七月十四日(金) 午後五時二十分 部室
「ほんと……先が思いやられるよ。次は、えーと順番的には山本クンかな? キミたちにはこれで伝わるだろう。協力者を探すにあたって、彼じゃなかったらいけない理由はあまりないが、しいて言うなら口が堅く、やることに対して口をはさんできたことがなかったから、今回のこの出来事に協力してもらったんだ。結果的に助言を渡す役として活躍してくれたんだ。どうだったかな?」
「図書館と公園で会いましたけど…多分役者には向いてないです」
「ははっ――! ……まぁ、確かにそうだね。彼は嘘をつけない性格だからアドリブやごまかすことはニガテみたいだ。まあ途中でワタシの名前をださなかったから及第点かな?」
彼女はぼくらを順番に見渡したあとに、ぼくの目を見つめた。最初に会ったときと変わらない彼女の青い瞳を覗き込むと吸い込まれそうになる。まるでブルーホールのように深く吸い込まれそうだ。ぼくの心の底まで見られる気がして思わず目をそらしてしまった。それに気づいた彼女は小さく微笑みを浮かべるとまた口を開いた。
「それで図書館での出来事についてなんだが、少し省略させてもらうよ。まだワタシにもわからないことがあるからね。説明できる範囲としては、私が月牟呂神社の神主、夏木 主水の娘、夏木 海瞳であり、あの図書館の管理を任されているってことくらいかな」
「なつきうみ!? あの、夏木先輩なんですか!」
「駿英、この人のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、この学校で有名な先輩のうちの一人だよ。山本 翔、奈波 楓、夏木 海瞳の三人は知らない人がいないくらい有名だぜ」
「おや、ワタシは今年の一年生にも知られているんだねー。ヤレヤレ、人気者はつらいね」
「いや……、あんたのことをサッカー部の先輩たちに聞くと大体頭を抱えてるんスけど。理科の実験中に薬品を爆発させたとか、テスト中にテスト用紙を紙飛行機にして飛ばしてたとか、よく屋上に忍び込むとか誰も手が負えないって」
「失礼な。面白いことになるだろうなーってことしかしないさ。爆発は誰の被害も及ばないぐらい小さなものだったし、紙飛行機にしたのは解答用紙じゃない、問題用紙だ。そのテストを解き終わっていたし、書き直すつもりがなかったからいいと思ったんだがな」
どっちにしてもまずいんですがその……。なんて、とても言える雰囲気ではなかった。彼女は大まじめに語っているのだ。……市立中学じゃなかったら進級出来てないかもしれないのに。この人には常識というものが通用しないのかもしれない。でもなぜだろう、言っていることは無茶苦茶でも目が離せない。この人には人を引き付けるオーラがあるのかな―――。
「とにかく、キミたちが来た土曜日もワタシが図書館を管理していてね。キミたちが眠った部屋に鍵をかけたのはワタシだよ。怖い思いをさせてしまって悪かったね。でも、鍵はワタシが持っていたから、侵入者が仮にいても開けられる可能性もなかった。あの部屋には地下空間に出られるハッチがあって逃げ道も確保してたしね。だけど、予想外の出来事があってね、鍵をかけるかどうかはとても悩んだよ」
「それが地下の異変ですか」
「あぁ、さっき言った通り、私は嗅覚が非常に弱くてね。匂いには気が付かなかったんだ。だけどね違和感を覚えた。君たちがあの部屋から出た後にもう一度地下に降りて確認したら、予感は当たっていた。――部屋が一つ増えていたんだ。信じられないと思うが事実だ。こどもの頃から入り浸っていた地下空間だ。数え間違えるはずない」
いったいその空間でなにをやってたんですか、なんてとても聞けない。ぼくたちはただただ話を聞くしかなかった。
「それが君たちが感じた異臭の原因だと思う。……あの部屋に何があるかは、いまのところわからないが……何があったって驚かないさ」
「警察にはもう相談したんですか?」
歯切れが悪い反応を示した彼女に疑問を口にすると、ぼくの顔を見て少しだけ表情が強張ったように見えた。
「いや……。実はその件については警察のほうからも少し言われてね……。神社に来た警官に『もし事件の手掛かりになるようなものを見つけたときは警察に連絡してくれ』とは言われたのだが……。祭りも近いこの時期に所有している建物からマズいものが出てくるのもな……どうしたものかと考えているよ」
物事の優先順位を決めているのか彼女は口元に手を当て眉間にしわを寄せている。少しして顔を上げるとこういった。
「ああ、心配はいらないよ。この一件を秘密にする気はない。むしろ積極的に関わっていきたいと思っていてね。何かわかったら、もちろん通報するさ。これはワタシ一人で解決できる大きさのものではないし、首をつっこみすぎて取り返しがつかなくなったら大変だからね」
積極的に関わるのもどうなんですか……ぼくはこの人がどうして人を惹きつけるのかわかった気がした。この人の中には『自分』が既に存在しているんだ。明確な目標や信念を掲げ、それに向かってひたむきに進んでいく存在が。この人は自分が正しいと信じることを迷わずに実行できる人間だ。それはきっと、自分の身を滅ぼすことになったとしても、誰かを不幸に陥れたとしても。
ぼくは急いで大人になろうとしてたけどきっと、あのまま大人になっていったとしても『自分』はもててなかったと思う。
「夜の図書館でぼくたちの他にいた人物は結局誰だったんですか? ぼくたちが起きてから、一階の玄関側から聞こえて来たんですけど」
「それについてもわかっていないんだ。あの時間にいることを把握していた人物はワタシと翔、そしてキミたち三人だけだ。……この場合、地下空間の扉の先を知っている人物だと考えるのが普通だろう。幸い、すぐにその人物の気配は建物から消えたから何ともなかったが、次はどうなるかわからない。週が明けたら、警察に連絡するさ。今週末は祭りの準備で身動きが取れないからね」
ボクはその話をどこか遠くで聞いているような感覚だった。彼女の言うことを疑うつもりは毛頭ないけれど、どうしてもあの光景を思い出すと胸の奥がざわついてしまう。そんな感情を表に出さないようにするだけで精一杯だった。
「……まあともかく、君たちも気を付けたまえよ。危ないことには首を突っ込まないように」
「もうすでに手遅れな気がするんですけど……」
駿英が小さく呟いた言葉を聞いて、思わず吹き出してしまった。彼女の口角も少し上がっているようだ。面白いことが好きだというのはここにいる三人に共通することであり、危ないから行くなって言われても、結局、自分から首を突っ込むんだろうな。
「ここまでの話が長くなったね。最後に、キミたちが解いた、あの怪文についてでも解説しようかな。空に波が届き、の部分は祭りに使われる太鼓の音、非対称な日は金曜日、黄昏の山は夕方、学校の裏山のことを指しているね。後はもう、説明はいらないかと思うんだけど、どうかな?」
ぼくはきょとんとした。え、それだけ?
それだったらまだ理解できない場面があるんですけど……。
「あの、最初の『貴方はその女の恐ろしさを知らない』とか、『喰い殺される』とか『悲劇』とかまだわかんないんスけど……。もしかしてこれもショウ先輩やウミ先輩がヒントを差し出してくれてたんでスか?」
駿英の言うことに彼女は首傾げた。言っている意味が分からないという感じだ。
「ほら、ここの部分なんですけど……」
そういってぼくは学生服のズボンに四つ折りでしまっていた怪文書を開いて見せた。すると彼女は、さっきよりも深く眉間にしわを寄せ紙をつまんでじっと見つめた。そして短く、
「これが二階と三階の踊り場に貼られていたのかい?」
と言った。理解できなかった。だってこの文章は先輩が貼ったもののはずだ。それなのに神妙な顔をして……。しばらく紙を見つめている先輩にぼくらは何もできなかった。やがて、この沈黙を破るように彼女は言った。
「この文章は……ワタシが考えたものではない」




