九十七.避客牌
赤が動いている。
関羽はこの日、曹操に別れを告げるべく、赤兎馬に跨り、屋敷を発していた。
劉備の居場所を知り、もはやこの地に居住まう必要はなし。
彼は緩々と歩を進めると、曹操のいる府門の前へと参上した。
「―――うん?」
門の前にて関羽は目を細めた。
門に何かがかけられている。
それは牌(=札)であった。―――文字が書かれている。
“謹謝訪客叩門”
これ即ち、『避客牌』であった。
『避客牌』とは
その屋敷の主がすべての客を断るときに門を閉じてかけておくモノである。
また、客もこの避客牌がかかっている時は、如何なる用事があろうとも、門を叩かず帰っていくのが礼儀だとされている。
「―――今日は引き上げるとしよう」
礼儀正しい関羽は作法に則り、是非なく素直に帰ることにした。
明くる日。
関羽は日が昇ると同時に、再度、府門へと来てみたが、昨日と変わらず、門には『避客牌』がかけられていた。
次の日も同じであった。
次の日も、その次の日も、さらにその次の日も、変わることなく『避客牌』がかけられていた。
門を訪れる度に関羽はむなしく立ち帰る日々が続く。
―――それから数日後。
関羽はこの日、すぐに府門へと訪れることはしなかった。
彼は屋敷に住まう手飼いの従者二十人ばかりを集め、
「屋敷をキレイキレイしましょ!」
と、屋敷の掃除とここを立ち去る準備を言いつけた。
またその際に、従者たちに固くこう言い付け加えた
「曹操殿より賜ったモノは全てここに置いていく。一つも持ち去ってはならない」
命令が終わると、関羽はいつものように府門へと足を運んだ。
門には変わらず『避客牌』がかけられている。
「・・・・・・・」
義理堅い関羽はしばし悩んだ。
直接会って礼を言わず、この地を去ってよいモノかと。
しかし、『避客』である限り礼を述べることは叶わない。
関羽は已む無く、門の前で一礼をすることにした。
「曹操殿、一言ご挨拶だけはしとうございました。しかし、この様子ではいつお会いできるかわかりませぬ。それ故、失礼ながらここで別れの挨拶をさせて頂く」
“長い間お世話になり申した”
関羽はそう述べると、府門へと背を向け、立ち去る準備をしている屋敷へと帰っていったのであった。




