九十二.騙す時は真剣に
『敵を欺くにはまず味方から』という孫子の兵法がある。
この兵法を聞いたことがある人も多いと思われるが、それを実際にやったことがあるという人は少ないだろう。
曹操はこの兵法を実際に使用した。
作戦を『知っている』か『知らないでいる』かで人の動きは変わってくる。
曹孟徳監督は、此度の戦で俳優たち(=将兵たち)に『自然な演技』と『不自然な演技』のどちらを求めたか?
答えは『そのどちらでもない』である。
彼が求めたのは『自然体』である。
一般ピーポーにまで名を知られた有名アニメ監督たちが求める『俳優たちによる自然な演技』とは違う。
自然に・・・そう、生きていく上で自然に見えてしまう焦りや不安、喜びといった演技ではない『自然体』を曹孟徳監督は求めたわけだ。
(もちろんそういった感情表現も演技だと言ってしまえばそうであるが・・・)
しかし、そんな監督の思惑を理解せず、演出家の荀攸は俳優たちにネタ晴らしをしそうになった。
そこで監督は演出家を睨みつけ、それこそ自然体で彼を脇へと下がらせたわけである。
(―――準備は整った)
曹操の計略は図に当たって来た。
文醜を大将とする河北軍は、七万の兵を前線に広げ、その後方に大きな占領圏を抱いていたが、
「戦果は十分にあげた。これ以上の深追いは危険だ」
日没頃、文醜は諸隊の集結を命じた。
後方の占領圏には、日中に真っ先に壊滅した曹軍の輜重隊による兵糧や軍需品が莫大に置き捨ててある。
後方に下がると、「拾えや拾え!!」と、諸隊は争ってそれらの収集を始めたわけであるが、曹操はこれを待っていた。
広がっていた敵陣はエサに釣られて一ヶ所に凝結。かたや味方は昼間の内に散開し、野や河や林に潜み、気付かれぬように敵を包囲していたのである。
曹操は物見から敵情を聞くと、
「それっ!丘を下れ!!」
と、反撃の指揮を発した。
狼煙が上がり、それを見た伏兵たちが潜みより表に上がり、大地から湧き上がってきたかのように奮い立った。
「しまった!謀られた!!」
突如の反撃に河北軍は浮足立った。
三面七面より攻められ、張遼や徐晃といった曹軍を代表する名将たちが功を争うように追いかけている。
刃の音が奏でられ、悲鳴の歌が辺りに響く。
夕に起こった戦は乱戦となったが、策を呈した曹軍が河北軍を押し始めた。
「こりゃいかん!」
と、文醜は退却の命を下そうとしたわけだが、そうは問屋が卸しませんでと一隊が彼に近づいた。
隊の兵数は十騎ほど、一筋の白い旗指物を背にしている。
「敵か味方か?」
彼が疑いながら旗を見るに、その旗にはこう書かれてあった。
『漢寿亭候雲長関羽』




