九十六.出会いがあれば別れがある
“河北なう。元気なう。大丈夫なう。すぐ来るなう。またなう。以上なう。―――玄徳より”
孫乾より劉備からの手紙を受け取り、主君の無事を知ると、関羽は爛々とした目を宿した。
「―――時を見て曹操殿に一礼を申し上げ、礼節をもってここを去る。」
彼は孫乾にそう告げると、劉備にその旨を伝えるようことづけた。
それから数日後。
「・・・劉備が生きていたか」
相府にて、劉備が河北にいるという事実が曹操の耳にも入ってきた。
「近頃の関羽の様子はどうだ?」
曹操は張遼を呼び寄せ尋ねた。
「近頃、表に出なくなりました。無口になり、日々屋敷にて読書をしているそうです」
「なるほど・・・すなわち私との別れの文を認めているということか」
「そう考えてもよろしいかと思われます」
―――静寂が流れる。
いずれ彼との別れが来ることは両名共にわかっていたことである。
その覚悟もしてきたし、そのための準備もしてきた。
しかし・・・
「―――短すぎる」
曹操の呟きに、張遼も頷く。
「彼は稀代の英傑だ。その英傑を一時でも仲間に加えることが出来たことは、この曹孟徳の生涯において誉あることだ。そして、だからこそ望む。彼をまだ手放したくはない」
「殿・・・心中はお察し致しますが、三つの約束がございます。その約束を破ることは・・・」
「わかっておる。その約束は破らぬ。ただ・・・短すぎただけだ。」
そういって曹操は目を瞑った。
『忠義の士』
まさに関羽はそれだ。
彼を配下に引き入れてから今の今まで、彼は自分に礼はすれど媚を売ることは一つもしなかった。
“主はただ一人”
そのような忠義の士が側近としていればどれほど心強いか?
曹操の眉に苦悶が現れた。
そして、そんな無念がる主君の姿に哀れみを感じたのか張遼は苦肉の策を述べた。
「殿・・・関羽を引き留める策が一つだけございます」
「・・・何か?」
「今後一切、彼に合わぬことでございます」
「・・・なるほど。しかし、それは愚策であるぞ」
「わかっております。それ故に申し上げました。用いるかどうかは殿のご判断次第にございます」
張遼は策を述べたのち、拱手して曹操に頭を下げると、その場からスッと立ち去った。
残る曹操は思う。
(愚策も転じれば良策となる。・・・試してみるか)
そう決意すると、彼は筆を取り、牌に一筆認めるのであった。




