はぜっったいしないんだから! あたしは、お父さんとは違うんだから!」


そう、あたしはあの男とは全然違う。自分がしんどいからって他人を攻撃することだけは間違ってる。暴力をふるうだけの男とは違うんだ。


「……そうか。ワタシのことを取られると思ったから紙に細工をして、少し過激な演技をしていただけなんだね?」


さっきまでの目がつり上がった表情がとたんにいつものお姉ちゃんの顔に戻っていく。よかった、誤解はなくなったみたい。


「うん、そうだよ。……じゃあ、いまアイツ怪我してるの?」


「ああ、右腕を切ったみたいだ。一応、彼がこっちに来た時に応急処置は施した。……その状況でもその不気味な飲み物を飲ませるのかい?」


「それは……」


そんなこと、できない。弱っている人に追い打ちをかけるのはあたしがされたことだ。それはつらいものだったけど、だからといって、他人にそれをやり返すのは間違っている。あたしはお姉ちゃんに背中を向けて、机に置いていたコップを手に取り中身の液体をシンクへと流した。


「これでいい?」


「十分だ。ありがとう雪瓜。……さて、妹への疑惑がとけたところでひとつ疑問が残るんだ」


「……そうね。下手を打てば明日の祭りさえ開催できなくなるような、おぞましい疑問だね」


「ああ、だれが山道にトラップなんか仕掛けたのか、だ」


トラップ……それでアイツが怪我を負ったの?

そんなものは知らない。でもあたしもこの一週間で気になっていることが一つある。昨日、山の中で見た奇妙な人影。今思えば、あれは罠を仕掛ける場所を見極めていたんじゃないかな。でも、だとしたら……。


「昨日の夕方、トラップを仕掛けた人を見たと思う……」


「本当かい!? じゃあそれについてみんなに話してほしい。彼らを呼んでもかまわないかな?」


「いいけど……。あたし、その、人前で話すの得意じゃないんだけど」


「大丈夫さ。山本クンはここ数週間で何度も話しているし、奈波クンと響クンは同じクラスメイトだ。それに彼らだって雪瓜と話したいって言っていたよ。……いままで人との関わりを避けざるを得なかった雪瓜の気持ちもわかる。でも、ワタシだっていつまで一緒にいられるかわからない。少し勇気を出すだけでいいんだ」


「…………わかったよ」


お姉ちゃんの言うことにあたしはしぶしぶうなずいた。扉を開けてお姉ちゃんは外にいる三人を呼んでいる。


(『いつまで一緒にいられるかわからない』かぁ……。)


心のどこかでは考えていたことだけど、いざ本人から言われるとドキッとする。あたしの人生を明るく照らしてくれて、支えてくれたお姉ちゃん。いつかは離れ離れになるけどさ…。


(お姉ちゃんはあたしのために変わってくれた。じゃあ、あたしは誰のために変わればいいの……?)


簡単には答えは出ない、そんなことはわかってる。でも考えないと答えまではたどり着けない。椅子に座りボーっと考えていたら彼らが部屋に入ってきた。


(まずはここから、少しだけ勇気をだして……よし。)


お姉ちゃんがあたしの横に座り、彼ら三人が向かいの席に着く。本当だ。あの男…山本さんは怪我をしている。もしあたしが間違った地図を渡さなかったら……鉈を持ち出さなかったら……怪我をすることもなかったかもしれない。そう考えると胸がズキっとした。


「それじゃあ、雪瓜。話を始めてほしい」


お姉ちゃんに言われ、あたしは彼らに話しはじめた。

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